変化することこそ、伝統を守ること。本藍染めを未来へつなぐ、奈良・INDIGO CLASSIC【すすむ つなぐ ものづくり展】

私たちの暮らしを支えてきた、日本各地の様々なものづくり。
それらがさらに百年先も続いていくために、何を活かし、何を変化させていくべきなのか。ものづくりの軸にある「素材や技術」に改めて着目し、その可能性を探るため、中川政七商店がスタートさせた試みが「すすむ つなぐ ものづくり展」です。
今回のテーマは「藍」のものづくり。
植物を発酵させることでできる、生きた染料の藍。
日本には江戸時代に広まり庶民の暮らしに根付いて以降、めぐる季節と共に、そして人々のいとなみと共に藍のものづくりはありました。
土からはじまり、また土に戻る。
素朴な自然から生まれた色だからこそ、私たちは心惹かれるのかもしれません。
かつて「ジャパンブルー」と称されたほど各地で親しまれていた藍染めですが、今では暮らしの変化とともに伝統的な植物染料での染めは減りゆき、化学染料を用いた染めが主流となりました。
そんななかでも、過去から続く藍染めの技や産地の景色を未来へつなぐ作り手たちがいます。
挑戦を重ねて”すすむ”ものづくりの現場を取材し、百年先へ藍を”つなぐ”ためのヒントを伺いました。
“伝統”を知らずに、染めの世界へ
強い陽ざしのもと、鮮やかな緑が一面に広がる藍畑。そこで一人もくもくと刈取機を動かすのが、今回「藍」のものづくりでご一緒した作り手のひとり・小田大空(おだ・おおぞら)さんです。
藍の葉を育て染料をつくる「藍師」、染めを行う「染師」と分業が一般的な藍染め業界で、小田さんが代表を務めるINDIGO CLASSICは、種をまき藍の葉を育てるところから染めまでを一貫して行う稀有なチーム。取材の日は藍の葉の収穫作業が行われていました。


藍染めの産地・徳島で修行をしたのち地元である奈良で事業を始めた小田さん。藍染めとの出会いは大学生の頃、たまたま母親に連れられて訪れた藍染め体験でした。けれどその時はまだ、藍染めの背景にある「工芸」や「伝統」についてはまったく知らなかったと笑います。
「僕、藍色ってずっとかっこいいものだと思ってたんですよ。色自体が好きというか。当時は伝統工芸とかそういう側面を知らなくて、単純にファッション的な要素の一部だと思ってたんです。デニムと藍の違いも理解をしてなかったし。アパレル的な視点から藍に注目しはじめて、そっからって感じですね」

はからずも藍染めに興味を持った小田さんでしたが、在学中の就職活動で藍の仕事を探すも見つからず、一度はアパレル企業へ就職。そこからも毎年求人を探し、ようやく3年目の春、徳島の地域おこし協力隊で藍染めの仕事を見つけます。
すぐに徳島へ仕事を移した小田さんは、そこではじめて「どうやら伝統工芸が背景にあること」「伝統的な植物染料での染めと、化学染料での染めがあること」を知りました。
「徳島では藍畑で藍を育てるところから染料をつくって染めるところまで経験したんですけど、『染めだけやれたら楽しい』みたいなモチベーションで協力隊に行ったんで、一年目とかは正直、畑仕事が全然楽しくなかったんですよ。
でも始まってちょっとしてから面白さに気づいてしまって。『これ、畑から染めをやらへんかったら自分でやる意味がないかも』みたいな考えになったんです。
きれいに染めようと思うとそもそも藍をうまく栽培しないといけないんですけど、自然のものなのでコントロールできない領域があまりにも大きいんです。ただ僕は、自然の影響が大きすぎるっていうのが逆にめっちゃ面白くて。『これは100点出すまでやめられへんな』って思いましたね」
産地ではない奈良で、本藍染めの工房を開く
そうして約2年半の修業を経て、地元・奈良で、種まきから染めまで一貫して行うINDIGO CLASSICを起業。
今では化学染料が多く用いられる藍染めですが、日本では長い歴史の間、植物がその原料として利用されていました。植物を染料にした伝統的な藍染めは「本藍染め(または正藍染め)」と呼ばれ、INDIGO CLASSICもこの本藍染めを手掛けています。
藍の葉を育て、


葉を発酵させて染料である蒅(すくも)をつくり、


そして染め上げる。

おおまかにお伝えすると藍染めにはこの3つのステップがありますが、冒頭でお伝えした通り藍染め界は分業制がスタンダード。すべての工程を一社で手掛けるINDIGO CLASSICのような作り手は珍しいとされています。

また産地としては歴史のない奈良に、その活動の拠点を持っているところも特筆すべき点のひとつ。日本で広く知られるのは徳島で、染料づくりも染めも、多くの作り手がここを拠点に取り組みます。そんななかなぜ、奈良に工房を開いたのでしょう。
「徳島には有名な作り手さんがたくさんいますからね。そこで勝負しても、僕がクライアントなら自分に頼まないと思ったんですよ。
でも奈良に開いたら関東とか関西からも工房を訪ねやすいし、他に同じようなとこもあんまりないし。地元に想いがあるとか、全然エモーショナルな理由じゃないんです(笑)。あくまでビジネス的な視点が大きいです」
成果が出るのは一年半後。腹をくくって楽しめるか
縮小傾向の藍染め業界ではありますが、決して新たな作り手の挑戦がないわけではありません。ではなぜ、作り手が一向に増えないのか。その大きな理由を小田さんは「独立直後だと作れる染料の量が少ない」ことと話します。

