抹茶碗はご飯茶碗と何が違う?茶人・木村宗慎さんが教える「違い」と「選び方」
木村宗慎と中川政七が語るとっておきの一碗 茶論 特別講座「茶碗がナイト」
中川政七商店グループが、茶道の魅力をより多くの人に知ってほしいと立ち上げた「茶論 (さろん) 」。
新しい茶道の愉しみ方を、稽古・喫茶・見世の三つの切り口から提案しているお店です。
「茶論」について詳しくは、こちらの記事をご覧ください。「テーブルと椅子でする茶道のかたち。なぜ新ブランド「茶論」は立ち上がったか」
茶論では通常の稽古プログラムのほかに、不定期で公開講座が開講されています。
先日、かねてから楽しみにしていた特別講座が開催されました。
その名は「茶碗がナイト」。
「まずは茶碗がないとね」
お茶を点てるには、あれこれ道具を揃えなくてはいけないのでは?なんて不安がよぎりますが、まずは茶碗と茶筅があれば良いのだそう。意外にシンプルです。
私もお茶碗を探してみようかな。「茶碗はどんなものでも良い」なんて言葉も聞くけれど、本当かしら。
お茶に合う茶碗ってどんなものだろう?どんな風に選んだら良いんだろう?そんな疑問が湧いてきました。そんな時に見つけたのがこの講座です。
「茶碗がナイト」は、茶人・木村宗慎 (きむら そうしん) 氏と、中川政七商店十三代・中川政七氏が、茶碗の見方をはじめ、それぞれの茶碗が持つエピソードやその価値をトークショー形式で紹介するイベント。
紹介されたものの中に気になるものがあれば、その茶碗でお茶を一服いただけます。さらには、購入することも可能なのだそう。眺めるだけでなく触れられて、運命の出会いがあれば連れて帰れる‥‥す、すごい。
古いものから現代のものまで、多種多様な茶碗が並ぶ会場。参加者の皆さんは、開講前から熱心に茶碗を鑑賞されていました。
期待が膨らむ中、いよいよトークセッションがスタートです。
飯碗と抹茶碗の違いは「鑑賞に耐えられるかどうか」
「ところで宗慎さん、飯碗でお茶を飲んでも良いのでしょうか?」
中川氏の問いから、本論が始まりました。
「問題ないですよ。茶筅が振れる器であれば、お茶は点ちますので。ただ‥‥」と、木村氏は続けます。
木村宗慎氏 (以下、「木村」)「高校生の時、お小遣いで萩焼の作家さんの飯碗を買ったことがありました。飯碗は、茶碗より安いんです。同じ作家のものでも茶碗と飯碗で十倍くらい値段に差がある場合があります」
「それで買ってきた飯碗でお茶を点ててみると、やはりなんとなく『違う』んですよね」
中川政七氏 (以下、「中川」)「『なんとなく違う』と高校生の宗慎さんは思った、と」
木村 「ええ、お茶会などで見たことのある萩焼の茶碗とは別物だと感じました。
究極的には、飯碗と抹茶碗の違いは『鑑賞に耐えられるかどうか』だと思います。
飯碗は、ご飯を盛るための日常使いの器。量産できるように土の質や焼き方、フォルムの作られ方が茶碗と異なります。お茶を点てるだけでなく鑑賞される茶碗とは用途が別なので、飯碗の方が粗い作りなんですね。
鑑賞とは『目で見る』だけではありません。茶碗は人間との距離が近い器です。指で触って手でかき抱き、唇で触れます。重さや素材のテクスチャーも含めて、人間のありとあらゆる感覚機能で味わいます。抹茶碗は、そんな愉しみ方ができるものでなくてはなりません。
さらには、裏に返して高台までも鑑賞します」
「茶碗は高台が大事」の理由
木村「茶碗は高台が大事とよく言われます。お茶を出された時は器の中に液体が入っているので、裏返して見られるのは飲み終わった後。最後に鑑賞する場所が高台なので、その印象があとに残るのです。だからこそ、大切と考えられています。
また、土の分量自体が多い部分なので、彫刻的・造形的側面に見所となってしまう。言ってしまえば、いろんなことが出来る部分です。」
中川「高台が大事と教わったものの、最初の頃は全然興味も湧かず愉しみ方がわからなかったのですが、いろんな景色のものがありますね。最近は好き嫌いが出てきました」
木村「これは数を見るとわかってくるんですよね」
数をたくさん見る、長い時間見る
中川「本当にそうですね。以前、茶道具の見方を宗慎さんに伺ったら『数をたくさん見る、長い時間見る』と教えていただきました。
なるほどな、と。たくさんの茶碗をじっくりと見るを繰り返す。そうすると段々わかってきて、好みができてきますね」
ひとつの物を長い年月かけて見る
木村「さらには、1つの茶碗を長い年月かけて見る面白さもあります。
例えば、思い切って買った茶碗を大事に箱に入れて、そのままにしていた時。時間がたってふと箱から出したら、印象が変わっていることがあるんですね。
こんなに良かったっけ?と思う時もあれば、がっかりすることもある。物は変わっていないのだけれど、時が経つ間にこちらの心境が変わっている。それによって物との関係性が変わるんです。
また日々使っていると、貫入の中にお茶が沁みて茶碗の景色が変わっていきます。茶碗を育てているように感じて愛しくなることもあります」
中川「美術館で眺める茶碗ではできない愉しみ方ですね」
自分ごとにしない限り、道具は一生わからない
木村「道具の価値は自分ごとにしない限り一生理解できません。痛い思いをして、しんどい思いをして自分で道具を買って使わなければわからないことがあります。
美術館でガラス越しに物を見ているだけでは、物との距離は縮まりません。
