わたしの一皿 春のまねごと

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カツオ、と聞くとむずむず、そわそわ。マグロは毎日食べたいとは思わないけど、カツオは毎日でも食べられる気がする。みんげい おくむらの奥村です。春と秋は、カツオを見て見ぬフリはできません。思い返せば、世界のあちこちでカツオを食べてきた。台湾では薬味たっぷりの台湾版カツオのタタキに思わずほっぺたを落とし、中東のイエメンでは、アフリカまで海を挟んであと数十キロという沿岸部でスパイスのきいた巨大カツオのグリルにこれまたほっぺたを落とした。スリランカでは、スリランカ版かつおぶしを使ったカレーの奥深さにむせび泣き、いよいよ落とすほっぺたが無かった。

世界中どこで食べてもおいしいカツオなんですが、やはり日本人の記憶に残るカツオは日本のものなのか。ある春の夜に高知で出会ってしまったのです。

友人に誘われ、春のよさこいを見にいったことがあって、美しい演舞のその興奮に身をまかせ、路地に迷い込みふらっと入ったある小料理屋。時期はちょうど3月。「お父さん、カツオをお願いします」とお願いしたら、「時期がまだ早いよ。でも、悪くはないからね」と出されたカツオがうまかった。とにかくうまかった。時期になったら高知のカツオはどんなものなのか…。くやしくてそこから数年、なんとか春に高知に行く仕事をつくろうとしていたのはよい思い出。さっぱりとしてもっちりとした初鰹が脂のノった戻り鰹よりも好きになったのもこの日からでした。

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それからというもの、初鰹の時期にはこのお店のまねごとをするのがおきまり。刺身ではない。冒頭にいかにもおいしそうな刺身の写真があるけれど、まだ完成ではない。タタキでもない。もっちりとして、まさに赤身、という色をした美しい初鰹をポン酢と薬味で美しくもりあわせ、和製カルパッチョのような一皿に仕上げる。かの店が自家製ポン酢だから、うちも冬のうちに仕込んだ自家製ポン酢をつかって。

今日のカツオは宮崎から。いつもの市場で、一本釣りの5キロ超えのものを半身で買ってきた。初鰹だから脂ノリが弱い、といってもこの感じ。脂のオーロラ、見えるでしょ。その身を、カツオの刺身にしてはやや薄めに切ってうつわに並べ、薬味を添え、ポン酢でひたひたに。ポイントは、薄めとひたひた。これだけなのだけど、うまい。そのお店では、鰹を食べ終わるころに新玉ねぎのスライスをくれて、うつわに残ったポン酢でそれを食べるのですが、これまたうまい。だから、ひたひたなんですよ。

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カツオにあわせたうつわは、「せともの」の瀬戸から。愛知県です。小春花窯(こしゅんかがま)という窯の、瀬戸伝統のしごと「麦藁手(むぎわらて・むぎわらで)」のうつわ。瀬戸は古くから日常食器を作ってきた、やきものの一大産地ですが、伝統のしごとは意外にもあまり残っていない。

この伝統のうつわとカツオは相性がまことによい。なんでかな、と思っていたらふと思い出した。着物や生地が好きな方なら「鰹縞」と呼ばれる縞模様をご存知かもしれない。鰹の体の青のグラデーションを模して、濃い青から薄い青へとグラデーションをつけた縞模様のこと。このうつわ、青の線が皿の外側から始まり、内側にかけてどんどんと薄くなっているんです。これ自体が染付けの職人のくりかえしくりかえしの仕事の美なんですが、これぞまさに陶芸界の鰹縞じゃありませんか。相性がよいわけだ。

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江戸っ子が共に愛した初鰹と鰹縞。平成の世は、日本のどこにいたってそれが手に入るんだから、ありがたいもんです。さて、そろそろ鰹縞のうつわを泳ぐ初鰹をがぶりといきますか。さっぱりとして、いくらでも食べられるような気がするこの料理。この春はあと何回味わうのかな。

奥村 忍 おくむら しのぶ
世界中の民藝や手仕事の器やガラス、生活道具などのwebショップ
「みんげい おくむら」店主。月の2/3は産地へ出向き、作り手と向き合い、
選んだものを取り扱う。どこにでも行き、なんでも食べる。
お酒と音楽と本が大好物。

みんげい おくむら
http://www.mingei-okumura.com

文:奥村 忍
写真:山根 衣理

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