「モノづくりをしたいなら山形だよ」ロンドンから移住したデザイナーが魅了された、COOHEMのものづくり
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「海外でファッションの勉強がしたい」。その一心で日本を飛び出したひとりの女性がいます。
洋装の本場、イギリス「ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(ロンドン芸術大学)」のニット専攻で基礎を学び、帰国後に出会ったのは山形県に拠点を置く、とある繊維会社。
その時、彼女は気がつきました。「作品をつくることと、多くのひとへ届けるために量産できる製品づくりは全く別物」ということに。
イギリス留学後、米富繊維株式会社(以下、米富繊維)に入社し、現在はCOOHEM(以下、コーヘン)デザイナーとして活躍される神山悠子(かみやま ゆうこ)さんに、ファクトリーブランドだから実現できる質の高いものづくりについてお話を伺いました。
募集はしていなかったけど、履歴書を送ってみた
—— 米富繊維・コーヘンと神山さんの出会いについて教えてください。
神山悠子(以下、神山):留学から帰国後、ニットの製作に関わりたいと思い職場探しをしていたところ、知人の紹介で訪ねたイベントでコーヘンと出会いました。それが2013年のことですね。
「こんなすごいことをしているブランドがあるんだ!」と、奥深さに圧倒されて調べてみたところ、コーヘンは山形に本社・東京にオフィスがある米富繊維のファクトリーブランドということを知りました。
神山:早速履歴書を送ったところ、社長の大江が「モノづくりをしたいのであれば山形だよ。とりあえず見に来てみて」と。当時、私は山形への行き方すら知らなかったんですけど言われるままに行ってみました。
訪ねたのが6月というのもあって暑くも寒くもなく、しかも本社のある山辺町には駅があった。私は群馬の出身ですが地元には駅がなかったので、駅がある時点で「地元より上だな、全然余裕!」と思ってしまって(笑)
もともと自分の手を動かせる現場を希望していたので、すぐに山形での勤務を決めました。
—— 連絡をした当時、会社としても採用活動をしていたのですか。
神山:その時は営業職しか募集していなかったけど、割と新しいブランドだから人手が足りないんじゃない?と勝手に予想して、一方的に履歴書を送りました(笑)
普通だったら「募集してない」と言われちゃうと思うんですけど、運よく働けることに。
—— タイミングが良かったんですね。実際、人手も足りていなかった?
神山:入社してみると、人手は足りてたんですよ。いまは大江と私がコーヘンのデザインを担当しているのですが、その時は大江の下にアシスタントデザイナーがいて。
当時は新人研修用のカリキュラムなどもなく、自分に任されるような仕事もまだなかったので、自主的に原料倉庫の仕分けを行うなかで糸の種類を覚えたり。
とりわけコーヘンは使う糸の種類がすごく多いので、展示会後のサンプル糸の集計や棚の整理は率先してやりました。そこで「この糸と糸の組み合わせでこういう仕上がりになるんだ」と、仕上がりのイメージを掴んで頭に入れていくのが楽しかったですね。
—— 品番も糸の種類もきっとものすごい数ですよね。入社してしばらくは担当部署などにつかず、わりと自由に動いていたんですか。
神山:原料レベルでいうと1000種類ではきかないかも。最初はわりと自由に動いていたんですが、その後は編み立ての部署・編地の開発見習い・サンプル班を経験させてもらいました。
2016年に前任のアシスタントデザイナーの子が退職することになったので、シーズンでいうと「2017 春夏」からウィメンズのデザインを担当しています。
—— デザインは、大江社長と一緒に練り上げていくのですか。
神山:そうですね。私から提案することもありますが、シーズンの主要アイテムは彼から「こういうものが作りたい」と発案されることが多いです。
私たちだけでわからない技術的なことは、すぐに現場の技術者にも相談します。
—— シーズン毎のテーマは、どうやってデザインに落とし込むのですか。
神山:ブランドとしては割と“物”ありきな方だと思います。
テーマを先に決めてやったこともあったんですけど、あまりにも言葉に縛られて窮屈に感じてしまったのと、幸いにもデザイナーが大江と私しかいないので、基本的には大江の頭のなかにあるイメージや気分から膨らませていくことが多いです。
「いま、どんなものが着たいですか?」みたいな感じで話していると、いきなり「俺ライダースが着たい」と言い出したり(笑)、古着屋で買った服からイメージを膨らませたり。
その時選ぶアイテムに次のシーズンの気分が反映されながら進んでいきます。そしてある程度輪郭ができたなかからテーマを編み上げていきますね。
—— 大江社長のその時の「気分」が各コレクションで表現されているのですね。
神山:はい、トレンドはあまり意識しないです。大江自身、好きな色はずっと好きなタイプ。毎シーズン、ついつい選ぶ色が重なったりするんですけど、2019年 秋冬のコレクションでは珍しく茶色が多くて。
それまで茶色とかベージュは極端に少なかったので「今回は茶色が多いですね」と大江に言ったら、「なんかちょっと着たいと思って。最近、似合うようになってきたって感じるんだよね」と(笑)
作品づくりとは違う、量産するための創意工夫
—— イギリスで学んできたこととコーヘンの技術では、何か違いましたか。
神山:ひとつは、ニットを専門に学んできたといっても私が学んできたのは作品だったので量産を目的としていないんです。
それはある意味、見た目をいちばんに考えていてコストや着心地などにはそこまでこだわっていなかった。だから帰国後に米富繊維と出会ったときは、量産を目的とするメーカーとしての創意工夫や、質の高さにまず圧倒されました。
あともうひとつは、応用力みたいなものですかね。例えばたくさんの素材を組み合わせた時に想像していなかった模様の現れ方をするだとか。
神山:学生時代は、想像できる範囲もすごく狭いんですよ。でも米富繊維では、みんなすごく広い視野、長い経験のなかで培った勘を使って無限にニットの可能性を広げていくんです。それはプレーンな天竺編みだけじゃないことをずっとやってきて、積み上がった知識と経験なんだと思います。
なのでいま最新に作っているものも元をたどると、数十年前に開発された編地だったりするわけです。それからずっと応用・応用・応用でやってきた。
—— なんだか細胞分裂みたいですね。応用を続けることによって、想像力が培われていくような。
神山:ほんとうにそんな感じです。開発室長とかをみていると、長年の経験と勘のなかで自然とイメージがつくようになるんだろうなぁと。
逆に「こういう感じにしたい」と相談した時には、ゴールから辿って導いてくれたりもします。何よりも、これだけの開発をこの規模の企業で途切れずにやらせてもらえてきたのもすごいことです。
積み重ねと創意工夫が、モノづくりの質を生む
40年以上に渡って編地開発を続けた結果、米富繊維のテキスタイルアーカイヴはすでに数万枚を越えるそうです。
その思いはどこまでもまっすぐ。
ひとりでも多くのひとへ、ニットの面白さ・可能性の奥深さを届けるために。
すべての工程が一箇所で完結する希少なファクトリーブランド・COOHEMは、ますます勢いを加速して日本のモノづくりカルチャーを世界に発信していきます。
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<取材協力>
米富繊維株式会社
山形県東村山郡山辺町大字山辺1136
023-664-8166
文:中條 美咲
写真:船橋 陽馬
メインビジュアル:米富繊維株式会社