あの名画の質感を再現。大塚オーミ陶業が手がける「陶板名画」の制作現場

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世界で初めての「陶板名画美術館」として注目を集める、徳島県の「大塚国際美術館」。

2018年のNHK紅白歌合戦で米津玄師さんがテレビ放送で初めて歌唱を披露した舞台としても話題を呼びました。

大塚国際美術館 正面玄関
大塚国際美術館は、瀬戸内海を臨む国立公園の中にあります。景観を損わぬよう、山をくり抜いた中に建てられました。地下3階から地上2階まで合計5つのフロアからなる、鑑賞距離4キロメートルにも及ぶ広大な美術館です。約1000点もの作品が展示されています (画像提供:大塚国際美術館)

見どころは何と言っても、古代壁画から現代絵画まで西洋名画の数々を原寸大に質感や筆使いまで「再現」した陶板名画。

「モナ・リザ」、「最後の晩餐」、「ゲルニカ」など、世界26カ国190以上の美術館が所蔵する名画の感動を、日本にいながらにして味わうことができます。

フェルメール「真珠の耳飾りの少女」のレプリカ
フェルメール「真珠の耳飾りの少女」。館内の作品にはそうっと触れることも可能。筆跡や絵の具のひび割れの様子を肌で感じながら作品を味わえます
モネの「大睡蓮」
屋外に展示されたモネの「大睡蓮」。青空の下の睡蓮は、光の描写がよりいっそう美しく感じられました (画像提供:大塚国際美術館)

*前回ご紹介した大塚国際美術館の見どころ記事はこちら:大塚国際美術館が誇る「世界の陶板名画」4つの楽しみ方

支えるのは、大塚オーミ陶業のやきもの技術

この陶板絵画の展示を、独自のやきもの技術により可能にしたのが大塚オーミ陶業株式会社。

きっかけは、地元鳴門の白砂を活用したタイル作りから始まった取り組みでした。開発を進める中で、世界初の薄くて歪みのない堅牢な大型陶板づくりに成功します。

活用方法の1つとして、この大型陶板で美術品を作っては?というアイデアもあり、現在展示されている名画陶板の数々が生み出されることに。

技術が発展した現在は、滋賀県甲賀市信楽町の工場で色の分解から焼成まで全てを行っています。

この陶板はどのようにして作られているのでしょう。製作の工程を詳しく伺いました。

著作権者の承諾に奔走、現地へ赴いて原画を調査

陶板名画の制作は原画の著作権者、所有者の許諾を得ることから始まります。試作品の出来栄えを確認するまで、製作許可が下りないという厳しい条件の場合も。オリジナルを守るための厳しい品質チェックは必須です。許諾を得るだけで数年を要することもあるのだそう。

許諾が得られたら、原画の確認や現地調査。書籍・文献には記されていない情報も多いため、現地で様々な角度から何枚も撮影し、全体像のほか、細部の傷や凹凸などを調べ上げ、仕上げの参考資料に。光のあたり具合など作品の状態を体感したり、現地の専門家に話を聞いたりして作品を調べつくします。

原画撮影:《ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠》
ルーヴル美術館所蔵「ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠」の現地調査の様子。巨大な絵画を撮影して細部を記録するのは大掛かりな作業です。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)
《ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠》。ルーヴル美術館所蔵のレプリカ
できあがった陶板の《ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠》。展示室の壁紙の色も合わせ、現地の雰囲気に近い状態で鑑賞できます

色の分解で、2万色の釉薬から原画を再現

陶板の上に転写シートを使ってベースとなる絵を乗せ、1000〜1350度の高温で約8時間かけて焼成します。専用の釉薬の種類は約2万色にも及びます。原画の色を解析することで、ベストな色を見つけ出すのだそう。

色分解
まず原画を解析して赤・青・黄・黒の4色に分解。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)
解析した指定色をもとに、転写シートを作成します。シルクスクリーンに順番に釉薬を乗せていきます。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)
解析した指定色をもとに、転写シートを作成します。シルクスクリーンに順番に釉薬を乗せていきます。こうしてできた転写シートを陶板にのせて焼き上げることで、陶板上に原画の図柄が描かれます (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)

