創業150年の鍛冶屋が叩き、作る。豊かな表情と強さを宿した「鉄鍋」
家族の団らんやハレの日のごちそうに、すき焼き鍋を囲む。
そんな時、牛肉を香ばしく焼き上げ、料理の味わいをぐっと引き立ててくれるのが鉄鍋です。その魅力を、すき焼きだけでなく日々の焼き料理でも楽しみたい。日常で気軽に使えるように、軽くて扱いやすい鉄鍋が欲しい。
そう考えて作ったのが、調理後そのまま卓上に運び、熱々を最後までお楽しみいただける「鍛冶屋の鉄鍋」です。
ものづくりの現場は、名前にあるとおり鍛冶屋さん。今の時代に至るまで技を受け継いできた鍛冶屋で鉄鍋がどのように作られていくのか、工場へおじゃまして見せていただきました。
要望に応えて何でも作る「野鍛冶」からスタート
訪れたのは、「金物の町」として知られる、新潟県三条市。和釘や刃物、作業道具などの金属製品を作る鍛冶職人が多く活躍してきた歴史があり、隣の燕市とともに、世界に誇るものづくりの町としても広く知られています。
この地で農具や鍋・包丁などの製造、修理を請け負う「野鍛冶(のかじ)」としてスタートし、150年以上にわたって技術を受け継いできたのが「近藤製作所」です。


「三条は川が多く流れていて、畑もたくさんあった。野鍛冶として何でも作っている中でも、畑で使う鍬(くわ)の需要が特に高くて、うちは次第に鍬を専門に作るようになったと聞いています」
そう話すのは、近藤製作所の六代目である近藤孝彦さん。
昔から鍬などの道具は、手入れや修理をして永く使い続けるものでした。しかし時代の流れとともに各地の鍛冶屋が減っていき、今では、鍬の修理や製作を行うところは希少な存在に。そのため、鍬専門の鍛冶屋である近藤製作所には全国からさまざまな注文が寄せられるようになります。そんなお客さまの要望に応える形で、技術を磨き、繋いできました。

「跡取りがいなくて廃業する同業者も多いですし、農機具の機械化や小型化がどんどん進むのを目の当たりにして、このままじゃまずいと思いました」
鍛冶屋の数も注文数もどんどん減少する中で、近藤さんは、「鍛冶屋だからこそできることがある」と、これまで以上に一人ひとりへ寄り添ったものづくりを考えるようになりました。
「使う人の要望に対して、細かに対応することができるのは強みだなと。今こそ野鍛冶としての原点回帰の時だと考えたんです」

そこで2024年、屋号から名付けた自社ブランド「野鍛冶やまご」を立ち上げました。その第一弾の製品はフライパン。日常でよく使う主婦の声を聞き、細部にわたる使い勝手の好さで根強いファンを獲得しています。
何より魅力的なのは、一つひとつ手作業で鉄を叩き鍛造して作ることで、世界にひとつの表情を持つ個性があること。しかも使いながらじんわりと、その人なりの風合いを育てていくことができます。使うほどに愛着がわき、永く使いたくなる。そんな愉しみが鍛冶屋の鉄道具には潜んでいます。
鍛冶職人の技を活かす、プレスと手打ちのハイブリッド製法
鉄製だけど軽くて扱いやすいすき焼き鍋を作りたい。そこに鍬づくりで磨かれてきた鍛造の技術を活かせば、工芸の空気をまとった、永く愛用できる装いになるはず。そんな期待は、実際の製品となって姿を現しました。
野鍛冶の職人が手打ちした不均一な風合いは、そのまま食卓に出してもサマになる佇まいに。いつものハンバーグやナポリタンなども、じゅうじゅうと音を立てる熱々のごちそうへと早変わりします。鍋としてはもちろん、フライパンとしても使える万能選手。永く愛用しない手はありません。
「今回は生産効率などを考えて、プレスと手打ちのハイブリッドに初めて挑戦しました」

プレスで大まかな形を作った後に、手打ちで叩いて仕上げる合わせ技。手打ちならではの表情や細かい部分の微調整を活かしたまま、生産性を高めることができるハイブリッド製法で、この鉄鍋は作られています。
まず、一枚の丸い鉄の板を熱するところからスタート。600〜700度の高温で赤くなるまで熱し、ちょうどよい色合いになるのを見計らって、プレスをかけていきます。



火加減で決まる、鉄の表情
プレスした後、火力が安定して熱しやすいコークス(石炭由来の固形燃料)で再び加熱。
「求められた風合いを出すために、火加減の影響もあることに辿り着きました」

