手仕事の愉しみを次世代につなぐ、スタジオジブリと日本の工芸の出会い

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アニメーターという職人集団の手から生み出される、スタジオジブリの映画。その圧倒的なクオリティと、一作一作に全精力を込めて製作に臨むジブリの姿勢は、とても工芸的であると感じます。

その一方で、「ジブリ映画で何が好き?」

こんな質問が誰に対しても成立してしまうほどに広く知られ、愛されているジブリのアニメーション作品たち。

そんな「ジブリの世界」と、「日本の工芸」がコラボレーションすることになりました。

この取り組みを通じて「日本の工芸」をもっとオープンなものへと近づけていきたい。そして、人の手で作られるジブリ作品や工芸の魅力を次世代につなげていきたいと、私たちは考えています。

今回、商品開発を担当したスタジオジブリ 商品企画部の市川浩之さん、中川政七商店のデザイナー 榎本雄に、インタビューを実施しました。

※コラボレーション特設ページ

コラボレーションの経緯、どんな想いで商品を開発したのか、そして今後の展望まで。何度も密にやり取りをしながら商品を完成させた2人の話から、スタジオジブリと中川政七商店のものづくりに対する想いを感じていただければと思います。

ものづくりへの”熱意”が第一の判断基準

ーースタジオジブリのキャラクターグッズ開発について、どんな方針を持たれているのか教えて下さい。

【市川さん】「まず大前提として、ジブリとしてはグッズを沢山売って欲しいわけではないんです。ありがたいことに日々多くのご提案をいただきますが、『こんな販路を持っています』『年間これくらいの売上を見込んでいます』といった、“売ること”を先にアピールされてしまうと、そこが一番大切なわけではないと感じてしまいます。

少し抽象的ではありますが、ものづくりへのこだわり、情熱を伝えていただけると、こちらとしても直接お会いしてみようかとなりますね」

スタジオジブリ 商品企画部 部長 市川浩之さん

ーー中川政七商店から最初に提案を受けた時の印象はどうでしたか。

【市川さん】「最初に送付されてきた企画書を拝見して、本当にびっくりしました。

通常、最初にお送りいただくものって会社概要のパンフレットだったり、その会社が普段作っている既存品のサンプルだったりが多いんです。『このアイテムで、トトロを作りたい』というようなご提案ですね。

中川政七商店さんの場合はまったく違いました。

企画書の冒頭から、『千と千尋の神隠し』を宮﨑監督がどんな想いで作ったかという製作意図の一説が引用されていて、すごく記憶に残っています。さらに読み進めていくと、本当に1ページ1ページ、イラストなどを交えながらすべてジブリへの提案のために作りこまれた小冊子になっていました。

これは、すごく時間をかけて検討されたんだろうな、会わないわけにはいかないなと」

【榎本】「これまでの人生でジブリさんから受け取ったものも多くて、個人的に思い入れも強く、コラボレーションはぜひ実現したいと思っていました。そこでどういうご提案をしたら双方にとって良いのだろうというのを、ずっと1年間くらいは悩んでいましたね。ジブリさんとつながりがあったわけではないので、最初はどこに連絡したら良いのかもわらからない状態で企画を練り始めました(笑)。

社内メンバーと一緒に考えて考えて、形としても表した方が僕たちの熱意が伝わるだろうということで、小冊子に加えて今回実現した木彫り人形の試作もお送りしました」

中川政七商店 デザイナー 榎本雄

悲哀を背負ったアシタカを、武者人形にはできない

ーーそこから直接のご提案を経て、商品開発がスタートしたわけですが、最初はお互いのイメージや想いをすり合わせるのにとても苦労したと伺っています。

【榎本】「企画の骨子のイメージはあったのですが、最初は僕がジブリさんの合格ラインというか、基準を上手くつかめていませんでした。こちらの思いが空回りしていた感じですね。何度も市川さんとやりとりを重ねる中で、少しずつコラボレーションのあるべき姿が見えてきたという感覚です。

ジブリさんがどういうものづくりを目指しているのかを想像しながら、中川政七商店としても譲れない部分を形にしていきました」

【市川さん】「いろんなご提案をいただいた中で、ジブリとしてこれは難しいです、ということでご遠慮いただくものもたくさんありました。

たとえば、アシタカの武者人形を作りたいというご提案に対しては、それは絶対にアシタカにならない、という理由でお断りしています。

子どもたちに贈られる武者人形は、少し幼いというか、いわゆる子どもらしい表情をした人形です。一方でアシタカはどちらかと言えば悲哀に満ちた、さまざまなものを背負っているキャラクター。それを武者人形で表現するのは、ちょっと違うという判断になりました。

また、千尋とハクを中心に据えた雛飾りのご提案もありました。その他の神様たちも勢ぞろいして、確かに飾りとして見た目は華やかですが、果たしてそれが映画の世界観としてあり得るかというと、そうではない。千尋は神様ではないですし、一番偉い感じで雛飾りの真ん中に2人が座っているのは、やはりおかしいんです」

