森を身近に。「奈良の森のシロップ」商品開発の道のり【奈良の草木研究】

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工芸は風土と人が作るもの。中川政七商店では工芸を、そう定義しています。

風土とはつまり、産地の豊かな自然そのもの。例えば土や木、水、空気。工芸はその土地の風土を生かしてうまれてきました。

手仕事の技と豊かな資源を守ることが、工芸を未来に残し伝えることに繋がる。やわらかな質感や産地の景色を思わせる佇まい、心が旅するようなその土地ならではの色や香りが、100年先にもありますように。そんな願いを持って、私たちは日々、日本各地の作り手さんとものを作り、届けています。

このたび中川政七商店では新たなパートナーとして、全国の里山に眠る多様な可食植物を蒐集し、「食」を手がかりに日本の森や林業に新たな価値を創出する、日本草木研究所さんと商品作りをご一緒することになりました。

日本の森にまなざしを向ける日本草木研究所と、工芸にまなざしを向ける中川政七商店。日本草木研究所さんの取り組みは、工芸を未来へ繋ぐことでもあります。

両者が新商品の素材として注目したのは、中川政七商店創業の地である奈良の草木。この「奈良の草木研究」連載では、日本草木研究所さんと奈良の草木を探究し、商品開発を進める様子を、発売まで月に1回程度ご紹介できればと思います。

5本目となる今回のテーマは「開発者対談」。日本草木研究所と中川政七商店が新しく開発した商品について、ついにご紹介する記事がやってきました。

「奈良の森のシロップ」「奈良の森のサイダー」と名付け、吉野杉や吉野桧、大和橘、モミ、クロモジ、アカマツを素材に、清涼感ある飲料に仕上げた今回の商品。いよいよ7月末に発売が迫る初夏のとある日、ともに商品開発に取り組んだ日本草木研究所の古谷知華さん、中川政七商店の内山恭子に、インタビューを実施しました。



奈良の森の可能性を届けたい

ーーまずはじめに、古谷さんにご質問です。日本草木研究所さんとして、他社と大きくコラボレーションするのは今回が初めてだと伺いました。世の中にたくさん企業があるなかで、中川政七商店とのコラボレーションを検討くださったのは、どうしてだったのでしょうか?

日本草木研究所・古谷さん(以下、古谷):

中川政七商店さんが日本のプロダクトや文化を大事にしながら商品を作っていらっしゃることは、ずっと以前から拝見していました。その姿勢をとても尊敬していて、日本草木研究所(以下、草木研)の活動についても、きっと共感してくださるところがあるのではないかと思ったことが一つです。

あとは、私自身が奈良の自然にすごく興味を持っていたことも理由ですね。奈良は林業がはじまった場所ですが、今は他の地域と同じく衰退してきています。また奈良は日本のなかでも早い時期に、漢方を作るなど植物をシステマチックに使っていたり、歴史として残していたりする土地です。森のルーツや植物の文化がすごくある場所だなと思っていたので、ここで何かを試みることに草木研としての意義も感じていました。

その他にも、今回素材に使用した果実の大和橘は別ブランドで手掛けているクラフトコーラの活動でずっと使っていて、奈良の方とやり取りもしていたので、そういったご縁を感じるところもあって。

大和橘ってもともとは森に自生していた植物なんですけど、今は活動団体さんなどの手で農業として育てられています。そこで育てられた果実や葉を使ったジンが登場するなど、「奈良といえば大和橘」といったイメージも徐々についてきて、森にある植物のなかでも産業化が成功しつつある草木だなと。

そんな風に、吉野杉や吉野桧、大和橘など、森に育つ植物を商品化して森の活用をしてきた実績が奈良にはあったので、そこに可能性を感じて商品に使ってみたいという興味があったんです。

日本草木研究所・古谷知華さん

ーー続いて、内山さんに質問です。草木を使った食品企画に取り組むと決まった際、どんな風に感じられましたか?

中川政七商店・内山(以下、内山):

最初は「どうやってやるんだろう」と思って。どんなものなら食べ物に使えるんだろうと考えていくと、自分は意外と森のことを知らないなと気付きました。

古谷さんとお会いして最初にお話を聞いた際、「日本の林業にはきこり業ときのこ栽培しかない。本当はその間にもっと可能性があるのに」っておっしゃっていて、それがすごく印象に残ったんですね。それで、その“可能性”の部分にかけてみたいなという想いがありました。

中川政七商店・内山恭子

こだわったのは森のストイックさと、飲みやすさのバランス

ーー奈良の森を素材として使用することが決まり、いろいろ検討したうえで最終的にはシロップとサイダーの開発に至りました。どんな考えからこの商品に着地したのでしょう?

