【日本の布ぬの】立体加工のスペシャリストが生み出す、奥行きある表情の布「やたらフロック」(京都・ドマーニ)

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風土や文化、作り手の工夫によって、各地で育まれてきた日本の染織技術。「日本の布ぬの」は、そんな染織技術から生まれた個性豊かな布を楽しむ、中川政七商店のファッションラインです。

2024年の秋冬シリーズで展開するのは、籠細工に用いられる「やたら編み」に着想を得た意匠を、繊維を立体的に糊付けするフロック加工の技術で表現した「やたらフロック」柄。
秋冬らしく温かみのあるベルベット素材に、レーヨンを用いてフロック加工を施しました。

手がけたのは服地への立体加工を得意とする、京都の作り手・ドマーニです。
この記事では、そんな「日本の染織技術」によるものづくりをお届けします。



「素人やから」生み出してこられた、独自の立体加工技術

京都市東部の玄関口として、滋賀県との県境に接する京都府京都市山科区。ショッピングモールや飲食店の並ぶ駅前の大通りから歩くこと約10分、ドマーニの本社を訪ねました。

迎えてくださったのは現在代表を務める二代目の山脇孝弘さん。服地加工を手がける企業のなかでも特に立体加工に強みを持つ同社を率いて、豊かなアイデアで次々と技術を生み出してこられた方です。

「染めとか加工には手でやるものと機械でやるものがあって、うちは職人の手によるプリントや加工を専門にしています。お取引先で多いのはDCブランドさん。機械では出しにくい風合いとか、うち独自の技術に信頼をいただいてます」(山脇さん)

訪ねた事務所には、そんな職人の手から生み出されてきた様々な布がずらり。力強く大胆な印象のものから、陽に透けるやわらかな風合いのものまで、過去から現在にかけて、その発想力と技術をもって多くの要望に応えてこられました。

もともとはベルベットの問屋として商いをはじめた同社。生地の加工業に舵をきったきっかけは、好奇心と挑戦心が旺盛だった先代であるお父様が、当時は卒業アルバムの表紙などに使用されていたフロック加工技術を、服地づくりに利用したいと考えたことからでした。

「フロック加工はもともと、アルバムとかの限られた用途にしか使われてなかったんです。それを服地で使う発想がなかったんですね。そんななかで先代が、ベルベットの上に刺繍をフェイクする意図で、フロッキーをのせてみたら面白いんじゃないかと思いついて。それで外部の工場さんにお願いして作ってみたら、すごい人気が出たんですよ。そこから柄を変えていろいろ作ってたんですけど、ずっと売れていて」

当時人気を博した、ベルベット地にフロック加工を施した生地

ところが協力企業から諸般の事情で工場を閉じるとの報せがあり、悩んだ末にドマーニは独自工場を持ち、社内で製造まで進める方向へ歩みはじめます。

その後はベルベットだけでなく、麻やオーガンジーなど様々な生地も扱うように。さらにはフロック加工に留まらず、「生地を縮める」「箔押しを模したプリントを施す」など、立体加工全般へ事業を特化させていきました。

そうして冒頭でのお話のとおり、現在ではDCブランドを中心に多くの得意先を持つようになったのだそう。アパレル関連市場に厳しい風が吹くなかも、同社には今も次々と案件が舞い込んできます。

支持されるのは、人の手による匠な技と、同社独自の加工技術。特に独自の加工技術を生み出せる点については、“素人であること”こそ理由だと、山脇さんが自らを評していたのが印象的でした。

「うちが作る生地には、うちにしかできない加工技術を使ったものが結構あるんですよ。アイデアを思いつくのはだいたい私ですね。実は私、もともとは会計士やったんです。当時は事業を継ぐつもりもなかったし、自分にはものづくりの才能も技術もないと思ってたけど、ここで仕事するようになってみて、今ではそれが良かったんかなと思いますね。素人やから、頭が。

職人さんは自分でものが作れるけど、そしたら、自分ができる範囲のものしか想像できなくなりがちやと思うんです。でも私の場合は自分で作れないんで、普通に考えたら無理なことでも考えてしまうんですよ。それで『こんなんやりたい。こういう材料と加工方法でいけるんちゃうか』って現場に伝えて、だいたい工場長とかに怒られる(笑)。でも、やってって言って。

