伊賀上野城

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市内中心部に位置する城址。この場所に最初に城を築いたのは豊臣秀吉の命を受けた筒井定次という武将で、現在の天守閣の北東にその跡が残されている。

その後、慶長5年(1600年)に関ヶ原の戦いで徳川家が勝利を収めると、残存する豊臣勢力をけん制するために、築城の名手として知られる伊予の名将、藤堂高虎が伊賀に入国。高虎は上野城を大規模改修し、大阪城のある西側に高さ30メートルに及ぶ石垣を築くなどして守りを固めた。同時に新しい天守閣も築いていたが、完成間近の慶長17年(1612年)9月2日に暴風で倒壊。その後、大坂冬の陣、夏の陣を経て豊臣家の脅威が去ったため、再建も見送られた。

現在の天守閣は、衆議院議員であった川崎克が私財を投じて建てたもので1935年に完成。伊賀の地域の文化産業の振興のために「伊賀文化産業城」と命名された。

城内で展示されている藤堂高虎の兜
城内には戦国時代に使われていた鎧や兜も
天守閣から眺めた伊賀市内
日本一の高さを誇る石垣

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