内山:

最初はいろいろな可能性をお伺いしながら、草木研さんのオリジナル商品の試飲や試食などもさせていただいたんです。それで、そのなかでも一番「あ、森だ!」とストレートな驚きがあったのがシロップだったんですよ。

あとは炭酸水で割ってもいいし、煮詰めてソースに使ったり、かき氷のシロップにしたりといろいろなアレンジもできるので、中川政七商店のお客様にも楽しんでいただきやすいかなと。

古谷:

私としては、中川政七商店さんのお客様が手に取りやすいものであれば特にジャンルにこだわりはなくて、作るものも奈良の森を訪れてから考えたいなと思っていました。なので、最初から具体的に何を作るか決めていたわけではなかったんです。

とはいえ“奈良といえば”の吉野杉や吉野桧は使いたいと思っていたので、それなら食品よりも飲料の方が相性がいいなとは、過去の経験から考えていました。

内山:

そうですね、私も奈良の特産である吉野杉や吉野桧は使いたいと思っていて。だったら‥‥と、先ほどお話いただいた古谷さんからのアドバイスも踏まえて、オリジナルのシロップを開発することになりました。

それで、せっかくメインの素材を奈良で打ち出すなら、いっそ全部の香木素材を奈良のものにできないかなと。ただ中川政七商店のお客様は、草木だけで構成すると少し手に取りづらいかもしれないとも思い、もうちょっとやわらかな感じを出せるように、奈良で大切に育てられている大和橘を使用したいと考えました。

あと、奈良には吉野などの山のイメージもありますが、明日香村や奈良公園のようなちょっと下った裾野の方の、里のイメージもあると思うんです。それで里の香りがする大和橘が入った方が、奈良の植生感と奥行きが出るかなと考えて。

奈良の森のシロップ(左)とサイダー(右)。サイダーはシロップを炭酸水で割ったもの

ーーシロップの味や香りを決める際、こだわった点についても教えてください。

内山:

先ほどもお話しした通り、「森を飲む」というコンセプトとはいえ、ストイックになりすぎるとお客様が手に取りにくいかもしれないので、飲みやすく仕上げたいと思いました。

その理由から、ヒノキや杉で森のイメージは出しつつ、クセのある草木の分量は減らしていただいたのがポイントです。あとは大和橘で柑橘の香りや味を加えることで、なじみのあるものと感じていただければなと。

ただ、そんな当社の方針を踏まえて草木研さんが提案くださった1度目の試作品は、甘みがあって飲みやすかったんですけど、実は、採用を見送って。そこから「もう少し森っぽさを加えてほしい」とリクエストしたんです。

そのきっかけは、1度目と2度目の試作の間に、奈良の山へ一緒に入ったこと。雨が降るなか山守さんに森を案内いただいたのですが、そこでピリッとした山の空気や、山を守ってきた方々の崇高なプライドを感じたので、甘すぎるのは違うなという気がしました。だから「ストイックさをもう少し前に出して、バランスを出したいんです」って、2度目の試作のリクエストをして。

あまりにも飲みやすくしちゃうと草木研さんや山守さんの想いが薄まってしまい、「美味しいシロップ」で終わっちゃうなと思ったんです。

古谷:

山歩きが商品開発に繋がって私も嬉しいです。実際に山に入ることで、対象に対しての解像度が高くなって、商品のイメージが固まることってありますよね。

日本草木研究所と中川政七商店のメンバーで、初春の吉野山へ

ーー改めて、今回使用した素材について、それぞれの草木が持つ味や香りの特徴を教えていただけますか?

古谷:

はい、もちろん。
まず杉は青りんごみたいな甘みがあって、青いけどやさしい味と香りがするのが特徴です。最も顕著に香りが出るのは新芽なんですけど、葉っぱでも十分その特徴は感じていただけます。幹の方になるともう少し強い木の香りになるので、今回は枝葉のやわらかい香りの部分を使ってます。

ヒノキは皆さん、暮らしのなかで使用されるシーンが多いので、恐らく香りのイメージが一番わきやすいと思います。ヒノキの香りがすることで森らしい印象には繋がりやすいのですが、強すぎると「人が飲めるもの」と感じにくいので、クロモジや大和橘のような比較的なじみのある草木を入れることで、飲みやすく思えるように全体の印象を調整しました。