今回、中川政七商店さんに依頼をいただいた服地にフロック加工技術を使う生地も、もともとは当時問屋業をしていた父親が思いついた方法でした。そうやって常識に縛られないのが今に繋がってるんでしょうね」

過去から続く布の表現を、今の装いに

そんな立体加工に支持の厚いドマーニの、生地づくりのきっかけとなったフロック加工を今回の「日本の布ぬの」では採用。テキスタイルをデザインする際にモチーフにしたのは、日本に昔から伝わる、竹細工などで用いられた「やたら編み」の意匠です。

全盛期は特にミセス向けとしての需要が高かったという、ベルベットとフロック加工の組み合わせ。

過去から続く技術を活かしながら、今の装いで楽しんでいただけるような中川政七商店オリジナルの布に仕上げました。

デザインソースとなったやたら編み
日本の布ぬのでは、やたら編みの意匠を参考にテキスタイルをデザイン。白い点のような線が、フロック加工技術を用いている部分

平坦にならず、ふわりと浮かぶやわらかなラインと、刺繡のような繊細な柄。つややかな光沢をたたえた気品ある風合いのベルベットの布と合わさることで、平面プリントには生み出せない独特の表情が生まれます。

工場で感じた手仕事の景色と音

「今回の柄は、生地に糊をつけた後を追っかけて、レーヨンの粉を振りかけて作っていくんです。そのときに電圧をかけて静電気を起こして、繊維を立たせた状態で糊づけするから立体的な表現ができるんですよ」

山脇さんが口にするのは「電圧」「静電気」と、手仕事のイメージとはギャップのある加工方法。実際はどんなものづくりなのだろうと、楽しみに工場へ向かいました。

まずは手捺染(てなっせん)と呼ばれる、機械ではなく手で柄をプリントする技法を使いベースの柄が染められた生地を、加工台に貼り付けます。

手捺染で染め上げた、ベースとなる布

そこから、フロック加工を施したい柄部分にだけ糊をつけ、

上から糊を重ねた際、柄部分にのみ糊がつくように加工された専用の板

糊付けした後を、静電気を流した特殊道具を用いて、レーヨンの粉をふりかけていく。

レーヨンの粉(短い繊維)を専用の道具に入れる
木槌で道具を打ち、ふるっていく。道具に電圧をかけ静電気をはしらせることで、ふるいながら繊維を立たせている
糊をつける人、繊維をふるう人。二人の呼吸が合わさって、布の柄が出来上がる

耳に届くのは、レーヨンをふるう道具を木槌で打つ、トントン、トントン、というやさしい音。時々、不規則になるリズムに、人の気配を感じます。

工場内は手仕事の景色と音に包まれていました。

「繊維をくっつけるための糊も実は調整が難しくて、さらさらしてたら生地を通り抜けてしまって繊維がくっつかないから、しばらく粘り気がないとあかんのです。生地との相性では毛が寝てしまったりね。

だから吸水性を防ぐために、生地に撥水をかけて糊を残してあげることもあります。でも撥水をかけすぎると逆に糊ごと取れてしまう。そのへんの塩梅も積み重ねてきたものですね」

「今回の加工は、私たちのものづくりの原点でもある技術。ベースに手捺染で染めた柄があることで、そこが背景になってフロッキーの立体線がより浮き出る、立体加工ならではの表現になっています。一時期は下火になっていた加工方法ですが、今のデザインでまた楽しんでいただけて嬉しいですね」

機械を使えば大量の生地加工も叶う世の中で、人の手で丁寧に作り出される繊細で風合い豊かな表情の布。

日本の染織技術が生み出す唯一無二の表現を、ぜひ、長くご愛用いただけたら嬉しく思います。

「やたらフロック」作り手:

株式会社ドマーニ
京都市にある特殊加工の手捺染工場。様々な手法を用いて生地に表面変化や立体的な表現を加え、付加価値のある生地づくりに挑戦しています。


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文:谷尻純子
写真:森一美

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