参観日には社員がいなくなる。熊本の「人が集まり続ける」竹箸メーカーの働き方

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子どもが遊びにくる社内

「みきちゃん、宿題終わったの?」

夏休みも終盤に差し掛かった8月の某日。

熊本県の北西部にある南関町で「竹の箸だけ。」をつくり続けるメーカー、株式会社ヤマチクの事務所で響いていたのは、子どもの宿題を心配する声。

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宿題に励む“みきちゃん”

事務所の空いた机で、社員さんの子どもが宿題に勤しむ。同社では、ごく普通の光景です。

「僕も小さい頃、当時の社員さんたちに面倒をみてもらったり、宿題を手伝ってもらったりしたんです。それをそのままやっている感覚ですね」

ヤマチク三代目で、専務取締役の山﨑 彰悟さんは嬉しそうにそう話します。

ヤマチク 専務取締役の山﨑 彰悟さん
ヤマチク 専務取締役の山﨑 彰悟さん

1963年に山﨑さんの祖父が創業したヤマチク。その当時から、会社に子どもがいることは当たり前だったのだとか。

「祖父とは一緒に仕事をしたことはないんですが、やっぱりベースにあるのは、社員さんに食べさせてもらっているという感覚です。

僕らがお箸を全部つくれるわけではなく、社員さんがつくってくれたものを販売している。

僕らにできることって、気持ちよく働いてもらうことくらいしかないんですよ」

そんな社風から、子育て世代にも働きやすい職場として知られるようになった同社。

ものづくりの業界としては珍しく、26名いる社員のうち実に23名が女性。離職率も低く、高い意欲を持って長く働いてくれることで、必然的に箸づくりの技術も習熟していくんだそう。

ヤマチク
女性が多く活躍するヤマチクの工場
女性が多く活躍するヤマチクの工場

そんなヤマチクの働き方について、実際に働く人たちに聞きました。

参観日に人がいなくなる

「子どもの教育への理解があって、何かイベントがある時には休むことができるので、参観日には工場から人がいなくなったこともあります(笑)」

松原和子さんは、ヤマチクに来て24年目になるベテラン社員。一度結婚を機に仕事を辞め、育児をしながら内職をしていましたが、その発注元が倒産してしまったそう。

まだ子どもも小さく、何かしなければ、という時に知り合いから紹介されたのがヤマチクでした。面接の結果、晴れて入社することができ、今ではベテランの技で竹箸づくりを支えています。

ヤマチク 松原さん
ヤマチクに勤めて24年。技術を磨いてきた松原和子さん

社員同士が自然とカバーし合うことで、子育てをしながらも働き続けることができたという和子さん。

「参観日といっても丸ごと1日休むわけじゃなくて、半日だけ抜けて終わり次第会社に戻って来る。そうやって柔軟に働かせてもらいました。

先々を見越してもらって、子どもが大きくなったあとはフルで働いてもらえると、理解してくれていたんだと思います。

箸づくりは、すぐに覚えられるものではないし、箸の種類も変わってくるし、長くやりながら成長していくものですから」

一時のイレギュラーな状況を避けるために、優秀な社員さんを手放すのはもったいないと山﨑さんは話します。

ヤマチク 専務取締役の山﨑 彰悟さん

「“みきちゃん”くらいの年齢、小学生くらいになってくると、そんなに頻繁に風邪をひくこともありません。

子どもが本当に小さい時期をみんなでカバーして乗り越えられればいいのかなと思っています。

それと、子どもに何かあった時、経営者が『休んでいいよ』ということは簡単なんです。問題は社員さん同士の理解の部分。うちはそこがとても寛容だと思います」

実は、冒頭の“みきちゃん”は和子さんのお孫さん。孫の顔を見ながら働ける職場、うちの親が聞くと羨ましがるに違いありません。

ヤマチク
柔軟に働いてこれたと話す和子さんとお孫さんの“みきちゃん”

母娘でヤマチク社員。育児をしながら自社ブランド開発への挑戦

そんな和子さんの様子を間近で見て育ち、気づけば自身もヤマチクに入社していたのが、和子さんの娘である松原歩さん。“みきちゃん”のお母さんでもあり、この日ヤマチクには松原家3世代が勢揃いしていました。