クロモジが持つニナロールという成分は、レモンや生姜にも含まれている香り。“やさしいジンジャー”のようなイメージで、草木から食品を作る時にすごく重要な役割を果たしてくれる植物です。昔からお茶などの食品に使用されてきましたが、味や香りはお花っぽいというか、あまり「木を食べている」感じはしないかもしれません。華やかで上品な味わいにしてくれる、キーボタニカルの一つです。

こちらはアカマツ。今回はチップの部分を香りづけで使用しました。削りたてのアカマツのチップって、オレンジのような香りがするんですよ。ただマツヤニの香りも少しあるので、わりと短所と長所がはっきりしている植物ですね。入れすぎるとクセが強くなって飲みづらくなるのですが、多少入れる分には独特のいい風味を出してくれます。

うちがオリジナルで作っているシロップはアカマツが多めなのですが、中川政七商店さんとの商品ではクセを出しすぎないように、ほんの少しだけ使っています。

次にモミ。モミは折るとグレープフルーツみたいな香りがして、時間が経つとベリーの香りに変わっていく不思議な特徴を持っています。シロップにはフレッシュな香りを蒸留して使うので、最初の爽やかな華やかさを演出してくれます。

内山:

大和橘は日本書紀や古事記にも出てくる、日本の柑橘のなかで一番古いといわれる果実です。500円玉の裏に描かれていたり、桃の節句では雛人形とともに「右近の橘、左近の桜」として飾られていたりと、日本人にとって実はなじみが深い柑橘なんですけど、準絶滅危惧種になっていることもあり、実際はほとんどの方は食べたことがないと思います。

ちょっと酸味や苦みがあるのでそのまま食べるのには向かないんですけど、シロップに使うと飲みやすくなるし、アクセントも出るのでちょうどよくて。大和橘の復活に取り組まれている生産者さんから分けていただいたものを使用しました。

古谷:

今回は蒸留の工程で大和橘の葉っぱを多く使うことで香りを出して、実の部分は芳香蒸留水をシロップにするときに足していています。それぞれ加工の方法が違うんです。

内山:

そうですね。結構たくさんの葉が必要だったんですけど、「シロップの製造時期にその量をカットすると木が弱るかも」と生産者さんがおっしゃったので、製造期より少し早い剪定の時期に「葉っぱを拾いに行かせてください」とお願いして、私の上司と2人で葉っぱを拾いに行きました(笑)。

古谷:

そのお話、初めて聞きました!ご自身で拾いに行ってらっしゃったんですね、すごい。

内山:

そうなんです。乾燥する前に摘んで冷凍しなくてはいけないので、生産者さんの倉庫にこもって、運び込まれた枝からせっせと摘みました(笑)。

心をやすめて、森を身近に感じる機会に

ーーシロップが完成してついに7月末に発売となります。お客様へのメッセージをそれぞれいただけますか?

内山:

夏の時期の発売となるので、涼やかな気持ちになれる味わいに仕上げました。ソーダで割ったり、お酒に一滴たらしたりしながら、忙しくされていて気持ちに一区切りつけたい時や、ゆっくりできる夜などに、時間をかけて楽しんでもらいたいなと思います。

美味しく飲んでいただきながら「アカマツとかクロモジってどんな葉っぱなんだろう」って、それまで気に留めなかった草木について調べたり、その背景である森にも想いを馳せたりする時間になれば嬉しいです。

古谷:

当社オリジナルのシロップを飲んでいただいたお客様から、「森を感じました」とか「森林浴をしている気分になりました」といった感想を頂くことが多いんです。普通に街で暮らしていると森って身近にないじゃないですか。そんな風にいまの日本の暮らしって、自然との距離が遠くなりつつあると思うんです。

シロップ一つでいきなり森と近づくのは難しいかもしれないんですけど、でも、蓋を開けたときの森の香りや、「奈良の森ってなんだ?」なんて違和感から、少しでも森や自然を想う時間が暮らしのなかに生まれるといいなと思います。


<次回記事のお知らせ>

中川政七商店と日本草木研究所のコラボレーション商品は、2024年の7月末に発売予定。「奈良の草木研究」連載では、発売までの様子をお届けします。
最終回となる次回のテーマは「奈良の森のシロップの楽しみかた」。そのまま飲むだけじゃない、いろいろな活用方法をご案内します。

<短期連載「奈良の草木研究」>

文:谷尻純子
写真:奥山晴日

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