ふわりととろけてクリーミー。ひと鍋で3度おいしい、佐賀・嬉野の郷土食“温泉湯豆腐”。

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ただの湯豆腐、と思うことなかれ。

おそらく、みなさんが想像する湯豆腐とはまったく別の代物だ。熱々をほおばると、ふわふわのやわやわ。そのまま消えてしまうのかと思いきや、いやいや、どうして。もっちりなめらかで、クリーミーな食感が舌先を喜ばせ、大豆の旨味とやさしい香りが口の中にほわわと広がる。こんな湯豆腐を、味わったことがあるだろうか?

知る人ぞ知る、郷土の味わい。

「温泉湯豆腐とはもともと、嬉野温泉の旅館の朝食で楽しまれてきた料理です」

大学卒業後は豆腐屋とは縁もゆかりもない旧運輸省(現・国土交通省)に勤務。2000年に地元に戻り、経営の基本を学ぶため実家の豆腐屋に入社。「腰掛けのつもりが、豆腐にどっぷりはまってしまいました(笑)」

そう話すのは、昭和25年創業の豆腐専門店「佐嘉平川屋」(平川食品工業)代表取締役の平川大計さん。中川政七商店のコンサルティングを受け、地元・佐賀に新たな風を起こそうと奔走する3代目店主である。

嬉野温泉といえば、佐賀県を代表する温泉地。1300年以上の歴史を誇り、島根県の斐乃上温泉や栃木県の喜連川温泉とともに「日本三大美肌の湯」と称される。

「その泉質は、無色透明の弱アルカリ性。成分にナトリウムが多く含まれているため、角質化した皮膚をなめらかにして、肌をすべすべにしてくれる。そんな温泉水で豆腐をコトコト炊くと‥‥それはもう、とろけるような食感になるんです」

天然の温泉水を利用するこの名物は、だからこそ長いこと地元の人や旅行客といった、ほんの一握りの人にしか知られていなかった。

そこに一躍、汎用性をもたせるよう進化させたのが同社である。

「30年ほど前のこと。先代の父が、地元の人たちから『温泉湯豆腐をもっと気軽に味わうことはできないだろうか』と相談を受けて、それならば、と温泉水と同じ成分の調理水を開発。これによって家庭でより手軽に温泉湯豆腐が楽しめるようになったんです」

とろけてこそ、おいしい豆腐づくり

温泉と同じ成分の調理水があれば、どんな豆腐でもおいしい温泉湯豆腐になるのかといったら、残念ながらそうはいかないようである。見るからに柔らかそうな絹ごし豆腐を使っても「溶けやすいかもしれませんが、ふわふわとした食感やクリーミーな味わいにはならないのでは」。

大事なのは、とろけてこそおいしい豆腐づくり。

「大豆の力を最大限生かすのは大前提。そのうえで絹ごしなら絹ごしの、おぼろ豆腐ならおぼろ豆腐に適したつくりがあるように、温泉湯豆腐として味わうにふさわしいかたちに仕上げることが大切です」と平川さん。

同店の温泉湯豆腐は木綿豆腐。はじめはやや硬め。火を入れるとあんなにトロリとするのがにわかには信じられない

「うちでは溶けやすいけど溶けすぎず、よりふんわりとした食感が楽しめるようにと工夫した木綿豆腐を採用。さらに豆腐の素になる豆乳の濃度を適度に上げることで、よりクリーミーな味わいを実現しています」

創業より70年以上続く豆腐専門店ならではの技と矜持がそこにある。

豆腐文化を受け継ぎ、新しく創造し続ける

「温泉湯豆腐」のほかにも、佐賀県には職人が櫂入れ(かいいれ)をしながら寄せる「おぼろ豆腐(ざる豆腐)」や、豆乳にでんぷんを加えて固める「呉豆腐」など、豆腐を使った郷土食が数多く存在する。

「その理由は、佐賀県が大豆の一大産地だからです。意外と知られていませんが(笑)」

 7月になると隣町にある工場周辺には青々とした大豆畑が広がる(画像提供:平川食品工業)

日本で有数の大豆生産量を誇る佐賀。しかも栽培される大豆のほとんどが、高たんぱくですっきり雑味のない甘さの〝フクユタカ〟だという。「これは豆腐づくりに適した品種であり、全国各地のお豆腐屋さんがわざわざ取り寄せて利用するほどです」

良質な大豆が身近にある。そんな佐賀の人々の暮らしのなかに豆腐文化が自然と息づいているのは当然の理なのだ。

「佐賀の各地で多彩に楽しまれている豆腐料理をもっと多くの方に知ってほしいし、実際に味わってほしいと思うんです」と平川さんは言う。

「佐嘉平川屋 嬉野店」では多種類の豆腐メニューが堪能できる。

「温泉湯豆腐の美味しさをもっと多くの皆様に知っていただきたい」と2010年に満を持してオープンした嬉野店の店内では、「温泉湯豆腐」「濃い豆腐」「豆腐もち」「佐嘉おぼろ豆腐」といった豆腐商品が数多く販売され、さらに当店でしか味わえない豆腐料理もずらりと揃う。

