給食の食器に磁器を。焼き物の町・波佐見の学校給食で見た「物育」の風景
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「いただきます!」
教室中に小学生たちの元気な声が響き渡ります。
懐かしい小学校の給食のひとコマ。
でも、ちょっと普通の給食風景とは違うところがあります。
子どもたちが手にする食器にご注目ください。
給食食器というと、軽くて割れにくいプラスチックやアルミの食器が頭に浮かびますが、焼き物の町・波佐見町の給食食器は違います。
全て町内でつくられた波佐見焼の磁器なのです。
焼き物の町、波佐見だからこその給食食器
波佐見町内の全ての小中学校で、ごはんやパンなどの主食におかず、牛乳がそろった「完全給食」を実施するようになったのは、1969 (昭和44) 年。
全国的に見ても早いという完全給食導入の背景には、実は波佐見焼が関係していたといいます。
古くから焼き物が地場産業として発展してきた波佐見では、石膏型作り、生地作り、窯焼きの各工程が分業で行われ、いわば町全体が巨大な工場のよう。町民の多くが波佐見焼づくりに携わっており、共働き世帯も多いことから、子どもたちの栄養面を家庭外でもサポートできる完全給食が必要とされていました。
波佐見焼は町を支える産業であるとともに、町の人々の生活にも深く関わるもの。
それほど身近にあった波佐見焼を「学校給食に取り入れよう」という気運は自然と高まっていき、町内にある長崎県窯業 (ようぎょう) 技術センターや各メーカーなど町が一体となって波佐見焼の給食食器の開発が始まりました。
より強く、より軽く。進化を続ける技術
これまで使われていたアルマイト食器よりも、磁器の食器はどうしても重く、厚みが出てかさばってしまいます。
強度を高めつつも、厚みをなくして軽くする。
これが最大の課題でした。
強度を高める原料を使うと、通常の陶土よりも粘性が低くなり、成形が難しくなります。さらに、できるだけ薄く軽くするにはどうすればいいのか、強度を高めるために最適な形状は何かなど、さまざまな試行錯誤が繰り返されました。
1986 (昭和61) 年に強化磁器の試作が行われ、翌年誕生したのが通常の磁器の約3倍の強度を誇る「ワレニッカ」でした。1300℃という高温で焼くことで割れにくく、磁器の分子構造が細かくて密度が高いため、軽くて丈夫な磁器になるそう。
町内の学校でおよそ半年の間、試用された結果、実際に強化磁器を使ってみた子どもたちから「食べやすい」「給食をおいしく感じる」と好評だったことから、1988 (昭和63) 年には町内の全学校で強化磁器のご飯茶碗が導入されました。
さらなる改良を続け、1992 (平成4) 年には全学校で強化磁器のお皿も採用。「ハサミ・スクール・ウェア」、「セーフティーわん」と、進化するたびに名前を変えていき、2000 (平成12) 年には全学校の全ての給食食器が強化磁器となりました。
器からも伝わる“おいしさ”
強化磁器を給食に取り入れてから、30年。子どもたちにはどんな変化があったのでしょうか。
波佐見町立中央小学校の給食タイムにお邪魔してきました。
訪れたのは、1年生の教室。すれ違うたびに、元気よく「こんにちは!」と挨拶してくれる子どもたちの姿が印象的です。
「給食はおいしいですか?」と問いかけてみると、どの子も口をそろえて「おいしい」「うまい!」と大絶賛。
「波佐見は残食が本当に少ないんです。プラスチックなどの器にのっているよりも、磁器に盛り付けられた方がおいしそうに見えることもあるんでしょうね」と、給食センター所長の林田孝行さんはいいます。
「食育」そして「物育」へ
「割れにくい」といっても、磁器である以上、もちろん割れることはあります。そのことを子どもたちもきちんと理解していました。
「おうちでも、こういう食器で食べているよ」
子どもたちは、器を落とさないよう、しっかりと手で持って食べるのが習慣になっているようです。
食事マナーを学ぶ「食育」としての面でも、ものを大切にする「物育 (ぶついく) 」としての面でも期待ができる波佐見焼の強化磁器。全国各地の学校からもしばしば問い合わせがあるのだとか。
「私が小さいころは味気ないアルマイトのお皿で給食も冷たい雰囲気。でも磁器だと、カチャカチャと器が軽く当たる音が家と同じで、家庭の延長という感じがします。どこかあたたかい気がしますよね」と、学校を案内してくれた波佐見町教育委員会の福田博治さん。
楽しく給食を食べている子どもたちの姿が、食事の時間を豊かにしている何よりの証拠。
毎日素敵な食器を手に、自然とものを丁寧に扱える波佐見の子どもたちが何だか羨ましく思えたひと時でした。
<取材協力>
波佐見町教育委員会
波佐見町立学校給食センター
波佐見町立中央小学校
文・写真:岩本恵美