古典芸能入門「日本舞踊」の世界を覗いてみる
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花柳大日翠さんに伺う、日本舞踊の今
今回の公演で解説を勤められた、花柳大日翠さんにお話を伺うことができました。
大日翠さんは、2歳の頃から日本舞踊をはじめ、学生時代から数々の賞も受賞されている今注目の若手舞踊家のお一人です。重要無形文化財保持者 (各個認定・いわゆる人間国宝) の花柳寿南海 (はなやぎ・としなみ) 氏に師事し、日々芸を磨いています。
子どもの頃からいつもそばに日本舞踊があった大日翠さん。日本舞踊に対してどんなお考えをお持ちなのでしょうか。興味深いお話を伺うことができました。これまでに出演された舞台の写真をお借りできましたので、一部掲載させていただきながらご紹介します。
——— 古典を演じるだけでなく、振り付けをされたり、新作にも数多く出演されていらっしゃいますが、日本舞踊をどのように捉えていらっしゃいますか?
「なかなか一言で表すのは難しいのですが、すごくハイブリットで可能性の広がっている芸能だと思っています。というのは、能楽、歌舞伎、文楽、そして民俗芸能の影響なども受けていて、さらには西洋の要素をも取り込んで作られた作品もあります。その幅広さゆえに説明するのが難しいのですが、未来に広がりを感じています」
——— 現代においても、日々数々の新作が生み出され続けているという点もとても興味深いですね。芥川龍之介の小説や、「オズの魔法使い」のような西洋の物語など、思いがけないものがモチーフになるところにも驚きました。
「そうですね。古典のイメージが大きいので驚かれる方も多いですが、振り付けや新作劇を作ることも醍醐味の1つです。
古典の音楽や振り、演出などをデザイン化 (意匠化) しつつ、洋楽器や現代美術などと融合させたら、面白くて広がりがあるものができるのでは?と、日々挑戦しています。大学の先輩でもある舞踊家・花柳源九郎 (はなやぎ・げんくろう) さんと作品を作らせていただくうちに、そう考えるようになりました。
次回作品『よだかの星 (宮沢賢治原作) 』も、古典と新しいものとを融合させながら作っています。ただ、合わせることに捉われすぎず、普遍的なものとして、観る方の心に残るようなものになればと思っています」
——— 日本の舞踊と、海外の舞踊の大きな差は「老い」との向き合い方にあるという説があると伺いました。体の衰えとともに引退があるバレエなどの世界に対して、日本舞踊は老いと共に味が出てくるのだとか。長い年月をかけて芸を磨き成熟させていくという点で日本の芸能の様々な面でも通じるものがあるように感じました。お考えを伺えますか。
「その成り立ちにも違いがあるのだと思いますが、日本は、下へ下へと地面を踏みしめる農耕系の踊り、西洋は、天へ天へと伸び上がる神様に近づこうとする踊りと言われることもあります。
西洋の踊りでは、 日本のお祝い事でよく舞われる「三番叟 (さんばそう) 」のような、大地を踏みしめる動きはあまり見ることがありませんよね。西洋の踊りの方が高く飛んだり跳ねたりという表現が求められることが多いように感じます。
日本の舞踊では、大地を意識して『腰を入れる』という表現がよくされます。もちろんアクロバットな若い時にしかできないような踊りもありますが、年齢を重ねて心が成熟していくことで、より芸に深みが出ていくというのはありますね」
——— 幼い頃からすでに数十年もの間芸を磨かれていますが、その年月の中で、ご自身の芸に対して変化を感じることはありますか?
「子どもって、音を聞いて体を動かすのが好きですよね。私も例に漏れず、そういう子どもでした。日本舞踊に限らず、踊ることは何でも好きで感性のままに楽しんでいました。
運良く日本舞踊協会『新春舞踊大会』というコンクールで3回連続して賞をいただき、大学を卒業してそのまますぐプロとして歩み始めた時、ふと楽しめなくなりスランプに陥りました。
今思い返すと、ただただ自分が楽しいと思って踊っていた立場から、芸を見せる (魅せる) という立場に変わったことに心が付いて行っていなかったのかもしれません。
自分のことしか見ていなかったな、と気づきました。
ある舞台で踊っている時、客席の真ん中からこちらを見ている自分の存在を感じたことがありました。
踊りは魂の爆発、叫びを表現するものと思っています。ただ、そればかりをやっていると、見ている人にとっては押し付けがましくもあるものですよね。自分の思いを吐露するばかりでは自己満足にすぎません。ちゃんとお客様に伝わる何かを表現することが求められます。
客席から見ている冷静な自分 (俯瞰している自分) と、舞台で高揚している自分。その両方を満足させると、その舞台はとても良いものになっているように感じます。行きつ戻りつではありますが、そうした冷静さとともに表現できるようになってきた点は1つの変化なのかなと思っています」
心で踊る
——— 芸を磨くというのは、技術的なことだけでなく、心持ちに重要性があるように感じました。大切にされていることはありますか?
