毎日かあさん、ときどき職人
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
自分が得意なことを活かして「工芸」を支える人を紹介する連載「毎日かあさん、ときどき職人」。お店で思わず手に取った素敵な商品は、元をたどっていくとどこかの屋根の下、一人のお母さんの手で作られているかもしれません。 どんな人がどんな思いで作っているのか?第一弾の「針子さん」に続いて、第二弾の今回は布や紙に色鮮やかな絵付けをするステンシルのお仕事、「染子(そめこ)さん」を訪ねました。
「アトリエ」の看板のかかった扉をガラリと開けると、特大の絵が何枚も壁に立てかけられていて驚いた。部屋の中には背の低いテーブルが二つ並び、周囲を囲む棚には日本画用の画材が、床には子どもが作ったと思える工作作品がずらりと並んでいる。「年に2回くらい、自分で作品を描いているんです。月3回はここで子どもに教えるお絵描き教室を開いてまして、そこに置いてあるのは子ども達の作品です」控え目に話すのは京都在住の藤井里さん。18年前から、絵ハガキや部屋に飾るタペストリーに絵付けを施すステンシルの仕事に携わっている。普段仕事をしている現場でお話を伺いたい、とお願いすると、当日案内されたのはご自宅ではなく、お庭に独立して建つプレハブの部屋だった。
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ここでお絵描き教室や自身の創作活動、そしてステンシルの仕事をこなしている。看板の示す通りそこは確かに日々様々な作品が生み出されるアトリエだ。「はじめは子ども部屋にしようと建てたら、『離れているから怖いし嫌や』と言って。じゃあお母さんが使おうかなって」高校3年と中学3年の娘さん2人のお母さんでもある。大学で日本画を専攻。後輩を通じてこの仕事を知ったのが18年前、少し始めたところで上のお子さんを授かり、育児に専念するため数年を休んだ。子育ての落ち着いた2006年から再開。はじめは小さな絵はがきから次第に大きなタペストリーを任されるようになり、コンスタントに仕事を続けるうち、復帰からすでに10年がたった。
ステンシルとは、防水した紙などを切り抜いて型をつくり、その上から絵の具を塗りつける彩色手法のこと。この日は桃の節句を祝うお雛様のタペストリーを製作中。そのサイズ、大人の背丈ほどある。生成り色のまっさらな麻生地に、これから絵付けをしていこうというところだ。
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では早速絵付けの様子を、とお願いすると、思いがけず生地を横に広げて自身はその真ん中あたりに座られた。てっきり書道のように生地を縦に置くかと思い込んでいたのでへぇ、と声をあげると、「お雛さんの顔を描くときは縦でしますが、型があるものは基本横に置いてやっています」と藤井さん。確かにこれなら生地を動かさずに絵付けでき、効率的だ。
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2の型からでいいですか、とずらりと藤井さんが取り出した型はなんと7枚。パーツや色ごとに型を変え、重ねて絵付けをしていくステンシルでは、図案が複雑なほど型の枚数が増す。番号の若い型から塗り進めていくと、1枚の絵が仕上がる、という具合だ。
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だいたいこんな感じです、と見惚れている間に2の型の絵付けが1枚終わる。1の型はお雛様の顔や着物の白い部分の絵付け。2の型はそこに組み合わせる赤色の絵付けだ。ペリ、とめくると同行したメンバー全員からわぁ、と歓声が上がった。仲睦まじく並んだお雛様が、先ほどより立体的に浮かび上がっている。
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今回任されているタペストリーの枚数は30枚。×型7枚で、210枚分の絵付けをすると思うと気が遠くなりそうだが、ここにも安定して商品を仕上げる藤井さんのコツがある。「1枚ずつ仕上げるのではなく、同じ型で30枚なら30枚、一気に進めます。絵の具が乾いたら次の型へ。集中してできれば、だいたい1型1日で終わるかな」座り方といい絵付けの進め方といい、藤井さんのお話を伺っていると、常に「効率的」で「安定している」印象を受ける。「トントントントン」とスポンジを叩く音以外は静かな空間の中に、藤井さんの編み出してきた様々な仕事の型が存在している。
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机の下にはカラフルに染まったスポンジが大小様々に瓶に入っている。側には絵の具、学生時代から使っているという絵の具用のお皿や、細かなところを手書きする細筆。絵の具に染まったアイスの棒まである。「お雛さんのほっぺたをするときには、新しいスポンジでないと柔らかくならないんです」図案によって様々な道具を使い分けていることが伺える。
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息を飲んで作業を見守っていると、どうぞとお茶菓子を進めてくれた。喜んでいただくと、勤めているお店の一押しなんです、とニッコリ。お勤めもされているのですか。週2回ですし、と何気なく話されるが、家事、お母さん業(しかも受験生2人)、お絵描き教室の先生、ステンシルの仕事、お勤め…5つの仕事の掛け持ちということになる。あらゆることを同時並行で進めながら、どうやってここまできめ細かなものづくりを保っているのだろう。伺うと、「こういうものって、お客さんも何気に買うんじゃなくて、うんと考えて買ってはるんじゃないかなと思うんです。自分が買うと思ったらやっぱり可愛い顔を選ぶし」頭がさがるような気持ちになった。掛け持ちで大変ではないかと思ったが、だからこそ家でするこの仕事がいいらしい。「外に行かなくても自分の時間でできて、子供が熱を出した時にも融通がきくので助かっています。主人や周りも、『いい仕事してるよね』と。外で働くのが好きな人もいはると思いますけど、私は中でする仕事があっているみたい。小さく音楽をかけながらステンシルをしている時は、至福ですよね」そう話す口元が自然と緩む。お子さんが小さい頃は珍しがって覗きに来ることもあった。何て説明されたんですか、と伺うと、「これはお母さんの仕事やから、見るだけな、って」談笑しているとただいま、とアトリエの扉が開いた。すっかり大きくなった中学生の娘さんの顔が覗いた。外はいつの間にか暗くなり、そろそろ夕飯時。遅くまですいません、と頭をさげると、今日は鍋焼きうどんです、と笑う顔がお母さんになっていた。
文:尾島可奈子
写真:木村正史