【地産地匠アワード】“種”を埋め込んだうつわから、漆の未来が芽吹いていく。会津漆器の弁当箱「めぶく」

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。
そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。2024年の初開催では、4つのものづくりに賞が贈られました。

今まさに日本各地で芽吹きはじめた、4つの新しいものづくりのかたち。この記事ではそのなかから、福島県 会津若松地方でうまれた漆器のお弁当箱「めぶく」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

“漆の種”を埋め込んだ、タイムカプセルのような漆器

「”漆の種”を埋め込んだうつわを作りたい。という構想は数年前から持っていました」

今回のお弁当箱を企画した「漆とロック株式会社」の貝沼さんは、そう振り返ります。

漆とロック株式会社 代表 貝沼航さん

漆や漆器の面白さ、可能性に惚れ込み、会津地方を中心に約20年にも渡ってその魅力を伝え広げる活動を続けてきた貝沼さん。10年ほど前からは原料である樹液を取るための漆の木を育てることにも取り組み、特にこの2年間は「猪苗代漆林計画(いなわしろ・うるしりんけいかく)」という新しいプロジェクトもスタートさせました。

「育てるところから漆の木と対峙してきた時間の中で、改めて、この命をどうやって繋いでいこうかと考えました。

漆の木というのは、人が手をかけてあげないと育たない木で、何もしないと枯れてしまいます。種を植えて、育てて、樹液を採って、また種を植えて。そういう営みを、日本人が縄文時代から繰り返してきたからこそ、漆の木と漆文化が今も残っている。

この先、漆を植えて育てることをやめてしまえば、いずれ漆文化は途絶えてしまいます。でも種さえ残っていれば、遠い未来の人が発掘して、そこから漆を繋いでくれるかもしれない。

それは、あくまでも自然や時間というものに対する遊び心というか、本当にその種が発芽することを期待しているというよりも、種を埋め込むことで、未来に想いを託す。そんなタイムカプセルのようなうつわを作りたいなと思ったんです」

貝沼さん達が植樹を進めている漆林。樹液が採れるまで、約15年が必要。休耕地になっていた土地を利用し、綺麗に整備することで、集落の獣害対策も兼ねた取り組みにできないかと挑戦している

「信玄弁当」をモチーフにした三段重ねの便利な弁当箱

縄文時代の遺跡から非常にきれいな状態の漆器が出土するほど、漆の保護力は優秀です。その保護力、そして未来へ漆をつなぐための種をタイムカプセルに見立てて、うつわ作りがスタートしていきます。

“漆の種を埋め込んだうつわ”。その実現のために貝沼さんは、猪苗代町在住の塗師 平井岳さんに声を掛けました。

塗師であり、漆掻き職人でもある平井岳さん

「最初はびっくりしました。種を埋めたうつわなんて、一度も作ったことないよって(笑)。

でも、未来へ漆をつないでいくストーリーは凄く面白いし、実現できれば確かにいい。種が綺麗に見えるように塗り方も色々と試行錯誤したりして、なんとか使っていただけるものが作れたのかなと。楽しかったですね」

と、平井さんは笑いながら話します。

「この商品の意図するところ、真意をくみ取って作ってくれるのは、平井さんしかいないと思ったんです。漆塗りの職人でありながら、自分で漆自体を採る漆掻きの職人でもある珍しいタイプの作り手さんで、漆林を作る活動でもご一緒しています」(貝沼さん)

漆掻きの様子。自ら漆を採取する職人は多くない

通常、漆器の仕事は分業制で、木を育てる人、漆を採る人、塗る人がそれぞれ分かれていることが一般的です。特に木を育てるのは、昭和の頃までは、山を持っている人や農家さんが副業的に自分の土地に漆を植えて育てるということをやっていましたが、今はほとんどそういう方が居なくなってしまいました。そのようなこともあり、国産漆の供給は危機的な状況にあり、分業だからと言って何もしなければ、いずれ枯渇してしまいます。

既に、国内流通している漆の大部分は海外産。海外の漆がダメなわけではありませんが、あまりに頼り過ぎていると、万が一供給が止まった時に立ち行かなくなってしまう怖さもありました。

「会津地方はもともと江戸時代には百万本くらい漆の木があった漆液の産地でしたが、今はすごく少なくなっていて、毎年、どこかに漆の木が残っていないかと山の中を探し回って、どうにか漆掻きをしています。なので、いつかは自分で木を植えないとなと思っていて、貝沼さんと出会って、ようやく始められたという感じです。