「作り手が増えないっていうより、うまくいかないっていう表現の方が合ってるかもしれない。染められる量って染料の量に比例するので、まずは染料を確保することがめっちゃ大事なんです。染料は買えもするけど、独立した直後ってお金がないので自分でつくるしかないじゃないですか。
でも収穫機がないと藍の葉の刈り取りがきついんですよね。とはいえ収穫機も結構な価格やから、だいたいは手刈りしか方法がなくなっちゃって、蒅をつくれる量が少なくなるんです。そうすると当然売上も上がらないから投資もできなくて、事業が大きくなっていかない。
あとは藍の種を3月にまいてから染料として使えるようになるまでって、1年半ぐらいの時間がかかるんですよ。独立してすぐは、次の蒅ができる1年半先まで染められる量の蒅を確保しておくか、生活費の確保のどっちかをしないといけなくて、その問題にもぶつかるんですよね」

当然、小田さんにも同じ壁が現れます。
地域おこし協力隊の仕事でつくる藍の葉や染料は、すべてその地域の持ち物となるため、普通に独立しては生活していける分の染めがすぐにはできない。その問題に当初から気付いていた小田さんは、徳島での修行時代から戦略的に「独立後の蒅をつくっておく」ことをはじめました。
所属していた地域の役場に「刈取機だけ無料で貸してほしい」と交渉し、協力隊の仕事後に自腹で借りた藍畑で藍の葉を育て、蒅をつくる。そうした戦略と努力があってこそ、独立後すぐに染めの仕事に取り組めたのです。
「とはいっても、独立してしばらくは新卒の時の給料にも至らないくらいの額しか稼げなかったんですけどね。でも少しずつ知っていただけるようになって、ようやく生活できるようにはなりました」

先ほどもお伝えしたように、種まきから染めまで一貫して行っているINDIGO CLASSIC。藍染め業界全体を見ても、同じような畑のキャパシティで藍を育て、染めまでを行う作り手は他にあまり例がありません。
「他にあまりないのがどうしてかって言われたら、なんか、腹のくくり方な気がします。藍って生き物なんで、365日、畑とか染料の調子を見る生活が続くんです。単純に大変すぎますよね(笑)。
土をつくるのも基本的には1年で成果が出るようなものじゃないし、蒅も3~4か月は我慢しないとできないし。大変な思いをして育てても、染めてみるとイマイチなことももちろんあります。その答えが種をまいてから1年半後にしか見えないけど、それを『難しいけど楽しい』って思えるかだと思います」
変化を続けることは、伝統を守ること
小田さんにお話を伺っていると、技法は「伝統」そのものながら、「伝統」への向き合い方はあくまで軽やか。「楽しいから自分はこの方法を選択している」という、無理に背負わないスタンスが印象的です。
「『この仕事を今後はどうしたいんですか』ってよく聞かれるんです。あわよくば自分が死ぬまで自分の好きなことで食っていきたいって気持ちはあるけど、その道中で必要とされなくなったら淘汰されても別にいいと思ってます。欲しいと思ってもらえないなら、それってしょうがないことというか。でも、諦めないっていう気持ちですね」


「僕らの仕事で大事なのって作り方とか染め方とかを、お客さんから求められるものにきちんとフィットさせにいくことだと思うんです。
徳島で習った藍染めの世界は、どっちかというと伝統とされるものを守るというか、自分たちがやってきたことを変えないってスタンスだったんですけど、時代に合わせて、お客さんの希望をどう叶えるか考えることを自分たちは大切にしていて。その方が喜んでいただけますよね。
そもそも、藍染めがはじまったときって伝統でも何でもないじゃないですか。昔の人たちが残してくれた理由ってたぶん、時代に沿って求められるものに合わせてきたからだと思うんですよ。
その続けてきたものを守るっていうんやったら、時代に合わせて変化していった方が、守ってきた思想みたいなものにはフィットしてるんじゃないかなって、僕は思うんです」
過去から続く製法を用いながらも、伝統にとらわれないことで伝統を守っていく。そうやって柔軟に受け入れ、つくる、覚悟と好奇心こそ藍を未来へ「つなぐ」ヒントなのかもしれません。

最後に小田さん、私たちが本藍染めを暮らしに取り入れるよさとは何なのでしょう。
「『本物に常に触れ続ける』っていう感覚を持ってもらえたら嬉しいなと思うんです。最初はわからなくても、そばに置くことでちょっとずつ審美眼が鍛えられることってあるじゃないですか。そうやって自分の感覚を磨いていくことで、美しいものを見る目があがる。
別に価格の高いものがいいものってわけではないんですよ。でも、『自分にとってはこれがいい・悪い』の判断が自分でつけられるようになるのは大事だなって。だから僕たちはちょっとだけ背伸びしたら買えるくらいの生活に近いものに挑戦して、できるだけたくさんの方にお届けできたらって思いますね」
歴史や背景ではなく、藍そのものの魅力にとりつかれたからこそ、とらわれずに、しなやかにその技を未来へつないでいく。
すすむ、つなぐものづくりとは何なのか。そのひとつの答えと、これからの工芸の姿がそこに見えました。
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<INDIGO CLASSICさんが染めた商品>
・藍染ギャザーキャミソール
・藍染フラットバッグ
・藍染タペストリー
・藍鹿の一輪挿し飾り
・SETOMANEKI earth 藍染 小、中
文:谷尻純子
写真:奥山晴日