【地産地匠アワード】瓦から食卓へ。ものづくりの転用によって、越前の風景を未来に繋ぐ

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。
そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。2024年の初開催では、4つのものづくりに賞が贈られました。

今まさに日本各地で芽吹きはじめた、4つの新しいものづくりのかたち。この記事ではその中から、福井県越前市で生まれた「越前瓦器(ECHIZENGAKI)」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

瓦の産地・越前の景色を映した、テーブルウェア

板皿ってどことなく緊張感があるものが多いけれど、越前瓦器は安心して触れそうな感じがする。実際持ってみると、ざらっとした土の手ざわりを残しつつ、角に丸みがあって優しい肌あたり。これなら机も傷付かないし、お皿の縁が欠けてしまうことも防げそう。よく見ればうっすらと高台があって、裏面にも釉薬がかかっているからカビにも強そう。わが家でも気兼ねなく使えるかも…。

見れば見る程、使い手への配慮を感じるデザインに、よくよく考えて作られたプロダクトの気配を感じます。どうやら瓦の作り手さんが手がけているらしく、言われてみれば、どことなく瓦らしさも感じる佇まいです。
どんな過程を辿って生まれたのか。ものが生まれた背景を求めて、福井県越前市を訪ねました。

越前セラミカ工場

量産品でも、本来の焼き物らしいものづくりを。純粋な熱量から始まった商品開発

左からプロダクトデザイナーの高橋孝治さん。越前セラミカの石山享史さん。コーディネーターの役割を担った新山直広さん

「ふつう仕事って、越前セラミカさんから依頼をされて、デザイナーが動くパターンが多いんですけど、今回に関しては反対だったんですよ。僕らの方から声をかけて、クライアントワークではなくプロジェクトのような形で始まりました」(新山さん)

そう話すのは、今回コーディネーターの役割を担った新山さん。地域特化型クリエイティブカンパニー「TSUGI」の代表として、これまでにも越前鯖江エリアの地域づくりを実践してきました。
越前瓦の作り手である越前セラミカ・石山さんと、プロダクトデザイナーの高橋さんを繋ぎ、越前瓦器が生まれるきっかけを作った、その人です。

「じつは、石山さんに声をかける前に、高橋さんと一緒に動いていた仕事があって。それは結局形にはならなかったんですけど…。その時に高橋さん、ずっと土の話をしてたんですよ。デザインの話ではなくて、どこのどういう性質の土なのかっていう話をしていたのが印象的で。高橋さんの焼き物への造詣の深さを生かして形にできる、土から始まるものづくりを一緒にできるところがないかと考えて、思い浮かんだのが越前セラミカさんでした。

前の企画は頓挫したものの、僕としては、高橋さんを越前と繋げたい気持ちが変わらずにあって。高橋さんも、『このままじゃ終われないからぜひやりましょう』と言ってくれたんですよね」(新山さん)

一方、声をかけられた越前セラミカの石山さんは、当時を振り返ってこう話します。

「うちも瓦だけでなく新たな柱を作らなければ、という課題感は持っていたので、いいきっかけだなという気持ちが大きかったです。
ただ、やっぱり費用面の不安はありました。だけど新山くんが、『なんとかするし、やりましょう』と言ってくれて。高橋さんも窯業地に拠点を置かれているので、焼き物メーカーの状況をよく分かってくれていて。『まずはいい商品を作って、売れたら成功報酬で考えていきましょう』と言ってくれたんです。

なにより、瓦工場がどういうものの作り方してるか、作る工程を見て、そこから考えていこうって言ってくれたので、迷いなく進めたと思います」(石山さん)

そうして2022年の年末に取り組みがスタート。結果として、地産地匠アワードの受賞に繋がったものの、当時はあてにできる資金や販路支援はゼロの状態。それでも、とにかくいいものを作りたいというものづくりへの熱量を糧に、三者での協働プロジェクトが始まりました。

