夏のおでかけバッグから紐解く、中川政七商店と手績み手織り麻
涼しげに愉しめる、夏のおでかけバッグができました
夏のバッグの定番といえば、籠バッグ。そんな籠バッグを思わせる佇まいで、麻にルーツを持つ中川政七商店らしい、夏のおでかけバッグができました。
誕生したのはトートバッグ・フラットバッグ・ポシェットの3つの形。
縦と横に方向転換させて生地を組むことにより、籠バッグのような印象に仕上げ、同色でありながら少しの凹凸と陰影が生まれることで、動きのある表情を楽しめます。
いずれの形も、ナチュラルな「生平(きびら)」と落ち着いた「銀鼠(ぎんねず)」の2色をご用意。シャリシャリとした質感と涼やかな見た目の麻生地が、夏の装いを品よく爽やかに引き立ててくれるバッグです。
使用した「手績(う)み手織り麻」は、中川政七商店が創業から300有余年の歴史のなかで、大切に守ってきたものづくりから生まれる生地。実はこのバッグ、中川政七商店に入社まもないデザイナーが、その手績み手織り麻のものづくりに感動し、皆さんに知っていただける機会になればと考えたものなのです。
今日は、そんな中川政七商店の手績み手織り麻への想いについて、少しお話ししたいと思います。
中川政七商店と、手績み手織り麻
西洋で人気のやわらかいリネンに対して、硬くて張りがあり、独特の光沢感を持つのが魅力の、中川政七商店の手績み手織り麻。ところで皆さん。手績み手織りとは、どんな作り方なのかイメージはできますか?
「績む」とは、繊維を細く長くよりをかけて紡ぐこと。つまり手績み手織りとは、人の手で績んだ糸を、人の手で織るということを意味しています。その工程は、糸を績むだけで1か月。生地を1疋(いっぴき=24メートル)織るのには、熟練の織り子さんでも10日はかかると言われます。様々な生地が機械ですぐに作れる現代において、それはもう、気の遠くなるような道のりですよね。
世の中すべての麻製品が手績み手織りなのかといえば、そうではありません。これは高級麻織物「奈良晒」を祖業とする私たちが、創業から300年以上、大切に守り続けている麻生地の一つの製法です。
人の手で作るため、完成まで時間がかかる。機械で作るより、価格も高くなってしまう。ではなぜ、私たちはそこまでして、手績み手織りにこだわるのでしょう。そこには、機械では決して再現できない、手しごとが生み出す風合いを大事にしたいという想いがありました。
300有余年の歴史で、守り続けたもの
江戸中期、奈良晒の卸問屋として創業した中川政七商店。長く続く歴史のなか、よりよく商うためにと積極的な変化を重ねてきた一方で、創業当初から守り続けているものが、手績み手織りの麻生地作りです。
かつては奈良晒の産地として栄えた奈良。その起源は鎌倉時代にまでさかのぼり、南都寺院の袈裟として使われていたと、記録が残っています。江戸時代には主に武士の裃(かみしも)、僧侶の法衣に使用され、また千利休が茶巾(ちゃきん)として愛用したことでも知られています。17世紀後半から18世紀前半にかけて産業はピークを迎え、生産量はなんと、40万疋にも達しました。
ところが明治維新にともない武士が消滅したことで、最大の需要源を失った奈良晒は、次第に衰退の一途をたどるように。そこで9代中川政七は、奈良晒を使った風呂あがりの汗取りや産着の開発に着手します。厳しい時代に立ち向かうため新たなニーズを生んだ取り組みは、皇室御用達の栄誉を受けることにも繋がりました。
しかし、つくり手の減少により産業の衰退は続きます。10代中川政七の時代には廃業寸前にまで追い込まれるなか、奈良晒の自社工場を持つことを決断。製造卸として商売を再建させました。
その後、1925年にフランス・パリで開かれた万国博覧会では麻のハンカチーフを出展。このときの1枚は、いまも当社の奈良本店に飾っています。
高度経済成長期に突入してからは、人件費の高騰やつくり手の高齢化などの問題により、手しごとでの製造が徐々に難しくなりました。機械化へ踏み切った同業者も多いなか、中川政七商店が大切にしたのは、「手しごとから生まれる独特な風合いを守る」こと。機械化も撤退も選ばず、生産拠点の一部を海外へ移すことで、昔ながらの製法を守りました。
この人がつくる「工芸」ならではの魅力を、私たちはずっと、ものづくりで大事にしています。その後も時代にあった変化と挑戦を重ねつつ、今も江戸時代の奈良晒と同じ製法で作り続けているのが、中川政七商店の「手績み手織り麻」なのです。
唯一無二の魅力を、今の暮らしに
中川政七商店では工芸から受け取る心地好さはそのままに、もっと気軽に取り入れていただきたいとの想いから、今の暮らしに合わせた形にアップデートを試みながら、様々な品を生み出してきました。
例えば手績み手織り麻なら、注染掛敷布、手織り麻を使ったフリルシャツ、手織り麻の文庫本カバー、手織り麻の印鑑ケースなど。そのラインナップに新しく加わったのが、今回の夏のバッグです。
「入社した際の研修で、今の時代においても人の手により、長い時間・たくさんの工程を経て作られている手績み手織り麻について知り、とっても感動しました。それを商品を介して伝えられたらなと考え、作ったバッグがこのシリーズです。 希少な生地を大切に使うことも大事にしたくて、幅の狭い布を組むデザインが生まれました。 工芸独特の風合いから生まれる心地好さを、ぜひ楽しんでいただければと思います」(デザイナー・奈部)
改めて、工芸の魅力って何かなぁと、考えてみました。
一つとして同じものが作れない、手しごとならではの形や表情。受け取る相手への心遣いを感じる、気のきいた工夫。不思議と心惹かれる、独特の佇まいとぬくもり。
自分の気持ちをじんわりとあたためる大切な存在で、暮らしの景色を心地好くしてくれる、私にとってのお気に入り。まるで、お守りのような安心感があるなと思います。
そんな工芸の営みや豊かさを、ぜひこのバッグを通じて、夏の装いのなかに感じていただけたら嬉しいです。
<ご紹介した品>
・手織り麻格子のトートバッグ
・手織り麻格子のフラットバッグ
・手織り麻格子のポシェット
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【お知らせ】
中川政七商店 奈良本店では、奈良晒の道具が残る「布蔵」の中で、手績み手織り麻のものづくりに触れられる体験を開催しています。
詳細はこちら:https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/pages/shikasarukitsune-experience.aspx
文:谷尻純子