4人の子どもを育てながら働く松原歩さん

子育て世代が多く、居心地がよいだけでなく、子育てをしながらも仕事の幅を広げられる、チャレンジができることが嬉しいと、歩さんは言います。

2018年の4月、ヤマチクの社運をかけたと言っても過言ではないプロジェクト、自社ブランド商品の開発がスタート。山﨑さんが社内でプロジェクトメンバーを募ったところ、ぜひやりたいと手を挙げたのが歩さんでした。

「今の仕事も好きだし、やりがいもあるけど、何か新しいことにチャレンジしたい!と思っていたところで、これはチャンスだと思いました」

シングルマザーとして “みきちゃん”を含めて4人の子どもを育てる歩さん。和子さんの協力もあって、1年以上かけて新プロジェクトに挑戦。コンセプト設計から商品開発にかかわり、お披露目の場となる展示会では自ら接客して自身がつくった商品の魅力を伝えました。

そして和子さんは、歩さんが出張の際には子ども達の面倒を見つつ、娘のチャレンジをサポート。

「結婚が早いと、やりたいこともやれないまま子育てが始まって、じゃあ子どもが大きくなったあとにチャンスがあるかというと分からない。

せっかくチャンスがあるんだし、一番下の子も保育園である程度育ってきたし、サポートできると思うから、やってみたらって言いました」

松原家

歩さんをはじめ、社内のプロジェクトメンバーが中心になって開発された新商品『okaeri(おかえり)』。

「家族で使って欲しいという思いがずっとありました」と歩さんが言うように、子ども用から大人用までのサイズが揃ったラインアップで、各展示会でも好評を博しています。

歩さん自身も、名入れをして友達にプレゼントして喜ばれているとのこと。

okaeri
自社ブランド商品「okaeri」

次の目標は、とあるアニメキャラクターのお箸よりも「okaeri」が人気になって、“みきちゃん”の周りの子どもたちにも使ってもらうこと、なんだとか。

「お母さんが考えて、お婆ちゃんがつくってるお箸なんだよ」と“みきちゃん”に話す姿が印象的でした。

新卒採用も開始。人が集まり続ける会社へ

子育てと仕事の両立は、単純に会社の中だけでなく家族の理解が必要な部分も多いですが、できる限り多くのことにチャレンジしてもらいたいと山﨑さんは考えています。

「仕事は、物質的な幸せももちろん追求しなければいけませんが、一方で自己実現する幸せ、そのチャンスをもっと提供したいです。

社員さんそれぞれが挑戦できる幅が、そのまま会社の幅になる。

そこで働いている人たちの集合体が会社なので、たとえば自社ブランドをつくることでその人たちが前に出て、やりがいを持ってくれれば、価値があることじゃないかと思います」

ヤマチク

同社では自社の特徴・魅力をわかりやすく伝えるために、会社案内の刷新やコンセプトムービーの作成も実施。

これについても、「最大の効果は社員さんが喜んでくれたこと」なんだそう。

ヤマチク

「自分たちの仕事が、他人から見て価値のあることなんだというのが分かったんです。

ムービーをきっかけにクリエイターさんだったりベンチャー起業の社長さんだったり、いろいろな人が工場を見に来るようになって、口々に『すごい!』と言ってもらえて。

お客様というか、他者の反応が目に見えるだけでこうも違うのか、というくらい、みんなのモチベーションアップにつながりました」

※ヤマチクのコンセプトムービーはこちら

この数年は、新卒採用にも挑戦。

「新卒の応募なんて来ない」というのが定説とされていた中で、泥臭く地元の高校すべてを周り、同社の仕事について丁寧に説明したところ、定員として設けた枠を上回る応募が来たそうです。

その後、今期で4期目となる新卒採用には、コンスタントに応募が集まっている状況とのこと。

「仕事のやりがいとか、居心地の良さみたいなものも、働く決め手になっているように感じます」

その働きやすさ、社風が評判となり、子育て世代の女性を中心に人材が集まった同社。

ある意味「働き方改革」など必要とせず、長く、意欲的に働く人たちを集めているひとつのモデルケースにも思えます。

「とにかくヤマチクが大好き」という“みきちゃん”の進路がどうなるかはさておき、新卒の若い世代も含め、今後も続々と新たな才能が集まり、竹のお箸の魅力を世界に伝える会社として成長を続ける、そんな可能性を強く感じました。

ヤマチク
松原さん一家と山﨑さん

<取材協力>
株式会社ヤマチク
https://www.hashi.co.jp/

文:白石雄太
写真:中村ナリコ

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