「私の師匠 (花柳寿南海氏) は、踊りを作ることも得意としている方です。93歳にしてなお現役のプレイヤーでもあり、個性的な教え方をすることがあります。古典の踊りを教わる時、指導と同時に問いかけがあります。『あなたは今、どう思って踊っているのか?』と。作った人はどう思って作ったか?、今に生きる古典をどうとらえるか?をきっと考え続けている方なんだと思います。
私も現代の人たちにどう伝えていくのかを常に自分に問うようにしています。師匠から習った古典を守っていくことを大切にすると同時に、新しく作品を生み出して、心の琴線に触れる作品を残していきたいと思っています」
——— ありがとうございました。
動きの美しさに加え、ストーリー性、奥行きある心情表現を感じられることが日本舞踊の大きな魅力なのですね。その世界で芸を磨き続け、芸のあり方を問い続ける大日翠さんの言葉1つ1つが印象的でした。
大学で教鞭も執られている大日翠さん。最後にこんなお話も伺えました。
今、大学の一般教養として日本舞踊の講義を開くと、すごくたくさんの応募があるそうです。「ゆかたを着て美しく過ごしてみたい。所作が美しい人になりたい」そんな思いを持った学生 (女子学生のみならず男子学生も!) からの申し込みが殺到するのだとか。
日本舞踊のお稽古は、お行儀をよくする、所作を美しくするといった効果もあるとされ、良家の子女のたしなみとされた時代もありましたが、その意識は現代の若者の間にもあるようです。
また、自分自身でも習うことによって舞台を観る目も養われ、より深く舞台を楽しめるようにもなるのだとか。
「現代に生きる私たちは、ついつい何でも頭で考えてしまいがちですが、まずはそのまま見て、何もわからなくても美しさを見つけて楽しむのも良いかもしれません」と、大日翠さん。
今改めて注目されている日本舞踊。舞台鑑賞のひとつとして、暮らしの中に生きる所作として、多様に楽しめます。まずは味わってみて、自分の心がどんなところに反応するか眺めてみるのも面白そうですね。
花柳大日翠 (はなやぎ・おおひすい)
東京藝術大学(邦楽科 日本舞踊専攻)卒。日本舞踊の古典作品の研鑽を積みながら、新作作品にも取り組む。ジャンルを超えたアーティストとのコラボレーション、舞台、映画、映像作品への振付など、活動は多岐に渡る。お茶の水女子大学、岡山大学の非常勤講師。2009年「新春舞踊大会」にて文部科学大臣奨励賞 (対象:古典作品『流星』) 、2014年福武文化奨励賞、2016年 山陽新聞奨励賞、2017年 岡山大学ティーチングアワード優秀教育賞 (対象:『日本舞踊入門』)
◆国立劇場 11月舞踊公演「舞の会―京阪の座敷舞―」
公演期間:2017年11月23日 (木・祝) 13:00/16:00 (開演)
場所:国立劇場小劇場
出演:井上八千代、山村友五郎、吉村輝章 ほか
http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2017/1115.html?lan=j
◆花柳大日翠さん 次回公演 新作音楽劇『よだかの星』
日時:2017年12月23日 (土・祝) 17:00
場所:Junko Fukutake Hall (岡山大学鹿田キャンパス内)
http://j-hall.med.okayama-u.ac.jp/index.html
出演:花柳大日翠、今藤政貴、今藤政子、杵屋栄八郎 ほか
主催:福武教育文化振興財団
予約・問い合わせ:080-6545-3183 、 jh.12-23@hotmail.com
<取材協力>
日本芸術文化振興会(国立劇場)
東京都千代田区隼町4-1
文・写真 : 小俣荘子 (TOP写真:国立劇場提供)