駅でハーモニカが買える街、浜松へ。全て手作業の工房で職人技を見る

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ヤマハやカワイ、ローランドといった世界に名立たる楽器メーカーが立地し、楽器の街として知られる静岡県浜松市。浜松の人々は小さい頃から音楽に親しんで育つのだとか。

浜松で新幹線を降り立つと、駅構内に展示されているグランドピアノをフラっと弾いて行く人 (みなさん演奏がハイレベルです!) を目にしたり、駅売店でハーモニカが売られていたりと、さっそく音楽の洗礼を受けます。

また、ランドマークとなっている「アクトシティ」のタワーは、「形がハーモニカに似ている!」ということで、ハーモニカタワーとして親しまれているのだとか。 (設計者はハーモニカを意図したわけではなかったそうです)

ビルも楽器に見えてしまう?!、そんな音楽を愛する人々の街を訪ねました。

ハーモニカの形に似ていると市民に親しまれるアクトタワー。こちら側から息を吹き込んだら音が出そう??

家族5人で営むハーモニカ工房

まず訪れたのは、遠州電鉄の曳馬 (ひくま) 駅からほど近い住宅街にある「昭和楽器製造」さん。浜松の銘工品として認められ、参入が難しいと言われるJRのキオスクでも販売を許されたハーモニカメーカーです。

工房を目指して歩いていると、心地よいハーモニカの音色が響いてきました。

ご家族5人で営むこの工房、全てを手作業で行いハーモニカを製造しています。小さくても正確な音が求められるハーモニカ。1本1本の音程を何度も確かめながら製造されていました。 (外に響いていた音色はチェックする音だったのですね)

社長の酢山義則 (すやま・よしのり) さんと、営業を担当されている中澤哲也(なかざわ・てつや)さんにお話を伺いました。

「彼 (中澤さん) は、娘の旦那さんなの。大手自動車メーカーでバリバリ働いてたんだけど、結婚してここで一緒に働いてもらうことになって今は家族5人でやっています」と酢山さん。みなさんにこやかで、温かい雰囲気が伝わってきました。

家族5人の工房

浜松駅のキオスクでハーモニカが販売されるまで

「戦後間もない1947年に、先代の父がハーモニカ職人2人と立ち上げて、楽器業界に参入しました。平和産業として工場を始め、材料不足に悩みながら、作れば売れるという時代が続いていきました。

ハーモニカの巨匠、宮田東峰 (みやた・とうほう) 先生の指導の下に発売した、“スペシャルミヤタ”は人々に評判を得て大繁盛しました。百貨店のショーウィンドーもスペシャルミヤタ一色になった時代です。

文部省 (現在の文部科学省) の依頼により、全ての小学校でハーモニカが使われ、黄金時代は続いていきます。
しかし、小学校で使われた教育用のハーモニカに代わって、鍵盤ハーモニカが業界進出することにより、ハーモニカは衰退の道をたどっていく事になったのです」

学生用のミヤタモデル

「このままでは駄目だと、色々と工夫をこらしました。当時作っていた宮田東峰先生監修の“スペシャルミヤタ”を“Showa 21スペシャル”にリニューアル、 小学校で使用していた教育用のハーモニカを”からふるハーモニカ”にするなどデザイン面でも新しいものを打ち出し下請けではなく独自ブランドを育てていきました。

転機となったのは、2004年の浜名湖の花博です。

一番奥のお客さんが来ない場所に出店する業者がなくて、商工会議所さんに『ハーモニカを展示販売しませんか?』と持ちかけられました。当時はまだ、ハーモニカは楽器屋さんで販売しているものというイメージで、こんなところに置いても売れやしないと断っていましたが、『どうしても』と声をかけていただいたのでやってみることにしたのです。

実際に展示販売をはじめてみると、一番奥の場所で人通りがないから全然見てもらえないのです。そこで、音を出してみたのです。

ハーモニカの音というのは郷愁が漂う音なんですね。

それで、音を聞いた年配のお客さんが寄ってきてくださって『ハーモニカってまだあるんですか?』と興味を持ってくださるようになって、売れていくようになりました。

6ヶ月の花博のうち、3ヶ月の展示をさせてもらったのですが、その間に全ての在庫が売れて1千万円の売り上げとなりました。

朝から夕方まで展示販売中、引っ切りなしにお客さんがきて買っていってくださる。

商工会議所でも注目されたり、花博会場の近くのホテルのオーナーさんから『うちの売店に置きませんか?』と声をかけてもらえました。こうして、楽器店だけではなく、ハーモニカをお土産物屋さんで展開するということが始まりました。

