ハズレなし。着物が生んだ居酒屋激選区、十日町で一杯
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十日町の居酒屋は、どこに入ってもハズレがない。
大地の芸術祭の取材で新潟県十日町市を訪れた時、はじめに教わったのがこのことでした。
なんでも十日町は着物産業で栄えたために接待や宴席の需要が多く、自然と町全体のお店のレベルがあがってきたのだとか。
ちょっと前まで人口に対する飲み屋さんの割合が日本一だったというレジェンドも耳にしました。
そんな美味しい噂を聞いたら、確かめないわけにはいきません。
夏でも日が暮れるとぐっと涼しくなる、この町独特の夜風に背中を押され、今日の晩酌は十日町で、地元民オススメの3軒をはしご酒。
「ALE beer&pizza」 地域おこし協力隊出身のクラフトビールとピザのお店
スタートから早々にイメージを打ち砕かれました。
着物の町と聞いて勝手に日本料理店が多いのだろうと思っていたのですが、1軒目の名前は英語で「ALE (エール) beer&pizza」。お店も洋の雰囲気です。
「十日町って、飲食店の激戦区なんですよ。数も多いし、レベルも高い。そばやブランド豚、野菜など食材も豊富です。
だからそうした素材を、地元の人が普段しない食べ方で楽しめるお店にしたいなと思って」
そう語るのはお店の立ち上げに携わった高木千歩さん。
ご両親の出身地である十日町に2011年から地域おこし協力隊で滞在。任期満了と共に仲間と一緒に「地産地消をテーマにしたレストランを」とこのお店を開きました。
「地元食材の、地元の人が普段しない食べ方」として提案するのが、「クラフトビールとシカゴピザ」。もともとどちらも高木さんが好きだったものです。
シカゴピザは、キッシュのように分厚く、中にチーズと具材がたっぷりと入っているのが特徴。
ALEで提供するピザの具材には、地域おこし協力隊でお世話になった地域の野菜や、ブランド豚として名高い越後妻有ポークなど、地元の食材がふんだんに使われています。
あつあつのうちに頬張ると、具材の味、食感が口の中で次々に変化してどっしりと食べ応えがあります。1枚、もう1枚と手が伸びるうちに、ビールが進む、進む。
合わせるクラフトビールは、はじめは他所から仕入れていたそうですが、「十日町のビールはないの?」とのお客さんの一声がきっかけで、ついに昨年、高木さんは自分で醸造所を立ち上げてしまいました。
十日町名物のそばを生かした「そばエール」など、この土地でしか味わえないクラフトビールブランド「妻有ビール」がお店をきっかけに誕生したのです。
「はじめはピザを食べに来てくれるお客さんが多かったのですが、今は少しずつ、クラフトビールを目当てに来てくれる方も増えて来ていて、嬉しいです」
使用するホップも今栽培に取り組んでいるとのこと。
協力隊を卒業しても、高木さんたちの地域おこしはずっと続いているのだと感じました。
素敵な話も聞けて、1軒目からいい食事になったなぁ。この勢いで、次のお店へ向かいます。
「たか橋」 帰りの一杯から大所帯の宴会まで、十日町の日常に寄り添う店
住宅街に、明かりを発見。
カラリと扉を開けると、ワイワイと弾んだ声が聞こえてきます。声の感じは、家族連れや職場の宴会。地元の人たちで賑わっているようです。
入ってすぐ、のれんで仕切られたカウンターに席を確保。
宴もたけなわの座敷席は廊下を挟んで少し離れているので、一人でやってきてものんびりくつろげそうです。さっそくオーダーを。
何かこの土地らしいものをいただきたいのですが‥‥
「土地らしい料理ですか?
そうですね、今日でしたら刺身はアジもメバルも甘エビも佐渡のものがありますよ」
「野菜はお隣の津南町でとれたアスパラとズッキーニがあるので、フライにしましょうか。あと、妻有ポークのソテーにおろしポン酢をかけて」
「お酒は、地元の松乃井酒造さんがうちの定番ですね。このメニューなら吟醸生がいいかな。飲み口がいいから、飲みすぎないよう注意ですけど」
ポンポンと美味しそうなラインナップを提案してくれたのは「たか橋」2代目の高橋優介さん。
もちろん用意されたお品書きもあるけれど、相談すると今日仕入れた食材で、メニューをアレンジしてくれるのが嬉しい。
「うちは宴会に使っていただくことが多いですが、意外とこのカウンター席も落ち着くみたいで、一人でふらっと来るお客さんも男女問わず結構いらっしゃいますね」
仕事帰りの一杯から家族連れの食事、職場の宴会、保護者会の打ち上げまで、お客さんの使い方も様々。集まりに応じて部屋の仕切りも動かせるようにしているのだとか。
料理も内装も、相手に応じてベストなものを提供する柔軟さは、町のお得意さんに鍛えられてきたものだと言います。
「十日町は織物産業が盛んだったので、着物を扱う機屋 (はたや) さんが、遠方から買い付けに来たお客さんを接待するのにこういうお店を使ったんですね。
自然と、お店に求めるレベルも高くなる。今でも目の厳しいお客さんが多いように感じます」
「それと、実は十日町ではお店同士の横のつながりが厚いんです。
居酒屋激戦区というとお店同士がライバルのように聞こえるかもしれませんが、市場で会うとお互いレシピのアイディアや仕入れの良し悪しを情報交換しあったり」
なんと先日取材したAbuzakaの弓削さんとも仲がいいそう。
「飲食店同士が、ライバルというより仲間なんですよね。お店終わりにそういう店主仲間と『ゲンカイ』に行くと、うちにさっき来てくれていたお客さんと会ったり (笑) 」
高橋さんから自然と名前の出た「ゲンカイ」こそが、このはしご酒の最後を飾るお店。
日本酒でほどよく体も温まったところで、十日町市民がシメに必ず寄るという「焼肉 玄海」に向かいます。
「焼肉 玄海」 十日町っ子のお約束、はしご酒の最後はここで
暗闇に浮かぶネオンは、今までの2軒とはまた違う「夜」の雰囲気。
「このお店は0時を回ってから混んで来るんですよ」
そう聞いていた言葉通り、23時前に入った店内はまだ落ち着いた雰囲気。これが0時を回ると満席になることも珍しくないというから驚きです。
みなさんシメに頼むのがカルビクッパ。
もうお腹いっぱいのはずなのに、辛い、辛いと言いながら箸が進みます。ピリ辛のスープとご飯が、体の中のアルコール分を和らげてくれるような。これはありがたい、とまたビールをゴクゴク。
気づけば、器もジョッキも空っぽ。満腹のお腹を抱えながら、今日食べてきた料理の数々を思い返します。
ピザにクラフトビール、地酒に創作和食、シメにカルビクッパ。
確かに何を食べても、美味しい。
十日町の居酒屋にハズレなし。噂は確かに、本当のようです。なぜなら舌の肥えたお客さんと店主同士の横のつながりが、美味しさを支え続けているから。
<取材協力> *掲載順
ALE beer&pizza
025-755-5550
新潟県十日町市宮下町西267-1
http://alebeerpizza.com/
たか橋
025-752-2426
新潟県十日町市本町5丁目35-3
焼肉 玄海
025-757-8681
新潟県十日町市本町5丁目
文:尾島可奈子
写真:廣田達也