成人式を支える「着物メンテナンス」の仕事人。クリーニングを超えたプロ技を見学
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新潟・十日町の着物メーカー「はぶき」の“感動を与える”メンテナンス事業
着物の一大産地、新潟県十日町市。
その歴史は古く、1500年以上前の遺跡から機織りに使われる道具や織物の痕がついた土器が見つかるほど。
中世~江戸期には麻織物の産地として栄え、その後は絹織物に転換、隆盛を極めます。第二次世界大戦後には、京都から職人を招いて染物の技術までも習得し、発展を遂げました。
織も染も作れる。さらには全てを自社で行う十日町
十日町の着物産業には2つの大きな特徴があります。ひとつは、織と染の両方の産地であること。紬、絣、友禅染め、絞り染め、草木染めなど幅広い技術が受け継がれ、さまざまな商品が生産されています。
そしてもう一つの特徴は、着物メーカーごとにデザインから仕立てまで一貫生産していること。他の地域では、各工程ごとの分業制であることが一般的な着物づくり。すべての工程を1社で行うスタイルは全国でも稀です。
独自に発展した十日町の着物産業は、製造だけでなく、メンテナンス (アフターケア) を専門的に行える会社まで生み出しました。
作るだけじゃない。クリーニングやアフターケア、成人式まで
着物メンテナンス事業をいち早くはじめ、今や日本中から相談が寄せられる株式会社はぶきを訪ねました。
1971年に創業したはぶきには、扱いの難しい絹織物の丸洗いや、シミ抜き、染め直し、箔加工など、専門知識と高い技術によるメンテナンスが必要な着物が日本中から運ばれてきます。
さらには、成人式で着用される全国各地の晴れ着を支えているのも同社の技術とサービスなのだとか。詳しくお話を伺いました。
「もともと着物業界には、『地直し (じなおし) 』という仕事がありました。着物の製作過程でどうしても発生してしまう汚れやシミ。そうしたものを綺麗に直す仕事です。その技術を活用すれば、出来上がった着物を直す仕事もできるのでは?という発想から、メンテナンス事業が生まれました。
メンテナンスには多様なニーズがあり、ただ汚れを落とすだけでなく、年齢や時代に合うように着物の色を染め替える、シミが目立たないように絵を加える、破れてしまった部分を修復する、取れてしまった箔を貼り直すなど、製造工程のノウハウが必要な作業が多くありました。そこに地直しで培った当社の技術を活用したのです」
「着物は絹の扱いひとつ取っても難しいものです。一般のクリーニング屋さんは、絹糸の洗濯は外注しているところも多く、そういったところからご依頼をいただくこともあります。洗濯は化学です。汚れの種類、生地の素材、加工方法それぞれに合った薬品や洗浄方法を判断しなくてはなりません。誤ると色落ちさせてしまったり、傷めてしまうので、繊維の特性や産地ごとの織物、染物の作られ方にも深い理解が求められます。
メンテナンスをする職人は、各産地の着物の歴史から種類の特性、仕立ての技術についてまで広く深い知識を持っています。
十日町は、着物に従事している方が多いので、自然と技術や知識が培われた方も多いですが、メンテナンスでは特に研究がされています」
日本中の成人式を支えるサービス
自社のものづくりノウハウに加え、全国各地の着物についての知識豊富なはぶき。着物の取扱全般に信頼を置かれる同社は、着物販売の大手企業とタッグを組み、成人式の振袖に特化した着物の物流管理も行なっています。
「振袖を着るためには、非常に多くのものが必要です。小売店で成約された振袖一式を成人式で最高の状態でお使いいただけるように整えて保管し、お届けする。そしてまた綺麗な状態に整えてお戻しします。
『成人式は人生でたった一度しか訪れない。大切なアニバーサリーに携わる仕事。その日に嫌なことがあると一生の思い出になってしまう。二十歳を迎えるお嬢様に感動を与えるような仕事をしなければならない』
この取り組みを始めた当初から、取引先のご担当者がよくおっしゃることなのですが、本当にその通りなんですよね。プライドをかけて、間違いのない最高の状態のものをお届けするようにしています」
成人式直後は、“戦場”さながら
はぶきがもっとも忙しくなるのが、成人式直後の1週間。
「成人式の翌日から膨大な量の振袖が帰ってきます。その量は、運送会社の大きな物流センターがパンクしてしまうほど。大型トラックが何往復もしながら荷物を運んでくれます。
毎日1800個〜2400個ほど振袖の箱が届くので、次々と開封していきます。この時ばかりは、他部署や地域の方々の手も借りて、地域をあげての対応になります。
開封した振袖を整理して、汗や血液、襟元のファンデーションの汚れを取ったり、ついてしまった臭いを取り除いたり、シワを伸ばしたり、1着ずつ整えていきます。こうしたところで、ゼロから着物を作る時とは異るメンテナンスの知識が生きています」
ちょうど成人式の次の週末から3月までが、翌年の成人式の振袖レンタルの申し込みが増えるタイミングなのだそう。そのため、たった1週間のうちに、膨大な量の振袖を整えて、再びお店に出荷していきます。なんともハードなスケジュールです。
「1日でも早く整理して、レンタル振袖の在庫が少なくなっているお店に返したいので、正確さとスピードを追求して進めています」
箱にまで施された工夫
最高の状態で届けるためのこだわりは、振袖だけでなく、小物、さらには梱包材の工夫にまで及んでいます。
箱の中には仕切りがあり、その下に振袖が入っています。上に乗せた小物類で箱の底に適度な重みがかることで、振袖が動いてよれたりシワにならないようになっています。
加えて、箱を包む茶紙はナイロン製のクロスを使って作られていて、破れにくく、水を弾いて濡れにくい素材なのだそう。全国各地に届けるものなので、雨や輸送時の衝撃から可能な限り守れるように考え抜かれていました。
「感動を与える」というお話がありましたが、はぶきの技術とこだわり抜いた工夫は成人式を迎えたお嬢さんたちにたくさんの喜びを届けているようです。
「ありがたいことに、お客様から『とても素敵な成人式を迎えられました』『丁寧なお仕事に感動しました』など書かれた手紙を何通もいただき励みになっています」
十日町独自の生産土壌が生んだ、新しい着物ビジネス。高いメンテナンス技術や物流管理のシステムが、今日も日本中の着物を支えています。
<取材協力>
株式会社はぶき
新潟県十日町市四日町1735番地1
0120-893-723
http://kimono-habuki.jp
文:小俣荘子
写真:廣田達也
*こちらは、2018年7月18日の記事を再編集して公開しました。