京都で「徒歩10分で400年」のタイムトリップ。庭を歩くと、南禅寺エリアはもっと楽しい
エリア
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京都東山、南禅寺。
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「絶景かな、絶景かな」で知られる三門や、春の桜、秋の紅葉で有名ですが、実はこのあたりは名庭がひしめく庭好きあこがれのエリア。
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一般公開されている国指定の名勝庭園もあり、庭を知れば、界隈散策はもっと楽しくなります。
「ここから歩いて10分ほどのエリアに、同じ国指定名勝でも全く趣の違うお庭があります。両方めぐって約2時間ほどでしょうか。
この2つの庭を訪ねることで、約400年の時間をタイムトリップすることができるんですよ」
そう語るのは、創業以来171年、南禅寺の御用庭師を務める植彌加藤造園株式会社(うえやかとうぞうえん)知財管理部の山田咲さん。
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2つの庭を訪ねて、400年もの時間をタイムトリップ?いったいどういうことなのでしょうか。
「お庭をめぐりながらご説明しますね」
山田さんのミステリアスな笑みに心躍らせつつ、それでは、最初の目的地へ。
いざ、「別格」の南禅寺へ
まず向かったのは南禅寺です。正式な名前は、瑞龍山 太平興国南禅禅寺。禅宗のお寺です。

歴史は古く、創建は1291年。鎌倉時代までさかのぼります。当時の亀山法皇によって創建されたお寺で、格式は「五山の上」という、文字通り京都でも別格の名刹です。
「南禅寺の現在を語るときに重要なのが、江戸時代のはじめ頃、『南禅寺 中興の祖』と言われる、以心崇伝 (いしん・すうでん) という僧です。
金地院崇伝 (こんちいん・すうでん) とも呼ばれています。この崇伝さんが、じつは家康の政治顧問もつとめたほどの人物なのです」
おかげで南禅寺は徳川家にとって大切なお寺となり、江戸時代を通して隆盛を誇りました。
明治時代になると、政府による上知令で敷地の約7割が没収されましたが、それでもなお、三門、法堂、名勝庭園のある方丈など広い敷地を有し、私たちを迎えてくれています。
「絶景かな、絶景かな」で知られる三門から、枯山水の大方丈庭園へとめぐりましょう。
紅葉と桜の名所になったのは昭和から
松の連なる参道を抜けて境内に入ると、まず最初に目に飛び込んでくるのが、有名な三門の雄姿です。
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南禅寺といえば、春は桜、秋は紅葉。絶景写真スポットとしても人気です。その代表格ともいえるのが、この三門。ところが、山田さんから意外な言葉がとびだします。
「ここはもともとほとんどが松だったんですよ。紅葉や桜などの落葉樹を植えるようになったのは、前の東京オリンピック以降。ここ50~60年ほどのことだそうです」

そうなんですか。ガイドブックやポスターで見るのも紅葉や桜の写真が多く、京都が誇る観光名所という印象がありました。
「はい。その観光の影響で、このように植栽も変化してきたんですね。
江戸時代末期の文人である頼山陽(らい・さんよう)は『一帯の青松(せいしょう)道迷わず』と書いており、松ばかりだったことがわかります。いま見ている景色は、じつは新しいんですね」
三門の風景が美しい理由
三門に近づくと、額縁のように切り取られた風景のなんと美しいこと。文字通り絵のような風景で、思わずシャッターを切りたくなります。
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「枠で切り取られた風景の美しさにも、じつは秘密があります」
と、言いますと?
「参道からの動線、視界の広がり、三門からの見え方を全て計算してあります。紅葉なら紅葉らしい枝ぶりになるよう、人の手で整えているのです」
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そうだったのですか。とても自然な感じに見えるので、言われなければ気づきませんね。
「現代は、自然の自然らしさを表現した庭が好まれますが、これは明治以降の庭のあり方と言えます。
紅葉は紅葉らしく、松は松らしく。庭を見るときは、すべてそのように手を入れて育てている『人為』と思って見ていただくといいと思います」
「滝の間」に隠された職人技
三門をくぐり、法堂にお参りをし、国指定名勝庭園のある「方丈」(禅宗寺院のお堂) へと向かいます。大方丈と小方丈からなる建物で、大方丈は昭和26年に国の名勝に指定されています。
方丈に入って、すぐ右手にあるのが「滝の間」と呼ばれる一室です。窓の向こうには一幅の絵のような滝のある庭が広がっています。
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「ここも、山にある滝のような情景を、人為でつくり出しています」
どんな工夫がされているのですか。
「滝の手前に、紅葉の枝があるのがわかりますか」
はい、わかります。流れに手をさしのべるように、枝がさしかかって見えます。
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あれは『飛泉障り』(ひせんさわり)といって、伝統的な造園技法のひとつです。
滝の手前に木を配して、枝をさしのべる。それによって、滝に奥行きをもたせ、眺めに深みを与えることを目的としています」
滝との位置関係を計算して植えてあるのですか。庭師の技ですね。
「ただ滝だけあっても、滝らしく見えないものなのです。そこで、良いあんばいで枝がかかるよう、出すぎず、隠しすぎないよう、日々、手入れを重ねています」
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滝が滝らしく見える条件があったのですね。作為を気づかせない庭師の技、まだまだたくさん隠されていそうです。
方丈庭園はどこから見るべきか?
