世界で有田にしかない。仕掛け人に聞く「贅沢な日用品店」bowlができるまで
エリア
「さんち必訪の店」。
産地のものや工芸品を扱い、地元に暮らす人が営むその土地の色を感じられるお店のこと。
必訪 (ひっぽう) はさんち編集部の造語です。産地を旅する中で、みなさんにぜひ訪れていただきたいお店をご紹介していきます。
来る4月1日、「有田焼」で知られる佐賀県有田町にオープンするお店があります。
名前を「bowl (ボウル) 」。
有田の地域活性を手がける「有田まちづくり公社」がクラウドファンディングを活用し、築100年の陶磁器商家にオープンさせたセレクトショップです。
さんちでは少し前に、開店準備中のお店にお邪魔していました。
中に入ると、落ち着いた木の什器にはすでにバッグやカトラリーなどの日用品が並び、お店の雰囲気ができあがりつつあるところでした。
内装、商品のセレクトを一手に引き受けるのは店長の高塚裕子 (たかつか・ひろこ) さん。
ここを「有田にしかない」日用品店にしたいと語ります。
日用品を扱うのに「有田にしかない」とは、これいかに?
有田に新しい「必訪の店」が生まれるまでを、立ち上げの現場で伺います。
ドレスっぽい有田焼
「この町との最初の縁は有田の窯業学校に入ったこと。結婚を機にお隣の波佐見町に住んで、今も波佐見からこのお店に通っています。車で15分くらいですかね」
高塚さんが焼き物を学んだのは日本磁器発祥の地、佐賀県有田町。移り住んだのは和食器出荷額・全国第3位の「波佐見焼」の産地、長崎県波佐見町。
県は違えど隣り合う両町は、日本で初めて磁器づくりが始まった400年前から、ともに磁器の産地として発展してきました。
そんな二つの産地は、似て非なる存在。
「歴史的に見ると、波佐見焼はカジュアルで、有田焼はちょっとドレスっぽいイメージ。
今の流行はどちらかというとカジュアルな方ですよね。
波佐見でお店をした時はカジュアルをアップさせたのですけれど、有田はドレスなので、ドレスダウンさせるイメージでお店づくりをしようと思いました」
実は高塚さん、このお店に携わる以前に波佐見町でセレクトショップ「HANAわくすい」の運営を任され、県外からも人が訪れる人気店に育て上げた実績の持ち主。
食器の一大産地でありながら当時まだ全国的に知られていなかった波佐見焼の器を、南部鉄器や江戸箒と共に店頭に並べ、「職人もの」としての質の良さに光を当てました。
その実績を見込まれて任された、有田での新しいお店づくり。
お店の核になっているのは有田焼だと語りますが、その姿は各地から仕入れてきた暮らしの道具と一緒になって、お店の中に溶け込んでいます。
そこにお店づくりの秘策が伏せられていました。
絵を描くときと同じように
「セレクトショップって、物を選ぶ仕事みたいに見えますが、別に、物にいい悪いは、ないと思っています。
何を置くかよりは『額縁の中で、四隅を変える』ということを考えています。絵と一緒なんです。
現象そのものを描くのではなく、テーブルがあって、後ろにどんな背景があってと、風景性を描き分けていく」
「そう考えると、町や建物って、もうすでに関係性が出来上がっていますよね。
有田という町はひとつしかないので、どこかに憧れるよりこの町らしいことを一生懸命にやると、世界でここにしかないお店になるんじゃないかなと思っています」
では、高塚さんの考える「有田らしさ」って、いったいどんなものなのでしょう?
贅沢な鮭弁当のように
「日本で初めて磁器、つまり有田焼ができる前は、焼き物って土色一色だったと思うんです。
それが白磁に使える白い石が有田で見つかって、真っ白い有田焼ができた。
そこに色とりどりの絵付けまでされた器を見た時に、きっとみんな『うわぁ、なんて贅沢』と思ったはずなんですよね。
だから『贅沢さ』が有田らしさだと思っています。お弁当に例えると、高級なフォアグラとかキャビアがはいったお弁当ではなくて、同じ価格の鮭弁当みたいな感じ。
良い鮭がはいっていて、丹念に育てられていたお野菜や、時間をかけて作られた美味しい漬物なんかがはいっている。
高級だよね、有田焼じゃなくて、有田焼って贅沢だよねと思ってもらえたら、このお店は◯じゃないかなと。
bowlという器のどこを切りとっても、贅沢さを感じてもらえる場所にできたらと思っています」
アートと企業努力
高塚さんが有田焼の「贅沢さ」をはじめに知ったのは、窯業学校でした。
「実は、私はもともとはアートに興味があって、オブジェづくりをするつもりで間違って窯業学校にはいっちゃったんです (笑)
そこで、企業努力というのを、目の当たりにしたんですよ。型やろくろを使って、分業して、いかに効率よく質の良いものを作るか、という世界に。
ひとつの商品を早く安く作ることがどれだけ凄いことか、この時にはじめて知りました」
「その時の同級生たちの多くは今、家業を継いで窯元の社長さんになっています。彼らはただ仕事としてそういうものづくりを今日も明日もしていて、伝統工芸士といった肩書きを前に出すつもりもない。
一方の私は、ものは作れない。でも、ものを売ることならできる。
だから、彼らが今日、明日と前を向いてものを作るなら、私は後ろを向いて、この町でそうやって作られてきた有田焼の価値観をこのお店でぶつけてみたい。
柄物が以前ほどもてはやされない時代でも、日用品のお店の中に器を置いたら、たまには良いよねとか、こういうものもあるのね、と思ってもらえるんじゃないかと思うんです 」
例えば、近所の窯元さんがぷらっと立ち寄るお店に
店内には、大きな木のカウンターがあります。今後、洋酒やお酒に合う甘いものを用意するそうです。
「例えば近所の窯元さんで働く人が、特に用はないけどちょっと飲みに来たよ、と立ち寄ってもらえるように作りました。
有田は400年続くものづくりの町で、暮らす人も目が肥えているんです。
だから、地域の方が何かお使い物や引き出物を選ぶ時、ちょっと靴下を買い換えようかなという時に来てくれるお店でありたいなと。
有田に似合うねと地元の人に言ってもらえるお店にしたいです」
焼き物の町にできた日用品店。次に訪れた時にはきっと、観光で来たお客さんや地元の人が入り混じって、「贅沢」な買い物を楽しんでいるはずです。
<取材協力>
bowl
佐賀県西松浦郡有田町本町丙1054
0955-25-9170
https://aritasu.jp/
*4月1日11時よりグランドオープン
文:尾島可奈子
写真:菅井俊之