現在も色々なところに置いていただいていて、参入するのが難しいJRのキオスクさんでも展開しています」

浜松駅構内の大きなお土産物屋さんGIFT KIOSKには酢山社長の看板とともにハーモニカが展開されている

土産物として、広がる可能性

「ポケットに入るオーケストラ」とも呼ばれるハーモニカ。

音に引き寄せられて思わず手にしたくなる気持ちがわかります。持ち運びもしやすいので気軽なお土産としても、ぴったりだったのですね。さらに酢山社長の工夫とアイデアは展開されていきます。

「SLを走らせている大井川鉄道という観光鉄道があります。

夏休みには子どもたちを連れた家族で大いに賑わいます。そのSLの中で『ハーモニカおじさん』と呼ばれる演奏者の方がハーモニカを吹いてお客さんを楽しませていますが、合わせてハーモニカの車内販売をしています。

その時の光景とともに思い出にもなるお土産。お子さんたちにも喜ばれて大いにヒットしています。

かつて浜松では、お弁当販売のように『ハーモニカ娘』と呼ばれる販売員が特急列車の停車時間にハーモニカを販売していたことがあるのです。その現代版ですね」

酢山社長の工夫と1つのところに固執しないアイデアの数々が伺えました。

特急列車の停車中にお土産としてハーモニカを販売する「ハーモニカ娘」を記録した写真 (撮影:宮本照道) も見せていただきました

「博覧会の時に『ハーモニカってまだあるんですか?』と聞かれたように、楽器屋の片隅に置かれているだけだとハーモニカ自体が廃れていってしまいます。楽器としてだけでなく、お土産物としての展開は、ハーモニカを広く伝えて楽しんでいただくという点でもよかったと思っています。吹けば音の鳴るハーモニカは音楽の入り口としてもハードルが低いんです」と中澤さん。

確かに、ハーモニカが身近にあると、子どもたちが音楽に触れるきっかけになったりもしますね。

土産物として人気のミニハーモニカ

戦時中、人々の心を慰めた思い出の音色

酢山社長がこんなお話をしてくださいました。

「お年寄りの方には、あるハーモニカの思い出があるのです。それは戦時中の記憶です。戦時中、大陸に渡った兵隊さんたちへ送る物資の中に、千人針などと一緒にハーモニカを入れて送ったんだそうです。みなさんそれを吹いて遠く離れた地で心を慰めたのでしょうね。

ある方からはこんな話も伺いました。

敗戦後の引き上げの際に、船の中でクタクタになって横になっている人々の間で、その方は思い立って持っていたハーモニカを吹いたのだそうです。すると、みんなが起き上がってハーモニカに合わせて歌を歌って励ましあったそうです。音とともにその時のことを思い出すのだと涙しながら語ってくださいました。

みなさん音楽と記憶が一緒に残っていることがあると思いますが、ハーモニカは戦中戦後日本の人々の中でそうした記憶として残っているようです。

ハーモニカを作っていると、時々そういう思い出話をしに訪ねてきてくださる方がいらっしゃるのです」

ハーモニカは、吹いても吸っても音が出る楽器。腹式呼吸で演奏します。これが健康に良いのではないか?と、デイサービスなどで取り入れているところもあるのだとか。

年配の方に馴染みのある楽器でもあるのでみなさん楽しんでおられるようです。

また、浜松にはハーモニカのサークルがいくつもあり、公民館で会が開かれていたりもします。

浜松まつりの時期には、「ハーモニカ100曲リレーコンサート」という市民参加のコンサートイベントが盛り上がを見せます。暮らしに音楽が密接に関わっているところに音楽の街浜松の様子が伺えました。その中でも、身近な楽器としてハーモニカは一役買っているようです。

厳しい耳による製造現場

(どんなに小さな)お土産のミニハーモニカであったとしても、正しい音が出なければなりません。おもちゃではなく、小さくても本物の楽器です。

ハーモニカは、「よく鳴る、音が正確、そしてデザイン性が重要」と酢山社長。実際にハーモニカができるまでの様子も見せていただきました。何度も音をチェックしていく工程から、そのこだわりが感じられました。

ハーモニカの心臓部分、音を響かせるリード。鳴りをよくするためにリードの状態を整えていきます
足元のペダルを踏んで空気を送り込み音を出し、耳とチューナーを使って正確に音程を微調整して仕上げます
組み立てた後は実際に吹いて最終確認、そしてきれいに消毒します
ミニハーモニカも同様に組み立て、音のチェックがされていました

昭和楽器製造さんでは、この珍しいハーモニカの調律の工程が見学できる、工房見学も行われています。ハーモニカの歴史や作り方について酢山社長から直接解説を聞けるので、ぜひお出かけになってみてください (要予約) 。

最後に見せていただいた貴重な品、戦後の占領下にあったころに製造されたハーモニカ。MADE IN JAPANではなく、Made in Occupied Japan (占領下日本製) と刻印されています

<取材協力>
昭和楽器製造
静岡県浜松市中区上島1-8-55
053-471-4341

文・写真:小俣荘子

*こちらは、2017年7月28日の記事を再編集して公開いたしました。

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