“ふわふわ”の向こう側に蓄積された、ものづくりへの情熱と経験。ウールニューマイヤー毛布「SERENE」【地産地匠アワード】
土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。
そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。
「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。
2026年の受賞プロダクトの中から、日本一の毛布のまち・大阪府泉大津市で生まれたウールニューマイヤー毛布「SERENE(セレーン)」を取り上げます。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。

ある時、京都で開催されていた暮らしのポップアップイベントに、ご年配の女性が訪れました。
来場理由を聞くと、「長年、眠る場所にこだわりがなく、ソファや床で適当に寝ていた私の姉が『最近は布団に入るのが楽しみだ』と話してくるの。聞けばこちらのウール毛布を使い始めてからだというので、どんなものか自分の目で確かめたくて来たんです」とのこと。
睡眠に無頓着だった方のライフスタイルが、毛布の心地よさひとつで変わってくる。
この毛布こそが今回の主役、大阪・泉大津生まれの“ふわふわ”ウールニューマイヤー毛布「SERENE」です。

いい素材と高い技術をふんだんに使った「足し算」のものづくり
ニューマイヤー毛布とは、両面を起毛させた軽い1枚毛布のこと。通常は合成繊維で作られることが多いニューマイヤー毛布ですが、「SERENE」では厳選されたウール素材を使用。ふわふわとした極上の肌ざわりがあり、ふんわりと軽く、しっかりと暖かい毛布に仕立てています。
「SERENE」が作られているのは、大阪湾に面した町、泉大津。毛布の産地として知られるこの場所で、テキスタイルデザイナー・廣瀬友子(ひろせともこ)さんが「ふわっふわのウール毛布が作りたい!」と動き出したことからすべては始まりました。

個人で、眠りと暮らしのライフスタイルブランド「LOOM&SPOOL」を立ち上げて6年目。廣瀬さんは、自身が子どもの頃の日本の毛布には、今とは違う価値があったと感じています。
「昔は日本の毛布って割と良いものだったし、落ち着ける存在であり、心のよりどころでもあったし、自立や引越しする時にもずっと持っていく存在でした」
だからこそ、日本の毛布の良さを今の暮らしにもう一度届けたい。昔ながらの毛布そのままではなく、今のライフスタイルに合うものへ。そんな思いも「SERENE」には込められています。

そして、その思いに応えたのが、泉大津で約80年にわたり国産毛布を製造する・川崎毛織(けおり)株式会社の川崎弘治(かわさきこうじ)さんです。

廣瀬さんが最初に「SERENE」の生産にこぎ着けたのは2020年。しかし、生産を重ねるうちに少しずつ毛足が短くなり、ふわふわ感が薄れてしまうという課題に直面していました。
さまざまな事情が重なって、理想とする風合いから離れていく状況に、「これではいけない」と、2025年、新たな工場を探してたどりついたのが川崎さんでした。
SNSのダイレクトメッセージで「相談に乗って欲しい」と連絡を取り、これまで感じていたことや、作りたい毛布のイメージをすべて伝えたところから、共同開発が始まりました。
川崎さん自身も、長年OEMを中心に毛布を生産してきた中で「20年ぐらい前の毛布の品質が圧倒的にいい」と、感じることが多くなっていたそう。
年々材料費が上がる一方で、コストを抑えるために素材や工程を少しずつ削っていく。そんな「引き算」のものづくりに、職人として思うところがありました。

「グレードがいい素材があれば使いたいし、毛足ももっと長くしたものを作りたい」
そういった歴年で抑え込まれていたジレンマが一気に解放された川崎さん。協力しない理由はどこにもありません。
廣瀬さんの「もっとこうしたい」という思いが、川崎さんにとっては、培ってきた技術をふんだんに使えるチャンスだったのです。
「どこにも負けない風合いを」
大量生産を追うのではなく、他社にはできないものを作る。それが、これからの産地を生き残るためのひとつの道でもありました。

極上のふわふわを生む、天然素材×技術のこだわり
毛布に使用しているのはオーストラリア・ジローン地方の最上級グレードである「メリノウール」。糸の細さや長さまで指定し、糸の商社に買い付けを依頼しているのだそうです。

