“通う”ことで、毎日の料理が変わる。新しい菜切包丁「kayoi | 通」【地産地匠アワード】

土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。

そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。

「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。

2026年の受賞プロダクトの中から、福井県越前市でうまれた「kayoi | 通」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

越前打刃物の、昔からある「菜切(なきり)包丁」を新しくする

毎日のように使う道具のひとつである、包丁。いざ選ぼうとすると、三徳、牛刀、菜切、ペティなどと用途によって種類は多く、刃の素材やデザイン、産地による違いなどもあり、迷ってしまいます。一方で、丁寧に作られた使い心地のいい包丁を手にすると、その違いは直感的にわかるもの。

今年の地産地匠アワードを受賞した包丁「kayoi | 通」も、そんな1本です。手にすると、まず「軽い」。実際に野菜を試し切りすると、力を込めなくてもスッと切れ、「あ!」と思わず声が出てしまうほど、その違いと気持ちよさを体感できます。

「kayoi | 通」が生まれたのは、越前打刃物の産地である福井県越前市。企画・製造を担ったのは、刃物の問屋業を中心に、製造販売や修理までを行う山田英夫商店の三代目である前澤峻さん。そして、デザインを担当したTIDSの上島弘祥さんです。

山田英夫商店の三代目・前澤峻さん
 TIDSの上島弘祥さん

土地の風土と手仕事の技が結びつき、和紙、漆器、焼き物、眼鏡など多くの工芸が息づく福井県。越前市で700年余りの歴史をもつ越前打刃物(えちぜんうちはもの)は、京都の刀匠・千代鶴国安が刀剣づくりに適した土地を求めて越前に移り住み、農民のために鎌を作ったことが始まりとされ、その技術が農具や包丁へと受け継がれてきました。

「特に菜切包丁は、この産地でよく作られていたものなんですよ」

そう前澤さんが話すとおり、四角い刃が特徴の菜切包丁は野菜を切るのに適し、かつては日本の家庭で広く使われる定番でした。しかし、昔ながらのイメージや、刃が大きく重いと感じられることに加え、食生活の洋風化とともに肉・魚・野菜を一本で扱える三徳包丁が普及したことで、次第に主役の座を譲っていきました。

「それでも、硬い野菜を切ったり、細かく刻んだりしやすいなど菜切包丁には菜切包丁の良さがあります。その良さはそのままに、もう少し小さいと使いやすそうだなと思って、自分で試作して使っていました」(前澤さん)

理想を求めて前澤さんが自作していた菜切包丁(写真左)
一般的な菜切包丁との比較。「kayoi | 通」(写真下)がひとまわり小さいことや、フォルム、質感の違いがわかる

百貨店の催事などで直接販売も行う前澤さん。お客さまから「もう少しコンパクトな包丁がほしい」という声を聞くことも増えていました。そこで、今だからこそ使いたくなる菜切包丁の開発へ。自身の実感とお客さまの声が、「kayoi | 通」誕生への第一歩となりました。

昔ながらの菜切包丁を見つめ直し、現代の暮らしに合う道具へ

菜切包丁への思いを持っていた前澤さんに転機が訪れたのは、福井県の伝統工芸に現代のデザインや暮らしの視点を取り入れ、新たな商品や価値を生み出すプロジェクト「F-TRAD」への参加でした。

現在、三代目として家業を担う前澤さんですが、大学卒業後は教職に就いており、家業に加わったのは約10年前。祖父から父へ世代交代する時期に仕事を手伝うようになりました。

山田英夫商店の二代目であり代表である西本信博さん。わずかな歪みを調整し、切れ味のいい包丁を世に送り出している
工房に「カーン、カーン」と鳴り響く、銘を切る音。たがねという工具をハンマーで叩き、包丁にフリーハンドで名前を刻んでいく様子は圧巻だ

「父も、これからは卸だけでは難しいということで、オリジナル商品を作っていました。僕も同じように感じ、新しい自社商品を持ちたいと考えていた矢先に『F-TRAD』のお声がけをいただいたので、やってみようと思ったんです」(前澤さん)

参加したのは、福井県内の伝統工芸の職人と、福井県外を拠点とするデザイナーの協働により商品を生みだすプロジェクト。そこで出会ったのが、上島さんでした。

「最初の打ち合わせで、前澤さんから『菜切包丁を作りたい』というお話があり、自作の試作品も見せていただいたので、目指すものはすぐに決まりました。普段の商売での実感やお客さまの声もすでにあったので、僕はそれを形にしていく役割でした」(上島さん)

「僕らには構想はあってもそれを形にする力がないので、上島さんの力がとてもありがたかったです」(前澤さん)

1970年創業の山田英夫商店。越前打刃物の流れを汲み、卸問屋として商品を販売するだけでなく、研ぎ直しやメンテナンス、刃物の仕上げ、オリジナル商品の開発なども展開する