大切なのは高畑勲や宮﨑駿の世界観から外れないこと

【市川さん】「高畑勲や宮﨑駿 、宮崎吾朗といった原作者がどういった意図でその映画を作ったのか、そのキャラクターを描いたのか。その世界観から外れないことを大事にしなければなりません。

とはいえ、映画に出てくるままでは書き込みが細かすぎて商品化できないこともあります。たとえば、どの程度であれば線を省いてもよいのか、デフォルメをしてもよいのかなど、その都度悩みながら監修をしています。

そこがマニュアル化できない部分で、ジブリ内でも意図を読み違えてしまうこともありますし、その感覚を榎本さんとすり合わせるのに時間がかかりましたね」

【榎本】「すごく難しかったです。映画をもう一度見直したり絵コンテ集を読み込んだりしながら、宮﨑監督の意図をもう一度自分の中に取り込んでみて、そこからズレていないかというのをかなり意識してデザインしました。

工芸を作られている方々は手仕事を特徴とされている場合が多く、何を“好し”とするかの哲学は職人さんによってそれぞれです。今回の企画はそういう方々とあらためて出会っていくというコラボレーションでもあるので。

素材の風合いや個体差を消してしまうと工芸としての良さが薄れてしまいます。その味を活かしつつ、監督の意図を汲みつつ、職人さんにいい仕事をしていただく。市川さんに都度ご確認いただきながら進めたというところですね」

【市川さん】「僕の前任が、ジブリのキャラクターグッズを何十年も監修してきた大ベテランで、宮﨑監督や鈴木プロデューサーに何度も怒られながら、“ジブリの商品はこうあるべきだ”ということを作ってきた今井という人なんです。

ジブリの商品づくりの考え方は今井しか知らないといっても過言ではないというか。でもそこにマニュアルがあるわけでもないので、今井の日々の業務、メーカーさんとのやり取りを横で見ながら、自分の中でひとつずつ判断基準を蓄えてきたというイメージですね。

そうやって約8年間やってきて、最近は今井抜きで自分が監修している商品でも、良いものが出来たと実感することもあります。ただ、力不足を感じることも多々ありますし、いつまで経っても100%完璧だなんて思えるはずがないんです。

常に勉強しながら、常に悩み続けながら、この先もやっていくべきなのだろうと思います」

工芸の質感をまとったトトロの誕生

ーー最終的に、今回のコラボレーションの題材は「となりのトトロ」に絞られました。

【榎本】「その土地の風土に寄り添い、人の手でつくられた工芸の魅力を特に子ども達に向けて伝えたい。その想いがある中で、トトロは日本の里山の自然を舞台に、風土や暮らし方へのまなざしが描かれている。

僕たちの想いを伝えるのには、まずトトロだけのコレクションに絞るのが良いんじゃないかという風になりました」

ーー完成した商品を見て、率直な感想はいかがでしょうか。

【市川さん】「非常にいいものができたなという印象です。どのアイテムも、工芸のことをきちんと知ってらっしゃる皆さんだからこそのご提案だったんだろうなと感じましたね。

この注染のTシャツなんかも、裏表が無くてどちらでも着れるというものは初めて見たので、とても面白いなと思いました」

【榎本】「僕自身も、子ども達に工芸を伝えるという中で、日々の暮らしの中での背景になるようなものを届けたいと思っていました。

意識にはあまりのぼらないけれど、心のどこかにはしっかりと残っていく手触りみたいな。それこそトトロのような存在。宮﨑監督も、ジブリの映画は何度も繰り返し見るものではなくて、一度でもいいからその子の人生の大切な一時期に心に残るようなものでありたいと仰っていますよね。

大人になって、ふとそういうものがあったな。救われていたな。なんて思ってくれたら嬉しい。

僕らの中でそんな風に想い描いていたストーリーみたいなものがあって、今回、その願いを込めたものが揃えられて良かったなと。皆さんに届けられるのが楽しみです」

【市川さん】「そう、商品一つ一つにストーリーがあるのもすごく素敵ですよね。

和紙の紙箱なんかも、最初に手に取った瞬間、小学校の頃に使っていたお道具箱のような懐かしさがあって。それを、子ども達が自然の中で見つけた宝物を入れる、蒐集道具として使ってほしいというストーリーがある。

ただ売れるからではなく、こんな風に使ってもらいたいという想いで商品化されているところが素晴らしいと思います」

「八尾和紙の型染宝箱」

ーー商品化する上で特に大変だった商品などありますか?

