日下部民藝館

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日下部民藝館

1966 (昭和41) 年、雑誌『暮らしの手帖』創刊者である花森安治の後押しもあり、民藝運動に共感した11代目当主の日下部礼一が自邸の一部を改装して開館。同年、国の重要文化財にも指定された。

江戸時代、徳川幕府直轄の天領となった高山で、日下部家は御用商人として栄えた商家。江戸時代に建てられた邸宅は1875 (明治8) 年の大火で焼けてしまい、現在の建物は1879 (明治12) 年に当時の名工、川尻治助 (かわじり・じすけ) によって建てられた。江戸の建築様式を踏襲しながらも、明治という新しい時代の息吹を吹き込んだデザインが取り入れられている。

入口を抜けてすぐ目の前に広がる大胆な吹き抜けは、治助の技が光る見どころの一つ。横に走る太い梁はアカマツ1本を切ったりつなげたりすることなく、そのまま使用している。

2階建ての主屋には江戸時代後期~明治の生活用具を展示。土蔵には、飛騨高山の春慶塗や一位一刀彫をはじめ、古伊万里焼や小鹿田焼、李氏朝鮮時代の家具など各地の工芸品が並ぶ。

見逃さないでほしいのが、日下部家先祖代々の位牌が祀られている仏壇。京都の職人によって精巧な彫刻や細工が施され、当時300両もの値がついたという。底には車輪が埋め込まれており、有事の時に移動させることができたため、明治8年の大火を免れた。そんな工夫がされたのも納得がいくほど、贅を尽くした立派な仏壇だ。

日下部民藝館
囲炉裏を中心に配した一家団欒の間
日下部民藝館
天井を走る豪快な梁と大胆な吹き抜け
日下部民藝館
寒さの厳しい飛騨高山では、かつて火鉢は冬の必需品でした。こちらは並べて美しい、春慶塗の火鉢
日下部民藝館
館内には、全国各地から集めた民藝品を販売するショップも

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