このこだわりの糸で編まれた約23mmの長さのパイルが、ふわふわの肌ざわりと空気層を生み、ウール本来の断熱性や保温性を引き出します。
また当初は、白糸で編まれた基布がパイピングのない端から見えたり、毛足の間から透けて見えたりすることで、クレームにつながりやすかったのだそうです。

そこで出てきたのが、基布に使う糸そのものを黒く染めるという発想でした。毛布は通常、ふわふわの毛羽部分(パイル糸)と、土台となる地糸部分(基布)から成り立っていて、パイル糸も基布も白糸のままで編み、必要に応じて後から染めるのが一般的です。
最初から黒く染まった糸で基布を編むことで、グレーの毛のベースとして透けて見えても違和感がなくなり、かえって深みと高級感がプラスされました。

理想のために、ひと手間を惜しまない。
「この毛布のためだけにゼロから開発してもらっているんです」と、廣瀬さんも川崎さんとの共同開発を頼もしく感じているようでした。
パイルの密度も、一般的な仕様に合わせるのではなく、理想の風合いから逆算して決めています。密になりすぎるとぎゅっと詰まって毛が立ってしまう。そこで、あえて密度をちょっと少なくする。
そうすることで毛が流れて倒れ、長さも感じられ、空気も含むし、あったかいのだとか。
しかも、この毛布は表面だけでなく、裏面にもしっかりパイルを引っ掻き出して起毛させています。
「1枚で両方からパイルが開くんです。だから軽いのに、空気をたっぷり含んで、あったかい」(廣瀬さん)
表と裏の風合いが少し違っているのも特徴なのだそうです。

天然素材であるウールの良さを活かしながら、さらに職人の技でその魅力を引き出していく。この毛布は、素材と技術の掛け算で生まれていました。
毛布の違いが一番出る「起毛」の工程。数値化できない職人の感覚
ここからは、実際の工場の様子をお届けしていきます。そこには機械だけでは完成しないものづくりの姿がありました。

まず、カールマイヤーと呼ばれる経編(たてあみ)機を使い、パイル糸と基布でベースを編み上げます。そこからセンターでカットされ、染めや起毛などの加工を経て、少しずつ毛布らしい表情へと仕上がっていきます。





たくさんの工程で機械が使われていても、絶えず職人の目と手による微調整が入ります。なかでも川崎さんが大切にしているのが、毛布の違いが一番出るとされる「起毛」の工程です。

以前は外注先に任せていた起毛加工。川崎毛織では約4年前、和歌山で廃業した工場から起毛の機械を買い取り、再び自社に導入しました。そして、一度外注先で加工をかけた生地に、自社で状態を見ながらさらに起毛をかけていく方法へシフト。

その理由は、「納得のいくものに仕上げたい」という思いがあったから。
川崎さんが目指していたのは、先々代から教えられた「世界一の品質を目指し、お客さまに満足していただける心地よさ」。
1回で足りなければ、もう一度。それでも足りなければ、3回でも、4回でも納得のいくまで繰り返すこともあるそうです。

その判断は、機械まかせにも、数値にもできない職人の感覚の世界です。
起毛工程では、針の硬さや形状を変え、生地の厚みに合わせて圧も調整します。後ろを押さえる力が強すぎれば、前で起毛させる力が足りず、ゴワゴワとした仕上がりになることも。


特にウールは難しく、起毛機に通すスピードも半分に落とします。
「SERENE」にいたっては、さらにスピードは遅く、「毛足が長すぎてなかなか針が入らず苦労している」と川崎さんは苦笑い。それを聞いた廣瀬さんは「ふふっ」と笑いますが、その表情からは、全幅の信頼を寄せているのが伝わってきます。

川崎さん自身、若いころから現場に入り、さまざまな素材や加工を経験してきました。年間100種類以上の毛布のサンプルを手がけた時代もあります。
「手で触った時の響き方」などで判断していくその感覚は、今まさに川崎さんから息子さんへ受け継がれている最中です。


取材中、試作品を見て「すごい!いいですね!!」と目を輝かせる廣瀬さんに、「なにか考えてよ」と川崎さん。
いくつか見ているうちに、廣瀬さんも「ちゃんと考えよう」とポツリ。
ものづくりの現場で、新しいアイデアが生まれようとしていました。

