【工芸の解剖学】一人分のお茶を手軽に楽しめる「一杯のための金網茶漉し」

仕事の合間にほっと一息つきたい時、気分転換したい時、美味しいお茶が飲みたくなります。茶葉から淹れると美味しいと思っていても、一人分のお茶を急須で淹れるのはちょっとハードルが高い。もっと手軽にお茶が淹れられるような道具があれば……。そんな思いから、「一杯のための金網茶漉し」が生まれました。銅製の金網が美しく、急須と同じような美味しいお茶が淹れられる、そんな茶漉しをご紹介します。
解剖ポイントその1:いつものマグカップだけで淹れられる手軽さ

日本茶や紅茶を茶葉から淹れるのって、ちょっと難しそうだし、急須などの道具を出すのも面倒。
「休憩時間や気分転換に何か飲みたい時、日本茶や紅茶などさまざまなお茶をその日の気分に合わせて楽しめたらいいな」そんな思いから、茶漉しづくりは始まりました。
こだわったのがお気に入りのマグカップで使えること。
「世の中にある茶漉しを調べてみると、マグカップとセットになっているものが多かったんです。だから、自分のお気に入りのマグカップで使えるものにしたいと思いました」とデザイナーの岩井美奈さん。

お茶の味や香りを引き出すために、茶葉がお湯に浸かる深さと、茶葉が上下に動ける広さを保ちながら、どんなマグカップでも入るようなサイズ感の茶漉しを目指すことに。中川政七商店で取り扱う、全てのマグカップと湯呑みでテストを行って、それらに入る一番大きな広さと深さを探っていきました。

深めのマグカップでも使えるように、よくある半円形でなく円柱型の形状を選択。またお茶を淹れ終わった後、デスクなどに置いておけるよう、底を平らにして茶漉しが自立するような形にしています。
解剖ポイント2:受け皿になる蓋付きだから、茶葉が蒸らせて、二煎目、三煎目も楽しめる
お茶を美味しく淹れるポイントの1つが、茶葉を蒸らして成分を抽出させること。そこで、茶葉を蒸らすための蓋を用意しました。

世の中にある蓋付きの茶漉しの蓋は、ステンレス製が多かったのですが、熱くなりやすいため扱いにくく感じました。そこで、熱を伝えにくく、見た目も美しい木製の蓋を採用することに。ところが木と高温多湿な状態は相性が悪く、湯気に触れると反ったり変形したりしてしまいます。木の種類や厚みを変えたり、いろんな塗装を試したり、何度も検証を重ねることで、熱や湿気に強く、金網とのバランスもいい蓋の仕様に辿り着きました。

せっかく茶葉から淹れるなら、二煎目、三煎目も楽しみたい。そんな時、蓋を逆さにすれば、淹れた後の茶漉しを置く受け皿になります。例えば、一煎目は50~60℃のお湯を注ぎ、2分ほど蒸らせば、フレッシュな香りと旨みを。二煎目は、一煎目よりも少し高い70~80℃で渋みを、三煎目は熱湯に近い温度で淹れると、それぞれ違った風味が楽しめます。四煎目には、玄米を足すのもおすすめ。玄米の香ばしい香りが広がります。

今回「この茶漉しで本当に美味しいお茶が淹れられているのか?」と思い、奈良吉野で天保の頃からお茶を製造されている「嘉兵衛本舗」のみなさまに、一杯のための金網茶漉しを試していただきました。

「この茶漉しは、急須と同じように一回分の茶葉で3回、4回とお茶を楽しめるのがいいですね。一煎目は旨み、二煎目は渋みを味わって、四煎目くらいに玄米を足して、味の違いを楽しむ飲み方もおすすめ。また、蓋付きでしっかり蒸らせるので、和紅茶を淹れるのもいいと思います。日本茶も紅茶も、茶葉から淹れると葉を傷つけないので、お茶本来の味が楽しめる。生産農家として、お茶を一番良い状態で飲んでもらえないのは悲しいこと。茶農家ごとに水色も味も変わるので、その繊細な違いを楽しんでほしい」

解剖ポイント3:デスクに置いておきたくなる手編みの美しい佇まい
今回の茶漉しでこだわったのが、一人分のお茶を淹れられる手軽さと、そのまま出しておきたくなる佇まい。「茶漉しの網部分で、どれだけ美しさが出せるのか。どうしても器具感がぬぐえない…」と悩んでいた時に岩井さんが出会ったのが京金網でした。
「さまざまな素材や仕様の可能性を探る中、そのまま出して置きたくなる佇まいや質感がなかなか見つからなかったんです。そんな中、見つけた京金網の銅製の網は、濡れてもそのままでも美しい。また、使い込むと色が変わっていくことも味が出ていいなと。木の蓋との相性も良くて、これを使ってお茶を淹れて飲んでみたいと思いました」

そんな佇まいの美しい茶漉しを手掛けたのが、明治22年創業の鳥井金網工芸さん。京都で130年にわたり、銅やステンレスの針金で、豆腐すくいや水切りカゴなどの家庭用品から、寺社仏閣の鳩よけなど大きなものまでをつくっています。
金網茶漉しは、金網部分はもちろん、設計図となる木型や枠、柄の部分もすべて手作業。手が変わると網目も変わるため、一人の職人の手によって1本1本丁寧に編み込んでつくられています。

まずは底面から。茶漉しの大きさに合わせた木型をつくり、針を打って銅線を固定したら菊出しと呼ばれる技法を用いて菊のような模様に編み込んでいきます。

菊出しが終わったら、側面を木型に沿って亀の甲羅のような六角形に編んでいきます。

側面を編み終えたら、先につくっておいた枠(柄の部分)をはめて、銅線をねじって留めていきます。

ペンチで全体のバランスを整えたら、内側にメッシュを張って、木型で形を整えながら枠を折り込んだら完成です。

「銅線はつながっているので、常に全体のバランスに気をつけながらつくっています」と、5代目の鳥井勇佑さんは言います。そばで見ていると、一つの工程のなかで、何度も何度も細かく金網を整えてられているのが印象的でした。

どれも少しずつ違う手編みの金網は、そばに置いておきたくなる美しさ。日々の暮らしにお茶を淹れる時間を持つことが、心のゆとりを生むことに気づかせてくれます。
<掲載商品>
一杯のための金網茶漉し
<取材協力>
鳥井金網工芸
嘉兵衛本舗
文:眞茅江里