手仕事だからできる“いいもの”を作り続ける。伝統の「江戸硝子」を今につなぐ田島硝子

身近な素材として、暮らしのそこかしこで目にする「硝子(ガラス)」。職人の手仕事で作られたガラスのアイテムは、美しさの中に一つひとつ異なるゆらぎや個性を持っており、非常に魅力的です。

その中で、江戸時代からの伝統を継承し、東京や千葉の一部で作られているのが、国の伝統的工芸品にも指定されている「江戸硝子」。今回、その技術を用いて、食卓に涼しさと特別な色どりを与えてくれる足つきグラスとお皿を作りました。

作り手は、1956年に創業し、江戸硝子の伝統を今につなぐ田島硝子さん。江戸川区にある工場を訪問し、同社のものづくりについて聞きました。

異なる専門技術のプロが集う、江戸硝子の現場

約1,400度の熱でガラスを溶かし、成形していく「江戸硝子」づくり。田島硝子では型吹き、細足、モール、被せ、延ばしなどの伝統技法を継承し、その練度を高めながら日々ものづくりに取り組んでいます。

「みんな一流の職人たちですが、得意な技法・技術というものは各々で若干違うんです。それぞれのプロフェッショナルを育てていかないと、商品のクオリティが高められません」

そう話すのは、田島硝子株式会社の代表取締役 田嶌大輔さん。

田島硝子株式会社の代表取締役 田嶌大輔さん

ひと口にガラス職人といっても、たとえば商品の形状が違えば使う技法も異なります。田島硝子では、各職人の得意な分野をうまく活かしながら、商品ごとに4人一組のチームに分かれて製造を進めています。

田島硝子の工場。中央にある硝子窯に、大小10本の「坩堝(るつぼ)」と呼ばれる陶製の壺が入っており、その中で1400度まで熱したガラスが液状に溶けている

田島硝子が得意とする技法のひとつが「型吹き」。その名の通り、作りたいガラスの形状に合わせた“型”を用意し、その中にガラスの生地を入れ、息を吹き込んで成形する方法です。

「型があると言っても、その型通りに吹くこと自体が非常に難しい。型が計算通りにできていても、職人の力量によっては仕上がりが狂ってしまいます」(田嶌さん)

1400度で溶けた液体から個体へと、リアルタイムに変化するガラスの状態を把握しながら成形していく。無駄のない動きと精度の高さに驚かされます。

チームでの作業となるため、ガラスの種を棹に巻きつける職人の技量が低いと型吹き自体が難しくなり、型吹きが綺麗にできていないと、その次の工程の職人にしわ寄せがいってしまう。個人の技量に加えて高度な連携も要求される仕事です。

水をかけることで、型と高温のガラスの間に水蒸気の膜ができる。そのため、ガラスの表面がなめらかに仕上がる
吹き硝子の型

長年の経験と高い技量を要する「足もの」の製造

そんな江戸硝子の中でも特に難しいとされるのが、「足もの」と呼ばれる、足のついたワイングラスなどの製造です。足の部分を成形するために、引き足やつけ足といったテクニックがあり、一定の太さと長さに仕上げるには長年の経験と高い技量が求められます。

吹き硝子の突起部分を引っ張って伸ばしていく「引き足」。グラスのカップ部分と足につなぎ目がなく、美しく仕上がる
型吹きで突起部分を作り、それを引き延ばして足を作る
足が伸ばせたら、追加のガラス種を巻きつけて底の部分を作っていく。タイミングやガラス種の分量など、ペアとなる職人との阿吽の呼吸が必要

「レストランなどの業務用の仕事の場合は特にですが、長さや容量が揃っていないと不良品になってしまいます。狂わずに足をつけられることが職人の力量ですね」

足の長さが少しでも狂うとグラスの容量や口径にも影響が出てしまうため、一握りの工場、職人のみが対応できる特別な成形方法なんだとか。

足の長さが狂うと、グラスの口径や容量も影響を受ける
「切子の足つきグラス」の型(下)。引き延ばすための突起部分がある

ダイヤの円盤でガラスをカットする「江戸切子」

今回、「切子の足つきグラス」では、「江戸切子」の技法を用いて模様をあしらいました。

「江戸切子」は、硝子の表面に‟切子”と呼ばれる加工を施したカットグラスのこと。田島硝子では約15年前から江戸切子の職人も育成し、社内での製造を開始しました。

切子加工の作業場
工業用ダイヤモンドでできた円盤状の研磨機を用いて表面を削る
カットの目安となる印をつけた後は、フリーハンドで繊細な模様を表現していく

「目が粗いダイヤで粗摺りしたあと、細かい番手のダイヤに変えてなめらかにしていきます。最終的に、研磨剤をつけて丁寧に磨くことで光沢が出てきます。

薬品につけて磨く方法もありますが、うちでは手磨きにこだわってやり続けています」

工業用ダイヤモンドの研磨機。職人の技術に加えて、ダイヤの円盤の種類をたくさん持っていることが、表現の幅を広げるためには重要なのだとか
黒色をきれいに出せることは、田島硝子の強みのひとつ

伝統をつなぐことと、仕事を続けていくこと

こうした江戸硝子や江戸切子の技を習得し、繋いでいくためには、長い年月をかける必要があります。そして、長い年月をかけるためには、その技を必要とする‟仕事”があることが前提です。

当然、常に満遍なくあらゆる商品の注文が来るわけではありません。自身の得意とする部分以外の工程に携わることも必要になりますし、逆に言えば、注文があまり来ない商品に使われる技術の習熟や維持は難しくなってきます。

「注文に応じていろいろな商品を作らなければいけない一方で、一つひとつのクオリティは下げられません。専門技術を伸ばすことと、ある程度は網羅的に技術を習得できることを両立させなければいけない。

そんなことを念頭に置きながら、職人の配置を考えたり、新規の仕事を受けたりしています」

最盛期は50社を超えていたという東京のガラス工場も、今では実質3社のみになってしまったといいます。厳しい状況の中で伝統の技法が今に残っている裏側には、現場の人たちの不断の努力があることを改めて強く感じました。

「大変だけど、面白いんですよ。

一個一個、お客さんから宿題を与えられて、それを具現化するうちにやれることが増えていきました。

お客さんからの注文で、自分たちでは考えられないようなものを作れるし。こんなガラス商品が世の中で求められてるんだ!って驚いたりもします。

これからも、人の手だから作れるいいものを作り続けていく。それしかないですね」

<取材協力>
田島硝子株式会社

<関連商品>
切子の足つきグラス
硝子の涼菓皿

文:白石雄太
写真:阿部高之

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