熱された鉄を叩くことで生まれる、独特の風合い。素材の個性や職人の叩き方、さまざまな要素によって表情が変化する中で、火入れの温度まで細かく試行錯誤を繰り返し、理想の仕上がりを追求しました。
だんだんと赤く発色していく色味で温度を見極め、冷める前に木槌で何度も叩く。そして次の箇所を熱してまた叩く。その作業を繰り返しながら、全体を鍛えて表情を出すとともに、鍋の形を整えていきます。


「鍛造をし始めた頃は力加減が分からなくて。腕の力に頼って思いっきり叩いていたら、めちゃくちゃ痛くなったんです(笑)」
熱さに負けず、鉄の硬さや温度を感覚で捉え、打ち続ける。そのためには手首のスナップを使った無駄な力を入れないフォームで、正確に、かつ力強く叩く必要があります。

赤くなった鉄をカーンカーンと叩いて鍛えるたび、煌めきながら四方八方へと尾を引いて飛び散る無数の赤い火の粉。その光景は衝撃の強さを物語るとともに、鍛造の現場の緊張感と熱気を伝えてくれます。
無骨さの中にある、繊細な仕事
この鉄鍋には、他にも多くの鍛冶屋の技術が注がれています。無骨でワイルドなかっこよさに加えて独自の表情をさらに引き出すため、鍋の口を微妙に削り、硬質な鉄に薄さでニュアンスを加えたデザインにしています。この部分はグラインダーで削るのですが、繊細な作業で、匠の技が光るところ。

両側に付けた持ち手は、細い鉄の棒をグラインダーで山なりに丸く削り、プレス機で成型をしてから溶接でしっかりと接合。再び滑らかになるようグラインダーで削り、最終形へと仕上げます。



グラインダーをかけると断面にバリのような粗いエッジが残るため、「砥石の粗さを変えて、3種類のグラインダーできれいにしていきます」とのこと。
使う人を思い、細部にわたって丁寧で細やかな作業を進めていく。無機質な鉄鍋に風合いだけでなく、温かなやさしさがにじみます。 さらに、ブラストという微粒子の砂を吹き付けて汚れや皮膜を除去。この時細かく入る傷は、最終工程となるシーズニング作業で油がなじみやすくなる効果もあるそうです。
シーズニングのために鍋を軽く温め、油をしみ込ませたクロスで拭くと、赤やオレンジ、青みがかった黒、白っぽい色と次々に変化をしていた色が、すっと漆黒のような深みのある黒色に変わり、重厚な風格を見せはじめます。


見た目の印象よりも軽いことも、この鉄鍋の特徴。薄手の鉄板を叩き、強くして作ることでできる限りの軽さを実現しました。持ち手部分を壁などに掛けて片付けることもできます。
「鉄鍋は扱いが難しいと思われている方も多いようですが、使う前にしっかり熱して油を敷き、一度冷ますと油が定着するので、その後再び温めて使うと焦げ付きにくくなります。使った後もお湯とタワシでさっと洗えるので、お手入れもラク。この鉄鍋で、多くの人に鉄の魅力に気づいてもらえるとうれしいですね」
「現代の野鍛冶」としての可能性
鍛冶屋の仕事は一つひとつが手作業で、大量生産には向きません。その反面、使う人の要望に細やかに対応できる強みがあります。本当に欲しいと思える、自分の作業や暮らしに合う一点ものの道具を作ることもできるのです。
その技をさらに磨くため、近藤さんは「越後三条鍛冶集団」に所属し、仲間とともに技の向上と学びを続けています。
「鍛冶集団の知り合いを通じて、いま、第2のオリジナルアイテムとして包丁づくりを試しているんです。うちはこれまでずっと鍬専門でやってきたので、包丁づくりの設備は揃っていませんが、鍛造まではうち、刃付けは知り合いにお願いするという分業の可能性もあるんじゃないかなと考えるようになりました。ものづくりの町である三条だからこそ、作れるものも、方法も、いくらでもあるように思って」

鍬づくりを中心としたさまざまな注文に応えるうちに磨かれてきた、近藤製作所の鍛造技術。
「うちの初代が野鍛冶としてお困りごとにお応えしてきたように、原点へ立ち返り、一つからでもお客さまが望むものを作る『野鍛冶』を復活させたいですね。燕三条なら何でも作れると思うので、周りと協力し合って新しい取り組みができればと思います」
そんな近藤製作所と作った「鍛冶屋の鉄鍋」。自在に鉄を成形する鍛冶屋の技があるからこそ実現できました。大切な人と囲む食卓の真ん中で、じゅうっと音を立てるごちそうと一緒に。このいい顔をした鉄鍋が、長く寄り添う道具になってくれたらうれしく思います。
<取材協力>
株式会社近藤製作所
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文:安倍真弓
写真:黒田タカシ