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廊下を進むと、いよいよ方丈庭園が姿をあらわしました。真っ白の砂紋が目にも眩しい枯山水庭園です。
思わず足をとめ、縁側からの眺めに見とれます。そこへ、山田さんのご提案。
「あちら側から見ましょうか」
うながされて、縁側を先まで進むと、‥‥なんだか、お庭の印象が少し変わった気がします。気のせいでしょうか?
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「いえ、気のせいではありません。建物のつくりからして、もともとはこちらからアプローチしていたと考えられます」
現在の園路は、来訪者がスムーズに巡回できるよう配慮された見学用の園路です。そのため、造営当初の想定とは異なる入り口から入るかたちになっているのだとか。一般公開されている名勝庭園にはよくあることだそうです。
「立ったままよりも、ぜひ座って見てみてください」と、山田さん。
床に座ると、立っているのとは目線の高さが変わります。江戸時代の庭園は「部屋から見るもの」でした。とくに上座 (位の高い人が座る席) から最も良く見えるようにつくられているのだそうです。
枯山水の名庭を味わう
では、座敷を背にした特等席から、方丈庭園をながめてみましょう。
白い砂紋。点々と配置された石。木々。そして背後に広がる東山。時間の経つのを忘れそうです。
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「ぜひ石をごらんください。庭園では、石の配置が重要です。こうした石を、景色を構成する『景石』と呼んで、島や陸、あるいは象徴的な鶴や亀などの動物などを表現する場合が多いです」
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石が島。ということは、白砂は‥‥?
「枯山水庭園の白砂は、水をあらわしています。つまり、このひとつの庭に、大きな海とそこに浮かぶ島の情景を再現しているわけです」
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石ひとつで島を表現し、目の前に海を再現する。すごい世界観ですね。
「はい。庭にかぎらず、日本文化は『見立て』の考えを用いる場合がよくあります。ここでは、石を島に見立てているんですね」
この大方丈庭園は「虎の子渡しの庭」と呼ばれているそうですが、それも「見立て」と言えるのでしょうか。
「そうですね。『虎の子渡し』は明治以降に言われはじめたようですから、当時の人がこの庭の姿にそうした情景を見て取ったのでしょうね」
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「江戸の庭」から数歩で「昭和の庭」へ
続いては、小方丈庭園、別名「如心庭」です。こちらも大方丈庭園と同様の、白砂に石を配した枯山水庭園です。
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「じつは、この庭は新しいお庭です」
「新しい」というと、いつ頃のものなのでしょう。
「昭和41年につくられたもので、弊社の先先代が造営させていただきました。続く『六道庭』もそうです」
江戸時代からずいぶんジャンプするのですね!
「その間には、何百年もの時間が流れています。ですが、言われなければ、さっきの大方丈庭園の続きのようにも感じられるのではないでしょうか」
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はい。驚きました。まさにタイムトリップですね。
「こうして長い歳月を一気に飛び越えることができるのも、日本庭園のおもしろいところです。いろんな楽しみ方ができますので、何度お越しいただいても発見があると思いますよ」
木の声を聞く
方丈の庭園を満喫して外に出ると、ちょうど庭師さんが松の手入れをしているところに出会いました。
訪ねたのはちょうど新緑の季節。今は何をされているところなのでしょう?
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「芽つみといって、春に伸びる芽をつんでいます。伸びた芽を放っておくと、そのままどんどん伸びていきますから」
なるべく年中通して同じ姿にしておくため、春の芽つみと秋の葉むしりは、松の手入れの大事な作業のひとつだそうです。
作業はもちろんすべて手作業です。ひとつずつ手で丁寧に摘んでいく庭師さん。よく見ると、少しずつ摘み方が違うようです。
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「木の上と下。日当たりのいいところと悪いところ。養分のバランスも考えて、弱いところは守り、元気なところを大きく落としてます」
言われてみればたしかに、植物は生きものです。一本の木の中でも枝によって強い弱いがある。それに配慮して、「育てる」という視点を大切に、庭師さんは手入れをしているのですね。
「とはいえ、生きもの相手、自然相手ですから、思った通りにはなりませんし、セオリー通りにもなりません。それが自然というものですから。庭師は、なすべきことを、なすべきように、やっていくだけです」
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まるで木の声を聞いているかのような、庭師さんの姿。そうして何百年もの歳月を超えて受け継がれてきたのが、今目の前にある庭園。
庭師さんの職人魂、人智を超えた「自然」への深い敬意を感じた一場面でした。
ここまで、まずは江戸時代から現代につづく南禅寺の庭園を堪能しました。
続いては、明治の日本庭園を代表する名庭と言われる「無鄰菴庭園」へと向かいます。
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<取材協力>
植彌加藤造園株式会社 (Ueyakato Landscape)
https://ueyakato.jp/
文:福田容子
写真:山下桂子