受け継いできたものから自然に生まれたかたち

「kayoi | 通」を作るにあたり、大前提にあったのは、前澤さんのオーダーでもある「ちょっと小さめな菜切包丁」にすること。

上島さんはまず、生活者として包丁を見つめ直しました。

「僕自身、包丁を頻繁には使っていなかったので、いざ買おうとすると、何を手掛かりに選べばいいのか分からなかったんです。だから、包丁の魅力にたどり着くための『入口』や、ふと目に留まって意識に残るフックが必要だと思いました」(上島さん)

リサーチするなかで見えてきたのは、都市部を中心にキッチンやまな板がコンパクトになっていることや、スーパーではカット済みの野菜も増え、家庭で食材を切る量や機会が変化していることでした。

「だからこそ、コンパクトで手軽だけれど、本格的に切れる包丁が今の暮らしには合うんじゃないかと思いました」(上島さん)

いくつかの工程を分業して作りあげられる「kayoi | 通」の刃。外注により原型ができたあと、刃付けは職人の技で前澤さんが行う
刃付け後は、「中子(なかご)」と呼ばれる柄の中に入る軸の部分を赤くなるまで熱していく
中子を差し込む柄の穴が大きすぎるとゆるくて抜けやすくなるため、穴を小さめに作り、熱した中子で穴を焼いて焦がしながら入れ込んでいく。ぴったりと合うようになる昔ながらの工夫なのだそう
最後は木槌で柄尻を叩くと、まっすぐしっかり中子が入っていく

前澤さんが日々の商いの中で感じていた実感と、上島さんが生活者としてリサーチした視点が合致し、そこから刃、柄、質感、パッケージまで、細部にわたって検証を重ねていきました。

菜切包丁は、幅の広い刃だからこそ薄さと適切な断面角度を作ることができ、力で押し切らなくても刃の重みを利用して自然に刃を落とせます。

「千切りやみじん切りもしやすいですし、特に硬めの根菜もストンと楽に切れますよ」(前澤さん)

柄の固定と防水のためにすき間へ入れるのは、なんと溶かしたロウソク。後にメンテナンスがしやすくなることもあり、前澤さんはあえてこの昔ながらの方法を採用した

それでいて、「kayoi | 通」を手にした人の多くが最初に口にするのは「軽い」という言葉だそう。その感覚を支えているのが、自然と刃元に近い位置を持ち、少ない力で扱えるよう工夫された柄の形です。

少し丸みを帯びた柄は目を引くだけでなく、無駄な力をかけず、切る部分へしっかり力が伝わるよう設計されています。上島さんが3Dプリンターで何十通りもの試作品を作り、くぼみの深さやカーブ、厚みを少しずつ変えながら検証しました。

前澤さんのリサーチや体験から見えてきたニーズを、いかにそのまま魅力として商品に落とし込むのか、翻訳家のような立場でクリエイションを進めていった上島さん。フォルムを決めるまで3Dプリンターを使った試作を繰り返し、握り心地を探っていった

その過程で大切にしたのが、作り手が受け継いできたアイデンティティを、デザインによって顕在化させることでした。

「前澤さんがお客さまに包丁の持ち方や力の入りやすい位置を伝えていることが印象に残っていましたし、先代が作った包丁にも、柄に指がかかって持ちやすくなる特徴的な形がありました。そうしたものを今回の菜切包丁にも取り入れたいと思ったんです」(上島さん)

当初は、指の位置がはっきり分かるくぼみも試しました。しかし、形が「ここを持ってください」と指示しているように見え、毎日使う道具としては少し理屈っぽく感じたといいます。

暮らしや空間、所作など、日常に「溶け込む」デザインを大切に、最適な形を検証。それは触り心地や素材にもおよび、朴の木を採用した

そこで、自然な所作のなかで無理なく手になじむ形を探り、緩やかな曲線のなかにくぼみを作る現在の形へ。実際に握って「これだ」と思うものは、二人とも自然とすぐに一致しました。

刃と同様に、絶妙な加減を調整するため、柄の仕上げを行うのは前澤さん。マット感のあるナチュラルな仕上がりになるよう、ヤスリの粗さや回数なども調整を重ねた。耐久性と強度を持たせるため、仕上げにガラスコーティングを施している

手のひらで包み込みたくなるようなフォルムと、自然に指先が柄の先端へ導かれる緩やかなくびれ。こうして生まれた柔らかな曲線は、握りやすさを支える機能であると同時に、「ちょっと触ってみたい」と思わせる、この包丁の顔にもなりました。

研ぎ直して気持ちよく使い続けることまで、デザインする

現代の生活環境や食材のあり方に寄り添ったサイズ感、しっかりと力が入る握り心地、優れた切れ味、暮らしに溶け込むフォルム。そして「kayoi | 通」には、もうひとつ大きな特徴があります。

それが、「研ぎ直しをする仕組み」までデザインしていること。

「kayoi | 通」というネーミングには、刃先まで力が“通う”ことと、作り手と使い手が“通い合う”ことという二つの意味があります。その思想を象徴しているのが、パッケージです。

