120年変わらない「渦巻」に込められた技と想い……金鳥が大切にする「日本のものづくり」

年々長くなっている、日本の夏。
はやばやと6月には猛暑日が訪れて、9月や10月に入っても蒸し暑い日が続いていく。
だんだんと暑い時期が長くなるにつれて、昔から夏に活躍してきたさまざまな暮らしの道具の存在感が高まっているように感じます。
たとえば、澄んだ音色で風の訪れを知らせる風鈴。見た目にも涼やかなガラスのうつわ。通気性や吸水性にすぐれた天然素材の敷物や衣類などの、涼をとるための道具たち。
そして、長らく日本の夏の風物詩として親しまれ、頼りにされてきた、蚊取り線香「金鳥の渦巻」もそんな道具のひとつです。
実は、蚊取り線香は日本で誕生し、日本で大きく発展した商品。製造元である金鳥(大日本除虫菊株式会社)は今も国内の自社工場で、徹底した品質管理のもと「金鳥の渦巻(防除用医薬部外品)」を作り続けています。
同じように「日本のものづくり」をつなぐ企業として、中川政七商店は金鳥に深く共鳴し、2018年からはご縁があって毎年コラボレーションを実施してきました。

今回は、金鳥が大切にしているものづくりや中川政七商店とのコラボレーションについて改めてお話を伺うべく、大日本除虫菊株式会社 商品企画担当の中野千恵さん、広報担当の加原朋子さんを訪ねました。

100年以上続く金鳥のシンボル「ニワトリ」マークと工芸の出会い
「私たちにとってこの“ニワトリ”の意匠はとても大切なものなので、そのデザインを色々なアイテムに落とし込むということは、過去にはほとんどやってきませんでした。
それがここまで長く続くというのは、当初は想像していなかったですね」
2018年の第一弾以来、中川政七商店とのコラボレーションを担当されている中野さんはそんな風に振り返ります。

ひと目見れば誰しもが「金鳥の蚊取り線香!」と思い浮かべるほど、そのイメージが浸透しているニワトリのマーク。
1910年に商標登録されて以降、細かい表現の修正はありつつも、ニワトリ自体を変えることはなく100年以上使用され続けてきた、まさに金鳥のブランディングの根幹とも言えるものです。本来の商品以外での利用に慎重だったという話も頷けます。

それが、気づけば今年でコラボレーションも8年目。作ってきたアイテムは30種類を優に超える人気シリーズになりました。

「弊社のマークやデザインを、本当に細かい部分まで丁寧に再現していただいていますし、新たなモチーフを検討する際も、金鳥の歴史や過去の資料を深く読み込んでいただいて、社員よりも詳しいのでは?と思うくらいです(笑)。
データが存在しない過去のパッケージなどは、現物や写真を見ながら新たに描き起こしてもらうこともありました。そしてそれがさまざまな工芸の品に落とし込まれていて、もはやアートの域に入っているというか。御社だからこそなのかなと感じています」(中野さん)

金鳥のマークやパッケージデザインに敬意を持ちながら、単なるグッズではなくしっかりと工芸のものづくりの面白さも感じられるように。その都度デザインや技法を検討し、丁寧にコラボ商品を作ってきたことで、金鳥社内での評価も固まっていったのだそう。


「気づけば社内でも当たり前のものとして毎年楽しみにされていて、社用のギフトや個人用に買っている人も多いですね。自分たちの会社のロゴやデザインのものが普段とは違うお店で売られているというのは、誇らしくもあり、とても嬉しいことだと感じています」(加原さん)

天然成分にこだわり続ける、金鳥のものづくり
金鳥の正式な会社名である大日本除虫菊株式会社。ここにある“除虫菊”とは、殺虫剤の原料として世界各地で栽培されているキク科の植物のこと。
金鳥の創業者である上山英一郎氏が縁あってアメリカの植物会社の人物から種子を譲り受け、日本国内での生産がスタート。そしてその除虫菊を原料として、世界初の蚊取り線香を開発しました。今でも、金鳥の渦巻には除虫菊が用いられ続けています。
「通常の『金鳥の渦巻』にももちろん使用していますし、さらに殺虫成分として100%天然除虫菊にこだわった『天然除虫菊 金鳥の渦巻』という商品も展開しています。
蚊取り線香を発明した会社として、天然成分だけを使っても、蚊に対してきちんとした殺虫効力があるものを作ることができる、という自負もありますね」と、加原さん。

