いのち滴る、漆の赤
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
きっぱりとした晒の白や漆塗りの深い赤のように、日用の道具の中には、その素材、製法だからこそ表せる美しい色があります。その色はどうやって生み出されるのか?なぜその色なのか?色から見えてくる物語を読み解きます。
いのち滴る、漆の赤
万葉集に、こんな歌があります。
旅にして 物恋(ものこほ)しきに山下の
赤(あけ)のそほ船 沖へ漕こぐ見ゆ
”旅に出てやたらに家が恋しい時、山すその方にいた朱塗りの舟が
沖に向かって漕ぎ出していくのが見えて、いっそう寂しくなってくる”高市黒人(たけちのくろひと)
朱塗りを指す、「赤」。
初回「はじまりの色、晒の白」で、古代日本語に登場する色はたったの4色だったらしいとのお話を書きました。その1つ、アカは明けの色。ヨーロッパ系の言語では赤(red)は血を語源に持つそうですが、日本では太陽が昇り、空が明けていく自然の移ろいと結びついていたようです。
太陽のイメージは「赤」という字の成り立ちにも結びつきます。赤という漢字は「大」と「火」を組み合わせたもの。白川静の『字通』には、「大は人の正面形。これに火を加えるのは禍殃(かおう)を祓うための修祓の方法であり」とあり、災いから身を守る、魔除けの意味が示されます。
「朱・紅・緋」も「赤」と同じく「明(アカ)」が語源。明るいパワーの源のような色は、日本では紅白やお赤飯のようにお祝い事に欠かせない色ですし、アメリカ大統領選などでも政治家がここ一番の演説の際に赤いネクタイをしめるエピソードは有名ですね。
この赤が美しく映える日用の道具といえば、朱塗りのお椀。お正月にはお雑煮椀としても食卓に華を添える「漆の赤」は、実は黒から始まります。素黒目漆(すぐろめうるし)といって、ウルシの木を傷つけて得た樹液(生漆・きうるし)をかく拌させ、温度を与えて水分を蒸発させることで得られる素黒目漆は、黒に近いあめ色。ここに顔料を加えて、様々に発色させるのです。漆独特の光沢はここから下塗り、上塗りと幾度もの塗りの工程を重ねることで、極められます。
古より人々は漆を、暮らしの様々な道具の補強や装飾に使ってきました。漆の塗膜は熱に強く、耐水性に優れて丈夫で、何より美しい光沢を放ちます。スタジオジブリの映画作品「かぐや姫の物語」( 2014)では漆職人の一家と思われるかぐや姫の幼馴染が出てきますが、原作の竹取物語にも「うるはしき屋を造り給ひて、漆を塗り、蒔絵(まきえ)して」との表現があり、家屋に漆を塗って飾り立てるシーンが描かれています。
今、日本で使われている漆の98%は輸入漆となっていますが、わずかに残る国産漆のうちの6割を生産する漆の産地、岩手県浄法寺の漆器に、古来の日本の「漆の赤」を見ることができます。
黒の下地がじんわりと透ける赤は、けばけばしくなく、力強く、思わずなぞりたくなるような光沢を湛えます。太陽には手が届かないけれど、これならば。人の命を支える食卓に、漆の赤はよく似合います。
<取材協力>
滴生舎
文:尾島可奈子
写真:眞崎智恵