郡上おどりに魅せられた職人がつくる、徹夜で踊るための「下駄」
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郡上おどりのために生まれた「踊り下駄」
夜の街に揺れる提灯の光と浴衣の影、 手拍子、そして下駄の音‥‥
岐阜県郡上(ぐじょう)市で行われる「郡上おどり」は、日本三大盆踊りの一つ。毎年25万人以上の来場者数を誇る一大夏祭りだ。(2020年は残念ながら中止が決定している)
その魅力の一つにもなっているのが、「踊り下駄」。
名前のとおり、「踊るため」に作られた下駄で、ひと晩じゅう踊っても耐えうる強さに加えて、蹴り鳴らされるときの音が他の下駄とひと味ちがう。
踊りに合わせて“カランッ!コロンッ!”と蹴り鳴らされるかん高い下駄の音色が祭りの高揚感をより一層高めてくれるのだ。
その強さと音の違いは、どうやってできるのだろう。郡上おどりの会場内に工房を構える、作り手さんを訪ねた。
全部で10種類ある踊りの中でも、特に「春駒」は下駄を打ち鳴らす動作が多い曲目だ。
踊り下駄の専門店・「郡上木履」
2016年にオープンした、踊り下駄の専門店・「郡上木履(ぐじょうもくり)」。
職人の諸橋有斗(もろはし ゆうと)さんは郡上おどりに魅了され、若くして下駄職人になった。
「愛知県出身で、郡上おどりにはいちファンとして訪れていました。地元の人だけでなく、どんな人でも気軽に踊りに参加し、一緒になって楽しめるのが郡上おどりの魅力です」
店内には色とりどりの鼻緒(はなお)が並べられ、まるで雑貨店のよう。シンプルなものから色とりどりの柄まで100種類以上そろう中から、好きなものをセレクトするスタイル。
鼻緒と下駄のサイズを選んだら、その場で仕立ててもらえるのが嬉しい。
踊りやすさと耐久性を追求した独自の製法
踊り下駄と通常の下駄との違いは、下駄の台から地面にかけて“歯”と呼ばれる部分の高さにある。
郡上踊りでは、下駄を豪快に蹴り鳴らすようにして踊る。そのため歯の部分を高くしておかないと、どんどん削れていってしまうのだ。
郡上木履では、すべての下駄の高さを5センチに設定。さらに、歯の部分をあとから接着するのではなく、台とともに1枚のブロック板から削り出す製法をとっている。
「手間も材料費もかかってしまいますが、こうすることで耐久性が生まれます。何度も履物屋に足を運んだり踊り好きの人々に話を聞いたりするうちに、音色の美しさだけでなく、耐久性も重要だと実感してこの製法にたどり着きました」
こだわりは素材にも。木材は寒い地域で時間をかけて育った地元のヒノキを使用。丈夫で強いだけでなく、密度が濃い分重さがある。その重みによって、蹴った時の音がより美しくなるのだ。
1足ずつ手で加工していくため、一度にたくさんは作れない。1日作業しても、できあがるのは20足ほどだ。
「1足1足、木目の美しさを確認しながらつくっていきます。見た目はもちろんのこと、木の節があると欠けやすくなってしまうんです」
特にヒノキは節が多く、扱いが難しい。それでも、ヒノキを使い続ける姿勢に、職人のこだわりと郡上踊りへの愛を感じる。
踊り下駄を通して街を元気に
諸橋さんが下駄づくりをはじめたのは、地元への想いからだ。
「郡上おどりに参加するうちに、踊り下駄は地元でつくられていないということを知りました。山々に囲まれ、木材に恵まれた土地なのにもったいない、と。
ならば自分で、地元の素材や工芸を取り入れた下駄のブランドを立ち上げたいと思いました」
そのため、郡上木履の下駄には地元の伝統工芸である「シルクスクリーン印刷」や、「郡上本染め」が使われている。
郡上の良さを全面的に活かして製品をつくることによって、下駄を通して街の魅力を発信しているのだ。
オープン3年目だが若い人を中心に郡上木履の下駄が浸透し、今では1シーズンに約3000足が売れるほどの人気に。
「郡上おどりの31夜のうち、半分以上に参加するぐらい踊り好きの人を“踊り助平(おどりすけべえ)”っていうんです。
中には連日踊り倒し、歯の部分がほとんど削れてなくなってしまう人も。1シーズンで履きつぶすほど愛用してもらえるのは、職人冥利につきますね」
踊りに参加する時だけでなく、ファッションとしても楽しみたくなるカラフルな踊り下駄。郡上を訪れた際には、ぜひ店に立ち寄ってみたい。
<取材協力>
郡上木履
http://gujomokuri.com
文:関谷知加
写真:ふるさとあやの
*こちらは、2019年6月26日の記事を再編集して公開しました