シングルオリジンコーヒーのような「土」から始まるものづくり

自らも窯業地である常滑に拠点を構えて活動する中で、焼き物の製造現場に深く入り込んできた高橋さん。そんな高橋さんから見ても、越前セラミカのものづくりは、「土」に特徴があると言います。

「越前セラミカさんの土は、コーヒーで言う、シングルオリジンみたいな土なんですよ。
理由は2つあって、どこの土かある程度地域が特定されること。もう一つは、調合度合いが少ない、ということです。

そもそも越前セラミカさんは、建築陶器のメーカーとして自社に精土工場を持っているのですが、うつわを作るメーカーとしてはそれは珍しいことで。作家さんは自分で土を掘ることもあると思いますが、量産の食器メーカーは基本的に土屋さんが作った土を使うことが多いんです」(高橋さん)

越前セラミカの精土工場に掲げられている看板

「越前セラミカさんに初めて伺った時に、精土工場の外にある看板に『越前瓦の品質の向上は常に原土に左右される』と書かれているのを見て、あんまり手を加えてないんだろうな、ここなら地元の土味を生かした量産の焼き物のうつわが作れるんじゃないかと感じました。

焼き物らしい土味や個体差は、うつわの量産品においては売りにくいものとして扱われてしまうことも多いのですが、越前瓦は、土ありきのものづくり。おおらかな本来の焼き物らしさを備えていると思ったんです」(高橋さん)

精土工場で土を仕立てていく様子

「実際に精土工場を見せてもらうと、超シンプル。掘ってきた土の中から、植物の根や大きい石だけを省いて、練って、網目を通して仕立てていて。水中で溶かして分けたり、細かなメッシュに通したりもせず、極力、原土のままの印象です」(高橋さん)

地域の土だからこそ作れる。地域の気候に求められる瓦の機能性

「越前瓦はもともと、地域で採れる土の特徴を生かしたものづくりなんです。
水分量の多い重い雪が降るエリアなので、何よりもまずは丈夫であることが求められる。だからこそ、この地域で採れる耐火度が高く、高温で焼き締められる土が品質として適しています」(石山さん)

「それと、吸水性の低さも求められます。吸水性が高いと、瓦が雪の水分を吸って凍ってしまうので。瓦の吸水率は10%程度でもJIS規格を通るんですけど、 越前瓦は3%前後の吸水率の低さを発揮するんです。越前瓦は、強度と吸水性の低さの点で非常に優れています」(石山さん)

瓦屋根が続く、越前の町並み

「越前瓦は、ここの土で、この焼き方で、この釉薬でこそ作れるようになったものなんです。地域で採れる土が、地域の気候に求められる機能にマッチしていて、そこに地域の知恵を乗せて脈々続いてきたものだと思っているので、僕はそれをずっと守り続けたい。

自社で土を作るっていうのは、大変です。本当に、大変なんですけどね。でもそれが越前瓦なので、これからも続けていくつもりです」(石山さん)

食卓でも生きる、暮らしになじむ佇まいと機能性

そんな土の機能性は、食卓のうつわとも相性が抜群だったそうです。検査機関に出したところ、電子レンジと食洗機にも対応することが判明。北陸の過酷な自然環境に耐えるための機能性が、食卓でも活きることが分かりました。

「僕は何より、地域で採れる土を使っておおらかに原料処理して作ることで生まれる、表情の豊かさがいいと思っています。石が爆ぜてるし、焼きムラも出て味がありますよね。色や風合いは作家もののように豊かでありながら、日用品らしい普段使いしやすいものができたと感じています」(高橋さん)

そう、このうつわ、とても使いやすそうなのです。瓦から食卓の道具に変換するにあたって、デザインにはどのような狙いがあるのでしょうか。

「瓦って、光の反射の仕方がやわらかい曲面と、端の切り落としのコントラストが、らしい印象を作っていると思ったんですよね。手取りを良くしたかったので、瓦のたっぷりとした厚みは踏襲せず、やわらかな光の受け方をする両脇のリムと、バスンと切り落とした端のメリハリで、瓦らしい印象をまとわせています」(高橋さん)