シンプルな美しさが宿るパッケージ。包丁がすっきりと収納でき、研ぎ直しの通い箱にもなる優れもの

「普段から包丁の研ぎ直しはしていますが、店頭でお客さまのお声を聞いていると、『どこに出せばいいのか分からない』という方が多いんです。送るとなると送料もかかるし、梱包も面倒です。心地よく使ってもらうには研ぎ直しが大切なので、できるだけ気軽に利用してもらい、長く使い続けてほしいと思っていました」(前澤さん)

その思いを受け、上島さんが考えたのが、パッケージそのものを「通い箱」にすることでした。

「kayoi | 通」は、ボール紙でできた箱に入っています。購入後もこの箱を取っておけば、そのまま研ぎ直しの返送箱として使える仕組みです。発送までの手順も箱に記載され、コンパクトなためレターパックにも収まり、余計な手間やコストをかけずに送ることができます。

「のりなどを使わず、1枚の紙を展開して作っているので、無駄なコストを抑えたパッケージになりました。刃物なので、輸送時に飛び出さないよう設計するのは大変でしたね」(上島さん)

さらに、メンテナンス方法や研ぎ直しのタイミングを生活のなかで思い出してもらえるよう、QRコード入りのマグネットカードも同梱。冷蔵庫など目につく場所に貼ることで、いい状態で長く使い続けるためのきっかけになります。

研ぎ直しの目安やお手入れ方法がわかるQRコード入りのマグネットカード。包丁と同様に生活へ溶け込むようデザインされた

「店頭で、うちで研ぎ直しをしていることをお伝えすると、それなら安心して買えるというお客さまもいらっしゃいます。研ぎ直しへのアクセスがあるのとないのとでは、やっぱり違うと思います」(前澤さん)

「kayoi | 通」のラインアップは、菜切包丁と現在一般的に人気の高い合刃包丁の2種類。この区別を付けるシンプルなパッケージデザインが「僕たちでは思いつかないもので、一番気に入っています」と話す前澤さん

包丁そのものだけではなく、売ったあとの動線やコミュニケーションまでデザインする。食を作る人、食べる人、そして研ぐ人。それぞれの心が通い合う包丁を作りたいという思いは、「kayoi | 通」という名前にも、シンプルですっとなじむロゴにも込められています。

「通う」ことの先にある、新しい広がり

取材中にもお客さまが次々と訪れるほど、前澤さんのもとには日々、研ぎ直しの包丁が持ち込まれます。なかには何十年も研ぎ続け、元の姿が想像できないほど小さくなった包丁も。

下の包丁は、元々上の包丁とほぼ同じ形状だったとのこと。質のいい包丁は、研ぎ直しをしながら、長く愛用することができる証拠だ

「研いでいけば、こんなに小さくなっても使えるんです。だから、できるだけ長く使ってほしいですね」(前澤さん)

上島さんが前澤さんと出会った時、特に印象に残ったことがあるといいます。

「たくさん売りたいということより、よさを理解して買ってくださったお客さまに、長く大切に使ってほしいという強い気持ちをよく話されていました。普段からお客さまと対面して、使う側の声を聞いている。人とのつながりや使う人の気持ちを大切に商売やものづくりをされていると感じたので、この商品も、人とのつながりを大切にできればという風に思いました」(上島さん)

そんな思いから生まれた「kayoi | 通」は、発売後、二人の想像を超える使われ方を始めています。

「ロールケーキやババロアが潰れずに切れたとか、自家製うどんの麺を切るのにちょうどいいとか。スパッときれいに切れるので『サラダの味が変わった』『もはや切れ味が調味料になる』など、僕たちが想像していなかった声もたくさんいただいています」(上島さん)

昔からある菜切という道具を、今の暮らしに合う形で提案し直したら、今度は使い手から新しい使い方が返ってくる。それもまた、「kayoi | 通」という名前によく似合います。

「最初に上島さんと『菜切フィーバーが起こるといいよね』と話していたんです。本当にそうなって、いろいろなものが通うように輪が広がってくれると嬉しいですね」(前澤さん)

包丁は、一度買えば長く使うものです。だからこそ、買う瞬間の美しさだけでなく、切ること、手入れすること、研ぎ直すこと、そして再び手元へ戻ってくることまで考えることは、使い手にとっても大きな意味があります。

刃の素材には、高硬度、高耐摩耗性のステンレス刃物鋼・VG7を採用。切れ味のよさに定評があり、独特の刃付けをしている「kayoi | 通」の研ぎ直しも、安心して行える

刃先に力が通う。使い手と作り手の間を道具が通う。そして、越前の地で受け継がれてきた技術が、今の暮らしへと通っていく。

「kayoi | 通」がもたらしたのは、プロダクトとしての新しい包丁だけではありません。毎日の料理をほんの少し気持ちのいい時間に変えること。そして、よい道具を手入れしながら長く使うことを、もう一度身近にするための仕組みです。

約700年続く越前打刃物とこれからの暮らし。その間に、新しい「通い」が始まっているようです。

文:安倍真弓
写真:黒田タカシ

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