個性的な布小物を生む「Jacquard Works」を支える、桐生という繊維産地の秘密

ジャカード織生地を使って美しく個性的な布小物を作り出す「Jacquard Works」。その製品に触れるたびに、素直な疑問が頭に浮かぶ……この布、どうやって作っているのだろう、と。

ある生地は空気を含んだようにポコポコとした凹凸をもち、また別の生地はふさふさとしたフリンジが彩りを添える。まるで刺繍やパッチワークなどの装飾を施しているかのように立体的で、豊かな表情を楽しませてくれる。にもかかわらず、これが1枚の生地なんて! 

そこにはおよそ1300年という歴史をもつ繊維の産地・群馬県桐生に受け継がれる分業体制と、専門的な職人技が息づいていました。

ジャカード織物はまるでパズルのように

ジャカード織物とは、1801年にフランスの発明家、ジョセフ・マリー・ジャカール(英語読み:ジャカード)氏が開発したジャカード織機を使って織られた織物のこと(詳しくは「1本1本の糸が織りなす、無限の可能性」を参照)を指しますが、「〝織る〟という工程だけでジャカード織生地ができるわけではありません」とはJacquard Worksのつくり手である機屋「SUSAI(須裁株式会社)」3代目の須永康弘さん。

3代目でマテリアルコンダクターの須永康弘さん(左)とJacquard Worksディレクターの後藤良子さん(右)

端的に言えば、生地の全体像のプランニングにはじまり、組織(織り方)の設計、紋紙やデータの作成、糸の準備、染色、整経、製織、加工、整理、仕上げまで、およそ10の工程を経てはじめてジャカード織物ができあがります。

「どんな生地をつくりたいのか、デザインや質感などの構想を固めたらそれを具現化するために、どんな素材の、どの太さの糸を使うのか?色は?織り方は?加工方法は?と一つ一つの工程を決めていく。まるでパズルのように一つ一つのピースを慎重にはめていくというイメージでしょうか。ありがたいことに、桐生には各工程それぞれに腕利きの職人さんがいる。彼らの知識や技があるからこそジャカード織生地はできるといっても過言ではありません」

今回は、数ある工程の中からいくつかの工房を訪ね、その仕事ぶりを拝見させていただきました。

経糸を整える〝整経〟という職人技

まずは〝整経〟。文字通り、「経(たて)」糸を「整」えるというジャカード織には不可欠な工程です。「たとえば1万本の経糸が必要な織物の場合。すべての糸を同じ張力や密度できれいに並べ、すぐに織り始められるように糸を整えるのが私たちの仕事」と金子整経工場の金子一路さん。

必要な長さの経糸を、必要な本数分用意する。金子整経工場にて。
 1万本の経糸を、一糸乱れぬように並べるのは職人技。美しい……。

難しいのは天然素材や化学繊維といった素材の違いはもちろん、糸に使われる染料や、その日の温度や湿度などによって「糸の動きが変わること。糸って生き物に近いんですよ」と金子さん。きれいに整えるためには静電気や伸縮具合など多くの条件を見極めながら美しく並べる技術が求められる。「ここできちんと糸を整えてくれないとイメージ通りの生地には決してならない。整経は織物の肝ですよ」と須永さんは言います。

理想の色にムラなく染める技術と堅牢度

ジャカード織生地の〝染色〟は主に糸を染める先染めと、織った生地を染める後染めがあり、訪れた星太染工は後者。一つの素材だけならまだしも、Jacquard Worksの製品のように多種類の素材を組み合わせた複合繊維の場合、素材ごとに染料を変え、染める順番を考慮しながら、素材に合わせた染色機を使って求められる色にムラなく染めなければなりません。

圧力をかけながら生地に色を入れていくサーキュラー染色機。小窓から見えた内部の様子。
 求められる色に染めるため幾度となく実験を繰り返す試験室長の浜寄卓哉さん。

染料の分析や染色にまつわるデータ出しを担当するのは、試験室長であり技術者の浜寄卓哉さん。「数種類の染料を組み合わせて理想の色を作ることはもちろんですが、染色は堅牢度も非常に重要。色落ちや色移り、布の強度なども踏まえて生地を染めていきます」。積み重ねてきた知識と長年の経験があってこそできる職人技です。

生地の個性を引き立てる〝整理〟という仕事

また〝整理〟という工程も必須です。「織り上がったままのジャカード織生地はヨレヨレとした状態ですから、熱や圧力をかけるなどして、生地の状態を均一に安定させて綺麗に整えます」とは琴平整理の建部浩幸さん。でも、それだけじゃありません。

 琴平整理には、さまざまな要望に応えられるよう多様な機械が用意されている。
桐生の地で約70年にわたり、整理を行う「琴平整理」二代目の建部浩幸さん。

生地をフラットにしたいのか、それともふっくらとさせたいのか。「生地のもつ個性を最大限引き立ててくれるのが整理屋さんの仕事です」と須永さん。糸の伸び縮みや、生地の状態を把握しつつ、「温度や圧力量を変え、ときに糊や柔軟剤、破水剤を使うなどして、求められる風合いに仕立てます」と建部さん。頼もしい限り。

繊細なカット加工を施したジャカード織生地は立体的な仕上がりに。

ほかにも生地の表情を生み出す工程に〝加工〟や〝仕上げ〟がある。生地に光沢を出したり、立体感をもたせたり。Jacquard Worksが得意とするカットジャカードもその一つ。織り上がったばかりの生地は緯糸がつながった状態ですが、カット加工を施して余計な緯糸をカットすると、まるで刺繍を施したかのように模様を浮き上がらせることができるといいます。

緻密な職人技の先に「Jacquard Works」がある

もちろん、パズルのように工程を一つ一つ組み立てることができるのは、織物の構図や組織データを作成する〝設計〟があってこそ。

設計された組織図によって、経糸と緯糸の動きが決まる。まさにパズルのよう!
SUSAIで長年、設計を担当する小島則孝さん。

作りたい生地のイメージを設計者に伝え、それを組織データ化するのがこの工程であり、「いわば最初のキーマンです」と須永さん。このデータを元にジャカード織機に使用する紋紙がつくられ(デジタル織機の場合はなし)、それをジャカード織機が読み取ることで1枚の生地へと製織される。「とても難しいけれど、面白い仕事です」と設計者の小島則孝さんは言います。


繊細にして複雑な工程を経てようやく1枚のジャカード織生地となり、さらにJacquard Worksの製品へと姿を変えていく。なんて果てしない……。ものづくりの奥深き世界は、職人の知恵と緻密な技術の積み重ねでできている。桐生の空の下、改めてそう実感しました。

 SUSAIの工房の上には青空が広がっていた。

<紹介したブランド>

文:葛山あかね
写真:阿部高之


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