ものづくりの町の奥座敷。渓谷の隠れ宿、嵐渓荘
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こんにちは、ライターの鈴木伸子です。
今回は、ものづくりの町・新潟三条にはこんな別天地もあるのだという、とっておきの秘湯をご紹介しましょう。それは、知る人ぞ知る隠れ家のような、誰かにもったいぶって教えたくなるようなところなのです。
上越新幹線・燕三条駅から車で40分ほど。三条の奥座敷とも言える自然豊かな渓谷沿いのしただ温泉郷にあるのが、旅館・嵐渓荘 (らんけいそう) 。
ここの名物は、妙泉 (みょうせん) と言われる濃厚でなめらかな温泉と、三条を流れる五十嵐川のさらに上流である守門川の清流、そして国登録有形文化財にも指定されている木造三階建ての本館建物です。
全国各地から訪ねる人も多い秘湯の宿であり、燕三条の地域の人びとにも何かと親しまれている憩いの場。この嵐渓荘4代目の夫人で若女将である大竹由香利さんにお話をうかがいました。
泊まれる有形文化財
「しただ温泉郷 越後長野温泉と名乗っているこの土地は、昭和初期に温泉が掘削され、当初は心身の療養所も兼ねた湯治場でした。
そこに、燕駅前に昭和初期に建てられた料亭旅館の建物を移築し、戦後、温泉旅館として営業するようになったのです。『緑風館』と名付けられたその建物は、現在は国登録有形文化財に指定されています」
嵐渓荘の中心に建つ「緑風館」は、三階建てのてっぺんに望楼のあるシンボリックな外観。内部を案内していただくと、欄間や障子など各部屋で意匠が異なり、さすがは文化財という風格を感じます。
「緑風館は時代が水運から鉄道に変化する頃に建てられた建物です。この建物を解体移築した時も一部は水運でここまで部材を運んできたそうです」
こちらの宿は3000坪も敷地があるのに、客室は17室しかないそうで、まさに渓谷の自然を思う存分楽しむことができる「隠れ家」。
木造三階建ての緑風館のほかに、渓流沿いで眺めのよい渓流館、落ち着いた雰囲気のりんどう館の3館があり、それぞれの趣きを楽しめます。
「お風呂は大浴場と、高台にある貸切風呂『山の湯』があって、どちらにも露天風呂が設けられています。温泉の泉質は、強食塩冷鉱泉。かつてここは海の底だったので、塩分とミネラルが地質の中からしみ出しているのだそうです」
「ナトリウム分の濃い塩辛い温泉水ですが、効能があるので、ほうじ茶と合わせたものをラウンジで飲んでいただくこともできます。また、その温泉水を使った温泉粥を朝食にご用意しています。
お風呂では、湯船に入りながら日本酒を召し上がっていただく『露天で一杯セット』が人気です。木桶に竹の酒器で、地元・三条の福顔酒造の吟醸酒『五十嵐川』をお出ししています」
となり合うものづくりの町、燕と三条をつなぐ宿
客室ではSUWADAの爪切り、丸直の箸と、地元・燕三条メーカーの製品を貸し出しているということ。またボトルのお酒がオーダーされると、燕の伝統工芸品、玉川堂の鎚起銅器製のクーラーで提供されているそうです。
「宿泊のお客様には、燕三条の工場見学に行ってみたいとおっしゃる方もいらして、お取次ぎをすることもあります」
工場が並ぶ燕三条の町なかとは離れた渓谷にありながら、やはり何かとものづくりの町とのつながりは密接なようでした。
そして嵐渓荘には、燕三条の地元の冠婚葬祭や企業接待の場、近隣リゾートとしても機能してきた歴史があります。
「地元の方々の結婚式や法事のほか、七五三などご家族でのお祝いの会合にもよくご利用いただいています。地元企業の方が取引先のお客様を御連れになったりもしますので、私たちも、地域のおもてなしの場として燕と三条をつないで盛り立てて行きたいと常に考えています」
このあたりは冬はけっこう雪が深く、雪景色を楽しみに来る人も多いということ。雪行灯やかまくらなどを作っておもてなししているそうで、そんな真冬の温泉郷で露天風呂に入るのもよいものでしょう。ゴールデンウィークや夏休みは家族と、紅葉の季節はツアーでなど、季節ごとにさまざまに楽しまれているようです。
「『妙泉和楽 (みょうせんわらく) 』という言葉がこの温泉のコンセプトでして、妙なるお湯を和やかに楽しんでいただければ幸いです」と若女将はにこやかに語りかけます。
地域の奥座敷として、こんな温泉宿があるというこの土地の豊かさに感じ入りました。
<取材協力>
嵐渓荘
新潟県三条市長野1450
http://www.rankei.com/
文:鈴木伸子
写真:神宮巨樹