茶の湯のような文化を育む日本の工芸や芸術にとって、物というのはただ眺めるのではなくて、手にとって『使う』というのが鑑賞のひとつの手段なのです。眺めて気に入っても、口をつけたら期待したものと違うという体験が茶碗では起こります。
ですから、我が物にするということで色々と視点が変わってきます。ぜひそういう思いで茶碗を見ていただければと思います」
中川「手の収まり具合というか、手取りでも感じるものがある。同じ茶碗でも、見る環境によって全く違う印象になることもありますよね。触って自分で飲んでみなければわからない。これはすごく面白いですね」
古いものから、現代作家の作品まで
茶碗との向き合い方についてのお話の後は、今宵のテーブルに並ぶ茶碗の紹介です。会場からは熱い視線が注がれていました。
ここではそのいくつかを少しだけご紹介します。
十数点の茶碗、それぞれが持つ歴史やエピソードがその魅力を一層引き立てます。知ることで愉しめる茶碗の見どころや、かつて茶人たちが行なったクリエイティブディレクションのお話は実に興味深いものでした。
会場から「はじめての茶碗を選ぶ時のポイントは?」という質問があがりました。
1、少ししんどい金額をかける
木村「お稽古道具として売られているものはお勧めしません。『稽古』という言葉は作り手からいろいろなものを奪います。飯茶碗と同じことになってしまうのです。
色々な場所へ見に行って、手にとってください。その中で自分にとって光るものを見つけて買い求めてみてください。
願うべくは、その時の自分にとって『少ししんどい金額』を出すこと。
当然のことかもしれませんが、欲しいな使いたいなと思うものって値段も相応なんですよね。でも、しんどいなと思いつつ買い求めた茶碗は不思議とよく使います。
清水の舞台から飛び降りるつもりで買った茶碗は、それだけのリスクをかけて連れて帰る必然性が自分の中にあるということですから」
2、自分の中の「小さな恋心」を大切にする
木村「とにかく値段のお得感などには惚れず、ものに惚れて買ってみましょう。ちょっとした恋心でもいいので。ご自身が良いなと思えるもの、見どころを感じるものを見つけてください。そして、その好みが3年、5年後に変わることを恐れないでください。
時が経てばどうしても気持ちも好みも移り変わります。それでも、ずっと好きで使い続ける茶碗もあります。好みの移り変わりを見つめるのも面白いですよ」
中川「他の人が良いと言うかどうかとか関係ないですよね。自分が良いと思うものを」
木村「まさにその通りで、『わたくし』の中の小さな好きを大切にしてください」
この日のラインナップの中に、私もひとつ気になる茶碗がありました。ちょっと勇気を出せば手に入れられる金額。
うーむ、どうしようと迷っている間に、その茶碗は他の方の元へお嫁に‥‥。木村氏の「自分で痛い思いをしないと」という言葉が頭をよぎります。
トークセッションでは「茶碗を探すこともお稽古」というお話もありました。たくさんの茶碗に触れて眺めて味わって、今度こそ思いきろう。私の茶碗探しはまだ始まったばかり。
やっぱり、茶碗がナイトね。
お茶の愉しみ方がまたひとつ見つかりました。
木村 宗慎
少年期より茶道を学び、1997年に芳心会を設立。京都・東京で同会稽古場を主宰。
「茶論」のブランドディレクターも務める。
その一方で、茶の湯を軸に執筆活動や各種媒体、展覧会などの監修も手がける。また国内外のクリエイターとのコラボレートも多く、様々な角度から茶道の理解と普及に努めている。
2014年から「青花の会」世話人を務め、工芸美術誌『工芸青花』 (新潮社刊) の編集にも携わる。現在、同誌編集委員。
著書『一日一菓』 (新潮社刊) でグルマン世界料理本大賞 Pastry 部門グランプリを受賞のほか、日本博物館協会や中国・国立茶葉博物館などからも顕彰を受ける。
他の著書に『利休入門』(新潮社)『茶の湯デザイン』『千利休の功罪。』 (ともにCCCメディアハウス) など。
日本ペンクラブ会員。日本文藝家協会会員。
中川 政七
1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、2000年富士通株式会社入社。2002年に株式会社中川政七商店に入社し、2008年に十三代社長に就任。2016年に「中川 政七」を襲名し、2018年に会長に就任。
「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を開始。初クライアントである長崎県波佐見町の陶磁器メーカー有限会社マルヒロでは、新ブランド「HASAMI」を立ち上げ空前の大ヒットとなる。
2015年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持して いる企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。
茶論 日本橋店
東京都中央区⽇本橋2-5-1 ⽇本橋店髙島屋S.C.新館4F
https://salon-tea.jp/
営業時間:「稽古」10:30〜21:00、「喫茶」「⾒世」10:30〜20:00
*売り場によって営業時間が異なります
定休⽇:施設の店休⽇に準ずる
文・写真:小俣荘子
茶碗画像提供:道艸舎
*こちらは、2018年12月6日の記事を再編集して公開しました。