それと最近、『漆を採ってみたい』という若い人たちが増えてきています。それはすごく嬉しいし、『一緒に福島で頑張ろう!』と答えたいのに肝心の漆の木が無くて、このままだと資源の取り合いみたいなことになってしまう。

自分たちで木を育てて資源を増やせられれば、そういった若い人たちも招き入れられるし、僕も次世代に技術を継承していける。そんな想いは強く持っていますね」(平井さん)

「今回は、お弁当箱のデザインも平井さんと一緒に行いました。

何度か改良を重ねて、洗いやすいように内側の形状を工夫したり、コンパクトにしつつ容量もたっぷり入るようにしたり、純粋に使い勝手もいいものが出来たのかなって思います。
何より、平井さんの木地呂塗(きじろぬり)が本当に綺麗ですよね。モチーフにしたもともとの信玄弁当と比べると、どこか愛らしい、現代に馴染む形になっています」(貝沼さん)

「最初はお椀を作る予定でしたよね。

でも、漆林が成長していく過程を色々な人たちが見守る中で、たとえば皆で集まって食べられるうつわがいいよねっていう話になり、お弁当箱になって。

信玄弁当にすれば、ご飯とおかずと、汁物も楽しめるし、今回のポイントである種も上から見える。

後は、このお弁当箱を持って皆でピクニックに来た時にこんな形であれば可愛いなとか、こんなご飯が食べられれば皆満足してくれるかなとか、そんなことをイメージして作りました」(平井さん)

味噌玉などを作っておいて現地でお湯を沸かして汁を入れれば、ご飯におかずにお汁、一汁一菜のお弁当が楽しめる
砥石や紙やすりを用いて、前回漆を塗った際に入った細かな埃やごみを削っていく
塗りの工程。今回は木目が綺麗に見えることと強度とのバランスを考えて、三回塗り重ねて仕上げている
高台部分の塗りが特に難しいとのこと。漆の種は、漆と小麦を混ぜて作ったパテのようなものに埋めて接着している
漆は湿度によって状態が変化する。想定した仕上がりになるように漆の状態を整えることが、塗ることよりも大変で難しい
湿度と時間で漆の状態がどう変化するのか細かく管理して調整していく

漆器との関係性、長い時間をデザインする

そうして生まれた「めぶく」のお弁当箱。

この、未来への想いが込められた漆器をどんな風に世の中に伝えていくのか。購入してくれた人たちとどんなコミュニケーションを取っていけばよいのか。貝沼さんはそんな問いを抱えていました。

「このお弁当箱をこれから迎えてくださる方たちのことを、お客様というよりむしろ仲間だという風に考えていて。

その仲間たちとどういう風に長い関係性を築いていくのか。時には修理をしたりしながら大切に弁当箱が使われて、最終的には土に還るまでの長い時間のデザインをどう考えていけばいいのか。

その探求だったり、コミュニケーションデザインのようなことだったりを一緒にやってくれる人はいないかなと思っていて、佐藤さんにお願いをしました。

基本はデザイナーさんなんですけど、手を動かすというよりは、人と人の関係とか、世界観を考えるというところを一緒に歩んで下さる。そこが一番魅力的な方だなと思っています」(貝沼さん)

Helvetica Design 佐藤 哲也さん

「嬉しい(笑)。貝沼さんとは2019年頃に、福島県の観光の仕事で取材をさせてもらってからの付き合いになります。

今回、僕はデザイナーとして参加はしているものの、なるべくならデザインしない方がいいと思っているんです。

このお弁当箱のプロジェクトは、今の時代に漆がどうあるべきか、暮らしと漆の距離感はどうなっていくのか、そんなことを考え直すきっかけになると思っていて。

その時に、例えば貝沼さんが漆に惹かれたことや、平井さんが自分で漆を採るようになったこと、そういう自然に生まれてきたことを捻じ曲げたり誇張したりせずに、その等身大がより良く見える状態を考えたい。そんなところにデザインがあった方がいいと思っています。

なので、なるべくならデザインしないで、あまり余計なものを付加しないスタンスで関わりたいなと」

平井さんと貝沼さんのありのままの姿を伝えたいという佐藤さん

実際の商品の形や、機能性といったデザインももちろん大切ですが、それ以上に、使う側の受け取り方、心の在り方をどうやってデザインするのか。

佐藤さんが加わったことで、丁寧に対話を重ねながらその部分の考えを深めていくことができたといいます。

「なんていうか、すごく自我の無いデザイナーさんだなというか。本当に暖かく見守っていただいてますよね。

その上で、本質的なものをきちんと伝えて、世界を作っていくためのデザインを一緒に考えていただける方だと思っています」(貝沼さん)