「ただ、まんま瓦ではないんですけどね。瓦自体には料理を盛る情緒性はないので、そこは少し切り離した方がいいなと思って。何も言われなかったら、瓦っていう文脈が分からないくらいの方が、料理を盛るにはいいんじゃないかと思っています。
だから、瓦っていう文脈との距離感の調整は、狙って作りましたね」(高橋さん)

実際に料理を盛ってみれば、その佇まいのよさに、次は何を盛ろうかと楽しくなるようなうつわです。よく見れば土の表情が豊かだけれど、主張し過ぎず生活空間に馴染む落ち着いた色合い。和洋さまざまな料理を引き立ててくれます。
瓦もうつわも、人の暮らしの景色としてなじむもの。そう考えると、この転用はとても自然なものだと感じます。

作り方は、瓦と同じ。工場の生産効率を高めるものづくりの形

「形状は違うものの、製造工程を見た上で企画してくれてるので、作り方はほとんど瓦と一緒なんです。
ただ、瓦と違ってうつわは手に取るものなので。手やテーブルなどが傷付いてしまわないような配慮が必要で、その仕上げ工程は少し追加しました。
でも基本的な作り方は瓦と一緒なので、無理がなく作れているのもありがたいところです」(石山さん)

トンネル窯。24時間じっくりと窯の中に入れて焼き上げていく

「むしろ、窯のエネルギー効率は高めてくれる存在になるとも感じています。窯は稼働日が多くなるほど、冷めないまま次の窯焚きができて、エネルギー効率が高まるんです。
だからと言って瓦ばかり毎日焼いていても、在庫がはけなくなってしまう。別の柱を作って、それが育ってくれれば、窯の効率はどんどん高まります」(石山さん)

越前瓦とともに、日本の風景を未来に繋ぐ

「越前瓦器が新たな柱商品に育ってほしいと願いつつ、やっぱりそれだけが売れればいいわけでもなくて。

昔は越前に50社以上あった瓦メーカーが、今では2社にまで減ってしまいました。当然うちも瓦の売り上げは伸びず、非常に苦しい状況になっています。それでも、瓦作りを止めてしまえば、地域の神社仏閣や文化財、地域の町並みが守れない。だから越前セラミカのミッションは、越前瓦をきちんと供給し続けていくことだっていうのは強く思っていて。瓦屋根のある日本らしい風景を残していきたいと思っています。」(石山さん)

「そのためにも、生活の中でなんらか瓦を意識してもらう場面を作りたいという想いがありました。今は、家を建てる時に、提案にすら乗らない状況になってきているので。まずは選択肢としてあることを、知ってもらわないといけない。今回の取り組みは、まさにそこにアプローチできるものになったのかなと感じています。

瓦のらしさや魅力をここまでうつわに表現してもらえたのが本当にありがたくて。 早く皆さんにお届けしたいし、どんどん作っていきたい気持ちが高まっています」(石山さん)

「まだ発売してないから、あんまり言い切れない部分はあるんですけど、でもなんか、結構いいところに落ちたんじゃないかなっていう風には思っています。
うつわってもう形が極まっていて、新しいものが生まれにくいんですよね。新しいものが生まれたとしても、個性的すぎて普及しないことが多いんです。
でも、今回は新しいとも言えるし、手頃な価格で普及しそうな可能性をはらんだものができたんじゃないかなと感じています」(高橋さん)

そうして取材が終わった後も、「パッケージについてちょっと打ち合わせしませんか?」「やりましょう。やりましょう」と3者でどこまでもものづくりを突き詰めていく様子が印象的でした。

地域の歴史や風土が積み重なった越前瓦のものづくりに、新たな意匠を乗せて。越前瓦器の物語は、これからも続きます。

地産地匠アワードとは:
「地産地匠」= 地元生産 × 地元意匠。地域に根ざすメーカーとデザイナーがつくる、新たなプロダクトを募集するアワードです。


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文:上田恵理子
写真:阿部高之

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