ゆとん。それは、江戸時代に生まれた「科学で解明できない」夏の快適グッズ

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油団の敷かれた和室

大人になると夏休みも数えるほど。外に出かけてゆくのも楽しいですが、ただ寝そべって涼む時間も贅沢だなと思う今日この頃です。

涼しく過ごすアイテムを探していて、江戸時代から伝わる夏の敷物があることを知りました。

天然素材の「涼感マット」?

その名は「油団 (ゆとん) 」。エアコンなどの電化製品の普及とともに姿を消しつつありましたが、近年のエコ意識の高まりで、改めて注目されるようになった暮らしの道具です。

床に敷かれているのが「油団」です
床に敷かれているのが「油団」です

聞くところによると、敷いておくだけで部屋が涼しく感じられて、触れるとひんやりと冷たいのだとか。これは試してみたい。

幾重にも張り合わせた和紙にえごま油を塗って作られる油団。かつては全国各地で作られていましたが、製造技術を受け継ぎ、今も作り続けているのは福井県鯖江市の表具店「紅屋紅陽堂」の職人さんのみなのだそう。その技法は、福井県指定無形民俗文化財に指定されています。

さっそく紅屋紅陽堂を訪ねて、実物を見せていただきました。

現在、油団を唯一作っている「表具処 紅屋 紅陽堂」
現在、油団を唯一作っている表具店「紅屋 紅陽堂」
光沢が涼やかな油団
店主の牧野さんのお宅にて、油団が使われているところを拝見。つややかな表面に夏障子が映り込んでいて、なんとも涼しげです

紅屋紅陽堂で知る、「ひんやり」が持続する不思議

「どうぞ、まずは寝そべってみてください」

そう案内していただき、ごろんと横になってみると、本当にひんやり冷たい。金属に触れた時のようなキーンとした冷たさではなく、風の吹く木陰に寝そべったような爽やかさで心地よいのです。さらに驚いたのは、しばらく寝そべっていても背中に熱がこもりにくく、なかなか温まってしまわないこと。

「不思議と涼感が長持ちするんです。お客様の中には『色々な工業製品も試したけれど、これが一番長い間冷たかった』なんておっしゃる方もいらっしゃいました。

一説には『表面のえごま油が熱を逃がし、空気を含む和紙の層が熱を吸収する』と言われていますが、計測器を使った実験をしてみると油団の熱伝導率が良いわけではないのです。

ほかにも気化熱の効果で熱を冷ますなど諸説ありますが、科学的な証明にはいたっていません。それでも、以前テレビ番組の取材で油団の上の温度を測ったら、室温より2度ほど温度が低いという結果も出ました。

理屈はともあれ、昔の人が暑い夏を快適にするために色々と試してたどり着いたものだったのでしょうね」

そんな油団の涼しさには、「油団のうえで昼寝をすると (冷えすぎて) 風邪をひくよ」なんて小さな子供をたしなめる言葉があったほど。

夏の季語にもなっている「油団」

油団の魅力は、感触の冷たさだけにとどまりません。表がつるりとしていて水面のように反射し夏の景色を映し出します。そこに多くの人が美しさを見出し、夏の季語にもなっています。

柱影映りもぞする油団かな 高浜虚子

渋ゆとんくちなしの花うつりけり 室生犀星

また、仕上がり当初は白っぽい色の油団ですが、毎年少しずつ時間をかけて深い飴色に変化していきます。

初めは白い油団が、使うほどに濃い飴色に変化していきます
初めは白い油団 (左) が、使うほどに濃い飴色 (右) に

油団は100年使えると言われていますが、色の変化も楽しみの一つなのです。加えて、使い込むほどに耐水性が上がるというという特徴もあり、長い年月をかけて育てる敷物と言えそうです。

3人がかりで1ヶ月以上、手間をかけて生まれる品質

良質の和紙を多量に使用すること、完成までに多くの時間と労力を必要とすることもあり、油団は高価なものでした。そのため、一般家庭というよりは寺院や料亭、名家などで多く使用されてきました。

現在の価格は、1畳約15万円。最近は部屋全体に敷き詰めるのではなく、1畳か2畳サイズを購入して部分的に敷く方が増えているのだそう。100年使えること、使い込むほどに美しさや性能が高まることも踏まえて購入を決める人も多いようです。エコブームの近年は、メディアで紹介された際などに注文が殺到し、生産が追いつかないことも。

1枚が完成するまで、3人掛かりで1ヶ月を要するという油団。その工程を教えていただきました。

広い空間に台紙を敷いて作業します
工房の中。油団づくりには広い空間が必要です
「墨つぼ」。墨のついた糸を引き、糸を弾くことで和紙の上に直線を引きます
こちらは「墨つぼ」という線を引くための道具です。墨のついた糸を伸ばし、和紙の上に墨を落としてまっすぐな線を引きます
墨つぼを使って直線を引きます
墨つぼを使って直線を引くところ
直角を出して、正確な長方形の枠を作ります
ぴたりと部屋にはまるよう、きちんと直角を出して、正確な長方形の枠を作ります

油団台と呼ばれる大きな和紙の上に、丈夫な雁皮紙 (がんぴし) を継ぎ合わせ、仕上がりサイズに整えたものを配置します。

和紙を張り合わせていきます
台の上に生麩糊 (しょうふのり=小麦粉のでんぷん糊) を使い、楮 (こうぞ) 100%の越前和紙を2〜3ミリメートルほど重なるように貼り合わせていきます
1枚貼るごとに重量のある打ち刷毛で「どんどん」と叩き、和紙の繊維を絡み合わせます
1枚貼るごとに重量のある打ち刷毛で「どんどん」と叩き、和紙の繊維を絡み合わせます

夏が終わると、くるりと丸めて翌年まで片付けておく油団。糊でしっかりと固めてしまうと巻くことができません。そのため、限界まで薄めた糊を使いしなやかさを残し、あとは紙の繊維を絡めることで全体をつなぎ合わせていきます。

最終的に和紙が14〜15層になるまで刷毛で打つ作業を繰り返します。その回数は、8畳サイズで約1万回。しゃがみこんだ姿勢で行うため、肉体的にも大きな負荷がかかるのだそう。

目と勘を頼りに、正確に貼りつけられた和紙
正確に貼りつけられた和紙

貼り終わったら、しばらく寝かせて適度に湿気を取り除き、裏面に柿渋、表面にえごま油を塗って天日干しします。最後に、木綿の布に潰した豆腐をつけて磨き、ツヤを出して完成です。

油団の敷かれた和室

工房では、新作の油団も作られていました。柄の入った和紙を使った「花油団」。「技術を受け継いで、必要な人に届けたい」と、油団を作り続けてきた紅屋紅陽堂。その技術は進化しながら、今年も日本の夏に涼を届けています。

<取材協力>
紅屋紅陽堂
福井県鯖江市田村町2-10
0778-62-1126

文・写真:小俣荘子
制作画像提供:鯖江商工会議所

*こちらは、2018年7月9日公開の記事を再編集して掲載しました。最後にお豆腐で磨くという仕上げの工程にもびっくり。昔の人の知恵は本当に豊かですね。

住所
福井県鯖江市田村町2-10
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