【榎本】「いや、本当に全て大変でした(笑)。

市川さんと僕とでイメージを固めていっても、最終的に形にするのは個々の職人さんたちです。その段階で色がうまく出なかったり、形がうまくいかなかったり、難しかったですね」

【市川さん】「でも、井波彫刻の木彫りのトトロなんて、本当に良くできたなと思います。トトロのふかふかの毛並みとか、生き物らしいフォルムとか、木彫りでよく表現できたなと。

フィギュアとか造形物で商品化する時って、どうしてもある程度のデフォルメが必要になるんですが、あの木彫りのトトロはどちらかと言えば映画の中のトトロに近いものが出来上がっていると思います」

「井波彫刻 くすの木のトトロ」

【榎本】「富山県南砺市井波地区の伝統工芸品である井波彫刻。その伝統を受け継ぐ『トモル工房』の田中孝明さんが、僕らの思いとトトロの本質をこういう形で表現してくれました。

本来、トトロに近づけた表現を追及するとしたら、身体の面をグレーに塗るとかそういうことまで求められたと思うんです。でも、市川さんの方で、木目をそのまま活かして大丈夫という風に言っていただけた。

僕たちが伝えたい、工芸の素材感とか、自然に近い温かみを残してトトロを表現できたことが、すごく嬉しかったです。

小田原鋳物の鈴にしても、鋳物の型を砂でつくっていて、その砂の質感が独特の温かみにつながっています。そういった質感をキャラクターの表現として良しとしてもらえたことが、今回のコラボレーションで一番良かったところかなとも思っています」

「小田原鋳物のお守り鈴」

作り過ぎず、売り過ぎない。キャラクターを消費しない、長いスパンでのものづくり

ーー第二弾、第三弾と、どんな商品開発を考えているのでしょうか。

【市川さん】「やっぱり、『千と千尋の神隠し』など、日本が舞台の題材が良いのかなと思います。

中川政七商店の商品づくりの良さが活かせる作品を考えながら、今後も進めていきたいですね。

先ほどお話した注染Tシャツのように、自分たちの知らない工芸の手法を用いた商品がまだまだあると思っていて、そういったものに出会えるのはジブリとしても嬉しいですし、ご提案を楽しみにしています」

【榎本】「仰っていただいたように、一つひとつの商品に想いをきちんと載せた上で、いいものづくりをしていきたいなと思っています。

工芸の文化的な厚みは日本ならではのものです。昔の人が大切に育てて来たその背景があるからこそ、ジブリさんのアニメーションも生まれてきたと僕は解釈しています。中川政七商店の活動もまさにそうですね。今に引き継がれてきた工芸の根っこのようなものを、ポジティブなかたちで次の世代にも伝えていきたい。

全国各地にある工芸の種。そこに技術とアイデアを重ね合わせて、ジブリのキャラクターとともに広く伝わっていくようなものが、作っていけたらと思っています」

【市川さん】「今回、中川政七商店さんとはじっくり時間をかけて一緒にものづくりができました。

ジブリとしては、あまりグッズが売れてしまうのも良くないという考えがあるんです。ジブリパークの開業や、宮﨑駿監督の新作の話など、2022年は大きなトピックがあったので、グッズの売上もそれに比例して、たくさんの方にお買い求めいただきました。

そうなると、ジブリでは「こんなに売れてしまっていいのだろうか」という懸念が出てきます。実際にメーカーさんのところへ行って、「2023年はもう少し生産を絞っていただきたい」というお願いをしたりもしているんです。

キャラクターグッズが世に出回りすぎると「キャラクターの寿命を縮める」という考えがあって。やはりジブリでは、安くたくさん売るのではなく、長くちゃんと愛される、使ってもらえるものを大事にしていきたい。そんな風に考えています。

なので、御社との取り組みも、あまり発売日の予定なんかを厳密に立てずに、お互いが納得のいく商品をつくって届けていく。そういうやり方ができれば一番嬉しいなと思っています」

< プロフィール>
市川浩之:スタジオジブリ 商品企画部 部長

『ミュージシャンを志す傍ら、縁あって三鷹の森ジブリ美術館のアルバイトスタッフに応募。約2年間のアルバイト勤務ののち、正社員に。2009年、プロデューサー室に異動となり、鈴木敏夫プロデューサーのもと、「借りぐらしのアリエッティ」「コクリコ坂から」の宣伝活動に従事。さまざまな映画製作の現場を間近で見たことで、ジブリでの仕事を続ける決意を固める。その後、ジブリ美術館のフロア責任者を経て、2015年から商品企画部に在籍。前任の部長 今井知己の下でキャラクターグッズ開発の仕事を学ぶ。』

榎本雄:中川政七商店 デザイナー

『20代に高畑勲氏、宮﨑駿氏、鈴木敏夫氏の書籍を読みスタジオジブリのものづくりの姿勢に衝撃を受ける。その後、ものづくりの道に。2006年、東京を拠点とするデザインオフィスに入社。文具、バッグ、アパレルなどデザインの経験を積む。2014年中川政七商店入社。日本各地の工芸のつくり手と様々なものづくりを行っている。』

文:白石雄太
写真:中村ナリコ

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