仕上げは、職人の「目」がものを言う

転写シートを乗せて焼きあがった陶板は、あくまでベースの状態。ここからは職人の「目」が試されるところ。釉薬を塗り重ねて微妙な色合いの調整が始まります。

原画の資料や現地での記憶を頼りに、色や仕上がりの立体感を手で加えていきます。

原画の資料や現地での記録を頼りに、色や仕上がりの立体感を手で加えていきます。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)
原画の資料や現地での記録を頼りに、色や仕上がりの立体感を手で加えていきます。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)
レタッチ2
油絵の具の盛り上がりも精緻に再現していきます。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)

油絵の具などと違い、釉薬は焼きあがると色味が変化するもの。仕上がりを計算しながら着色、焼成を繰り返して完成させます。濃くなりすぎないよう薄い色を重ねることから始め、平均して5〜6回この工程を繰り返してやっと満足のいく仕上がりになるのだとか。微妙な色合いを調整していることが伺えます。

最終焼成
最終焼成の様子 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)

陶板が焼き上がったら、社内での最終検証を行った上で、監修者や原画の所有者による検品。こうして、やっと承諾を得られたものが大塚国際美術館に飾られます。

フィラデルフィア美術館所蔵のゴッホの「ヒマワリ」検証の様子。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)
フィラデルフィア美術館所蔵のゴッホの「ヒマワリ」検証の様子。 (画像提供:大塚オーミ陶業株式会社)

セラミックアーカイブの可能性

大塚オーミ陶業のやきもの技術は、大塚国際美術館での作品展示にとどまらず様々な場所で活用され、注目を集めています。

2018年には、「第7回ものづくり日本大賞 伝統技術の応用部門」で、文化庁依頼による奈良県明日香村「キトラ古墳の石室内壁画」の複製に携わった社員の代表7名が内閣総理大臣賞を受賞。「立体的製陶技術」を用いた文化財の複製が評価されました。

奈良県明日香村 キトラ古墳の復元
大塚国際美術館に展示された「キトラ古墳」の複製見本。
キトラ古墳の復元
石室内壁画を陶板で原寸大に複製。壁の質感や漆喰のひび割れも忠実に再現されています

「何度も重ね焼きしても割れない」「高い寸法精度を保ち、歪みが生じない高精度な成形技術を備える」「色彩や質感等についても焼成工程で発色する釉薬で狙い通りに仕上がる」という特長を持つ同社の技術。

熱や湿度、紫外線などに強い焼き物の特性を生かし、半永久的な耐久性を有する新たな記録保存方法 (セラミックアーカイブ) として、文化財の記録と保存に取組み、手で触れることができるなど文化財の多様な活用を提供していることが評価されたのだそう。

縄文土器のレプリカ。手で触れてその感触を体験できる
こちらは大塚国際美術館に展示されている縄文時代の「火焰土器」 (新潟県長岡市出土) の複製。形状や表面状態だけでなく、重量までも再現しているのだそう。手で触れてその感触を体験できるのが嬉しく、印象的でした

美術への関心の入口として

大塚国際美術館に展示された陶板名画の数々。そばで見て、触れているとその作品の魅力をたくさん発見します。これまで興味の沸いていなかった作品に魅了されたり、好きだった作品がもっと好きになったり。そして、原画を見に出かけたくなります。

旅行前の予習として、旅行の思い出の振り返りとして訪れる方も多いといいます。

私たちが訪れた日も、早朝から多くの観光バスが入り口に停まり、一般客のほか、遠足で訪れた幼稚園児や課外学習中の学生、海外からの視察団体など様々な来館者で賑わっていました。お客さんの年齢層も幅広く、開かれた場所のように感じます。

陶板を通じて、美術作品への興味関心が高まる。やきもの技術が拓く、新たな可能性がここにありました。

<取材協力>

大塚国際美術館

徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦字福池65-1

088-687-3737

http://o-museum.or.jp/



大塚オーミ陶業

大阪市中央区大手通3-2-21

06-6943-6695

https://www.ohmi.co.jp/

文:小俣荘子

写真:直江泰治

*こちらは、2019年4月19日公開の記事を再編集して掲載しました。見て、触れて楽しめるので、子どもと一緒にお出かけするのも良いですね。

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