普段、当たり前のものとして接している渦巻型の蚊取り線香ですが、実はその成形には職人による高度な技術を要するのだそう。確かに言われてみると、絶妙な硬さ、細さで綺麗にくるくると渦巻状になっていて、効き目が長持ちする。無駄のない機能美を感じます。

「粉状にした除虫菊を、タブノキから取れる糊成分などと混ぜ合わせて固めていくのですが、すべて天然成分なので、毎回状態が微妙に違ってきます。それを、担当者の手の感覚でこねる時間や塩梅を調整して、安定した品質に仕上げているんです。まさに職人技だなと。
渦巻状の蚊取り線香になって120年以上経ちますが、基本的な作り方、形状はずっと変わっていません。最初にどうやって思いついたのかと不思議なくらいです」(加原さん)
調整に失敗すると燃え方に影響が出たり、成分の出方が変わったりしてしまうとのこと。防除用医薬部外品として、一定の成分がしっかり出ることを担保する必要があるため、非常にシビアな調整をおこなっているそうです。
また、金鳥が天然の成分にこだわる背景には、殺虫剤を販売するメーカーではあるものの「むやみやたらに使うのはよろしくない」という考えがあるのだとか。
「必要な時に必要なだけ効くように。虫を全滅させるのではなく、生活空間から除ける、というスタンスで商品を作っています。その方が私たち自身や環境にも安心ですし、ひいては殺虫剤への抵抗性を発達させないことにもつながると考えています」
除虫菊を大切にする意味を込めて、パッケージをリニューアル
自然(虫)に対抗するには自然の力を使おうと、天然成分にこだわっている金鳥。改めて除虫菊をもっと大切にしていく姿勢を打ち出す意味もあり、「天然除虫菊 金鳥の渦巻」のパッケージリニューアルを敢行。そのデザイン監修を担当したのは、なんと中川政七商店でした。

「パッケージをどうしようかという話の中で、『中川さんにやってもらうのはどうや?』という声が自然にあがってきたんです。
そもそも、パッケージのデザインというものを受けてもらえるのだろうか?と半信半疑のままお願いしてみたところ、快く引き受けていただけました」(中野さん)

「『レギュラーの蚊取り線香のパッケージをベースにしましょう』という提案をいただいて、除虫菊やタブノキのイラストも描き起こしてもらって。
コンセプトも伝わるし、100年前からあったような、金鳥らしい自然なデザインに仕上げていただけたと思っています」(中野さん)

「日本のものづくりをつなぐ」企業同士として始まった両社のコラボレーション。取り組みを重ねる内に、思っていたよりも深く共通する部分があり、当初は想像していなかったチャレンジもできる関係となりました。
「今回イラストにも起こしていただいた『タブノキ』という糊の原料も、だんだんと需要が少なくなってきているので、弊社が使い続けることで残っていって欲しいと思っています。
タブノキは、八丈島に伝わる絹織物『黄八丈』の樺色の染料にもなる素材でもあって。そういったものを守る助けにもなれば、御社が取り組む工芸との共通点もより深くなるのではと、そんなことも考えていますね」(加原さん)
「個人的には、最近のコラボのデザインに関して、中川さん独自の解釈を入れていただいている割合が増えてきていると思っています。
除虫菊に合わせて菊染めのてぬぐいを作ってくださったり、原料の絵をオリジナルで起こしていただいたり。そういったことがコラボの醍醐味かなとも思っているので、今後もそういったご提案を楽しみにしています。
結果として、工芸についてももっと若い人たちが興味を持つような、そんな入口になっていけると嬉しいですね」(中野さん)
来年は9年目、そしてその翌年にはいよいよ節目の10年目を迎える金鳥と中川政七商店のコラボレーション。120年変わらぬ渦巻と、次はどんな工芸が出会うのか。これからも両社の取り組みにぜひご期待ください。

<関連商品>
金鳥の夏日本の夏 天然除虫菊 金鳥の渦巻レギュラーサイズ10巻と瀬戸焼の線香皿セット
文:白石雄太
写真:直江泰司