多種類ある商品のパッケージをリニューアル。

たとえば「平川屋パフェ(豆腐ソフトクリーム)」。老若男女問わず人気のメニューである。

なんという幸せな見た目‥‥

呉豆腐の上に豆乳ソフトクリームを盛り、豆乳白玉をちょこんと3つ載せてある。黒蜜ときなことの相性も抜群だ。このボリュームながら食味が軽いためなのか、誰しもあっと言う間に平らげてしまうという魅惑のデザート。

ほかにも豆腐を熱々ご飯にのせた平川さんのソウルフード「豆腐どんぶり」や「冷や汁定食」。蜂蜜と柚子を加えることで豆乳が苦手な人でも楽しめる「とろ〜り冷たい柚子蜂蜜豆乳」などなど。

「昔ながらの豆腐文化をしっかりと継承しつつ、その魅力をいろいろなかたちで伝えること。そして今までにない食べ方を創造しながら、新しい豆腐文化を築いていくことも、私たち豆腐屋の仕事なのかなと思っています」

〝温泉湯豆腐〟は鍋料理。豆腐→肉や野菜→ご飯のすすめ。

今回、平川さんが提案するのは「温泉湯豆腐」の新しい食べ方だ。

「これまで温泉湯豆腐は、あくまで豆腐を味わうための料理でしたが、それだけではもったいない。豆腐を食べた後の鍋中には豆腐の成分が溶け出た煮汁が残っていて、旨いんです。これを使わない手はないな、と」

そこで湯豆腐から鍋料理へ。温泉湯豆腐の食べ方を進化させた。

「とはいえ、まずは温泉湯豆腐の基本的な食べ方から。正しい食べ方を知らなければ、温泉湯豆腐の真の美味しさを楽しむことができません」

まずは鍋に調理水と、適度にカットした平川屋特製の豆腐を投入。強火にかける。

必ず調理水と豆腐を一緒に入れてから火にかけること。

5分ほどすると調理水が湧いて、豆腐が少し溶けて崩れてきた。

もうそろそろだろうか……と手を伸ばそうとすると、すかさず「まだです!」と平川さん。「豆腐にカドがあるうちはまだだめです。我慢です」

なるほど。我慢、がまん。さらに5分ほどすると透明だった調理水がトロリと白濁し、豆腐のカドもとれてきた。もういいですか?

豆腐が溶けて調理水が白濁してきます。

OKサインが出たところで、まずはそのまま一口。次に同店特製のポン酢や胡麻だれでいただくのが「佐嘉平川屋」流である。

こちらは胡麻だれ。クリーミーな豆腐の旨味にごまの風味が絡みつく

その味わいたるや‥‥冒頭の通りだ。

「豆腐をいただいたら今度は白濁した汁に、好みの野菜や肉、魚を入れて豆乳鍋としてお召し上がりください。調理水の成分のおかげで、素材がくたっと柔らかくなるんですよ」

今回は季節の野菜を入れたシンプル鍋に。ほかにも豚肉を入れてしゃぶしゃぶしてもよし、きのこを加えた味噌鍋や、魚介を入れてチゲ鍋にしても美味だとか。

面白いのは、いわゆる豆乳鍋とは違うところ。

豆乳は、ともすれば大豆のくどさを感じることがあるけれど、まろやかな豆腐から溶け出たエキスは、それだけでやさしい旨味のスープである。そこに野菜や肉を加えれば……旨くないわけがない。

「そして最後はご飯を入れて雑炊に。僕はこれが一番好き。この雑炊を食べるために温泉湯豆腐を食べるといっても過言ではないくらい(笑)。本当に旨いですよ」

雑炊にはお好みでポン酢や胡麻だれをかけて。チーズを入れても美味しいとか。

濃厚でまろやかなスープにご飯粒が絡み合い、まるでリゾットのような味わいに。

温泉湯豆腐にはじまり、野菜鍋から雑炊まで。1度に3度。ひと鍋で3つのおいしさが味わえる。お腹も心も満足のいくヘルシーな味わいだった。

お店で提供される「温泉湯豆腐定食」。なんと豆腐とご飯はおかわり自由!

「全国どこでも自宅にいながら、佐賀ならではの豆腐文化をゆっくり楽しんでほしい」と、同店では通信販売を実施。調理水と温泉湯豆腐用の豆腐に加え、オリジナルのポン酢や胡麻だれが一緒になったセットもあり。

画像提供:平川食品工業

「これが湯豆腐!?」という驚きの食感と味わいをぜひ、自分の舌で実感してみて。家族や友人への贈り物にも最適。喜ばれること請け合いだ。

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<取材協力>
佐嘉平川屋
0120-35-4112
https://www.saga-hirakawaya.jp/

佐嘉平川屋 嬉野店
佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙1463

文:葛山あかね
写真:藤本幸一郎

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