「それ自体を良いと思えるような社会にしていけるかどうか、というのが、残っていける最大の秘訣です。

漆自体が必要とされれば、作る人も増えてくるし、相談事も増えてくる。そういう風に循環のベクトルを変えるというか、そこにタッチしないといけない。

今、生活の一番の課題は時間がないことだと思っています。時短で便利なものが良しとされている時代に、時間が作れるようにどうやってライフスタイルを過ごしていくのか。そういった視点があると、漆を使う機会も手にすることができるのかなと。

僕自身も、漆器の弁当箱を十分に扱うために、例えばなるべく仕事の時間を減らすとか、人との時間と自分の時間のバランスを調整することが必要だと感じています。それが豊かさにも通じてくるのかなと思って、そこを目指しながら漆を使っていきたいと考えています」(佐藤さん)

そんな中、一つの伝え方の手段として今回の地産地匠アワードへの挑戦を決めたのも、佐藤さんのアドバイスがきっかけだったのだとか。

「このお弁当箱のプロジェクトには、縄文時代から続く漆文化をどうやって未来に受け渡していくのか、それをみんなで考えていきたいということがベースにあります。

なので、自分たちだけでやるんじゃなくて、同じ想いを持ってくださるパートナーを見つけて、一緒により多くの方や社会の中に広げていくのが大事だよねと佐藤さんと話していて、今回のアワードの話もその流れで教えてもらいました。

自分たちだけではできないことも含めて、大きな流れにしていけそうだなと思い、応募を決めました」(貝沼さん)

「後は、アワードだと発見される入口が違うのかなと思っています。どこかのお店に置かれているものを目にして、好き嫌いを判断されるというのではなく、僕たちの考え方や活動をまず発見してもらえるのであれば、すごく意味があることかなと思って、貝沼さんを誘いました。

結果、審査会に向けて急ピッチで色々と進めて、プロジェクトが前に進んだのは良かったですよね」(佐藤さん)

想いに共感したコミュニティが、漆を守り続ける土台になる

漆を未来へつなぐ、タイムカプセルのようなお弁当箱が、いよいよ世の中に送り出されます。

「細部のディテールがすごく仕上がっていて、素地でも可愛い」

と佐藤さんが言うように、その愛らしいデザインは、現代の暮らしにもすっと馴染んでくれるはず。

素地の製作は平井さんと同じ30代の木地職人、畑尾勘太氏が担当している

「漆器って、気軽に触っちゃいけないイメージが強いのかなって思うんですが、そんなことはないので、ぜひ手に取ってもらいたい。

持った時の馴染みやすさや漆の質感を大事にしているので、それを感じていただけると嬉しいです」

このお弁当箱をきっかけに、漆器の魅力に気づく人が増えてほしいと、平井さんは期待を寄せています。

商品が出来て終わりではなく、購入されて終わりでもない。そこから、貝沼さん達の想いに触れて共感した仲間たちとの関係が始まり、それぞれの人と漆との関係も始まっていきます。

「このお弁当箱を皆さんが迎えてくださってからの時間も本当に楽しみなんです。

使っていただいている皆さんで会津に集まれるような機会を作っていきたいと思います。漆の植樹祭イベントをやってみたり。秋にはお弁当箱を持って集まって、漆林の活動を一緒に取り組んでいる地域の農家さんのお米でご飯を食べたり。
はたまた平井さんの工房や漆掻きの様子を見ていただくツアーや製作体験のワークショップとか。会津や漆をさらに知って、楽しんでいただけるといいなと思っています」(貝沼さん)

お弁当箱の売上の一部は「猪苗代漆林計画」の植栽活動にも活用されます。貝沼さん達の計画では、毎年100本ずつ植樹をおこなっていき、将来的には数千本規模の漆林を育てることを目指しているとのこと。

「この漆林があるからこそお弁当箱もつながっていく、このお弁当箱があるから漆林も大きくなっていく。そういう循環がこれから始まり、長く続いていくことを目指しています。
このお弁当箱を持っているということが、漆を残していく仲間の証になる。その仲間たちと僕らがこれからつながっていくことで、コミュニティが生まれていく。そのこと自体が、漆を守っていける確かさになる。そんな風に考えています」(貝沼さん)

地産地匠アワードとは:
「地産地匠」= 地元生産 × 地元意匠。地域に根ざすメーカーとデザイナーがつくる、新たなプロダクトを募集するアワードです。

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文:白石雄太
写真:阿部高之

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