雨にも負けず、雪にも負けない。丈夫で美しい金沢和傘の秘密は独特の作り方にあり
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「弁当忘れても傘忘れるな」
こんな言葉をご存知でしょうか?
これは、金沢を含む北陸地方に伝わる格言。年間を通じて雨や雪が多く、一日のうちに曇り、雨、雪‥‥と目まぐるしく変わっていく、この地方の天気を言い表したものです。
そんなこの地方ならではの工芸品が「金沢和傘」。実用性とともに、美しさも兼ねそろえた一品です。
金沢和傘、唯一の作り手「松田和傘店」へ
現在、金沢和傘を作り続けているのは、1896年 (明治29年) 創業の松田和傘店。最盛期には118軒もの和傘屋があったそうですが、今ではここ1軒を残すのみとなりました。
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お店に伺うと、2年前に父親の跡を継いで三代目となった松田重樹さんが笑顔で迎えてくれました。
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洋傘や車の普及に伴い、すでに先代の時代には和傘の需要は激減。和傘で生計を立てるのは難しい状況でした。子どもには苦しい思いをしてもらいたくないのが親心。重樹さんは一旦は会社勤めをしたものの、それでも「いつかは継ぎたい」とずっと思い続けていたといいます。
「やっぱり、和傘と一緒に大きくなったようなものだから、失くしたくないんよね」
複雑な金沢和傘の千鳥掛けも、小学生のころから父親が作業する姿を見ていたので、初めて取り掛かる際もすんなりできたそう。これには先代も驚いたとのことです。
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雨雪に耐える丈夫さの秘密
金沢和傘の最大の特徴は、その頑丈さ。金沢は雨が多いだけでなく、水分量の多い重い雪が降るため、その重さに耐えられるように作られています。
傘のてっぺんである天井部分には和紙が四重にも貼られており、これは他の地域の和傘にはみられないものだそう。
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さらに、和傘の「軒」、いわゆる縁の部分には「小糸がけ」といって、しっかりと糸がかけられ、補強の役目を果たしています。まるでステッチが入っているようで、デザインとしても小粋です。
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手入れがよければ、なんと半世紀はもつのだとか。
「親父がそう言っていたけど、『まさか』と思っていたんです。ところが、実際に四十数年前とか、半世紀近く前に作られた傘の直し依頼が来るんですよね」と重樹さん。
金沢和傘を積んだ車が事故に遭った際も、車は大破したものの、傘は柄が少し壊れたくらいで済んだそう。そんな驚愕エピソードも残っています。
意外と知らない和傘と洋傘の違い
和傘は、洋傘と色んなところが真逆なのも面白いところ。
洋傘を持ち運ぶ際には柄の部分を持ち手にしますが、和傘は天井部分を持つのだそう。天井部分に皮の紐があるのは持ちやすいようにするため。和傘をさす際に持ち手となる柄の先には石鎚があります。
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さらに、傘の折り込み部分も、洋傘は外側に、和傘は巻き込まれるように内側に折り込まれています。
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40以上もの工程を経て出来上がる1本の和傘
和傘の制作は、本来、分業制とのこと。その工程は細かくわけると40以上もあるといいます。重樹さん曰く、一説によると「傘」という漢字に「人」という字がたくさん集まっているのは、傘づくりにたくさんの人を要することに由来するのだとか。
松田和傘店では、その工程全てをひと通りやっています。細分化された工程の中でも、最も難しいのが天井張りの部分だそう。金沢和傘の強度を保つ、大事な部分です。
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「紙に余裕をもたせて貼るのが難しいんです。和紙、特に楮 (こうぞ) 100%の厚い和紙は扱いが難しいもの。『言うこと聞いてね』と和紙に語りかけながら作っています」と、重樹さんは笑います。
持つ人を引き立たせる和傘づくりを
「昔ながらの作り方も大切にしつつ、見る人を楽しませる綺麗なもの、若い人たちも和傘をさしたいと思えるものを作りたい」と語る重樹さん。
その思いは、店いっぱいに所狭しと並ぶ色とりどりの和傘に映し出されているようです。
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現在、金沢和傘のオーダーは最長で男物が1年半、女物が8ヶ月待ちのものもありますが、店頭にあるものは購入可能とのこと。和の心を感じる和傘で雨の日を楽しんでみてはいかがでしょうか。
<取材協力>
松田和傘店
石川県金沢市千日町7-4
文・写真:岩本恵美
*こちらは、2018年5月28日公開の記事を再編集して掲載しました。9月も雨が増える季節。お気に入りの傘があると雨の日も楽しみになりますね。