泉大津が元気じゃないとやっていけない
国内の工場や地場産業が厳しい状況に置かれる中、泉大津も例外ではありません。
かつて泉大津は、市民の5人に3人が毛布産業に関わるほどの一大産地でした。現在では、日本毛布工業組合に加盟する工場も減り、産地そのものが縮小しています。
作る技術はあれど、自社での開発・販売は難しいところがほとんど。さらには高齢化や後継者不足による廃業など、産地が抱えている課題はひとつではありません。
「私ひとりがいくら頑張っても力は小さく、影響がない。本当に藁にもすがる思いでアワードに応募したんです」(廣瀬さん)
廣瀬さんが求めたのは、泉大津で毛布が作られていることそのものを知ってもらうこと。
その思いは、川崎さんも同じでした。
「タオルと言えば今治なのは、日本人はみんな知っている。でも泉大津=毛布だと知っているのは、本当に限られた人だけ」(川崎さん)
今回の受賞はひとつの希望へとつながったと言います。

川崎毛織は約20年前、以前の工場が火災で全焼する困難にも直面しています。そんな時に支えてくれたのが、普段は競合関係にあった同業者の存在でした。
「立て直すまで外注は全部任せてくれ」
その言葉に背中を押され、川崎さんは事業を続ける決意を固めたと言います。産地が縮小してしまう中、同業者はライバルであると同時に、互いを支える仲間でもあるのです。

廣瀬さんのLOOM&SPOOLもまた、コロナ禍で商品倉庫が全焼するという困難を経験しました。何も考えられない状況の中、泉大津の工場が力を貸してくれて、新たな付加価値をつけて商品が生まれ変わったこともあったそうです。
「泉大津がちゃんと元気じゃないとやっていけないし、泉大津にちゃんと還元したい」(廣瀬さん)
そのために、新商品を作るばかりではなく、同じ商品を長く作り続けることで工場の技術も磨かれていく。
商品を育てることが、産地を育てることにもつながっていくのです。
ふわふわの向こうにある、ものづくりの時間
羊を育て、毛を刈る。
毛を洗い、紡いで糸にする。
糸を編み上げ、染め、起毛させ、裁断して縫う。
そして最後に、人の目と手で検品する。
1枚の毛布ができるまでに、数えきれないほどの人と工程が関わっています。工場を歩いてみると、完成した毛布だけを見ていたときには気づかなかった、ものづくりの長い時間が見えてきました。
廣瀬さんは、「ものが多すぎる時代」だからこそ、安いものを買って使い捨てるのではなく、本当に気に入ったものをひとつ選んで、長く使って欲しいと話します。
それは、そのものができるまでに関わった人や時間を大切にすることでもあります。

大切な人の健康や幸せを願う気持ちが自然と込められるものとして、毛布を贈る。日々の暮らしの中でほんの少し気持ちを上げてくれるお守りのようなものになれたら、そんな思いも語られました。

「湿気を吸うことが最大の特徴なんです」
川崎さんが語るのは、素材を知り尽くした作り手だからこそのウールの魅力です。
例えば、朝起きた時に布団がズレていることがあるのは、実は蒸れて不快になり、無意識に布団をはずしてしまっている場合が多いのだそう。
「ぜひ布団の内側にウールの毛布を使ってください。湿気を吸うので蒸れにくいから、快適ですよ」
最近では、毛布を布団の上に掛ける場合も多いですが、それは素材によりけり。ウールやコットンは内側に掛けるのに向いているのだそうです。

素材には、それぞれに得意な場所があり、持ち味がある。その違いを知って選ぶことも、毛布との付き合い方を豊かにしてくれるはずです。
ひとりのテキスタイルデザイナーの情熱と、地域でチャレンジを続ける職人魂。
そのふたつが出会い、小ロットでも手間を惜しまず作られた「SERENE」には、泉大津で積み重ねてきたものづくりの時間と、これからへの願いが編み込まれています。
ふわふわの手触りの向こう側に、そんな物語がある。
そう知ると、この毛布がきっともう少し特別に感じられるのではないでしょうか。



文:石田多美
写真:黒田タカシ