箱根寄木細工の職人が手がける、世界にひとつの箱根駅伝トロフィー。唯一の作り手、金指さんが描く夢
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箱根寄木細工・金指ウッドクラフトさんを訪ねて
新年から手に汗握る箱根駅伝。
往路のゴール近くで、選手がテープを切る瞬間を毎年、特別な思いで待っている人がいます。
金指勝悦 (かなざし・かつひろ) さん。
箱根生まれ箱根育ち、箱根駅伝に欠かせない「あるもの」の作り手です。
それは往路優勝校にだけ贈られる、箱根寄木細工のトロフィー。
毎年9、10月ごろから製作をスタートし、12月に箱根町に引き渡します。
1月2日はゴール地点で往路優勝の瞬間を見届け、トロフィーを手にした選手を写真に収めるのが、金指さんの20年続く「お正月」です。
箱根寄木細工とは?
箱根寄木細工とは江戸時代末期、箱根町畑宿の地に興った独特の工芸。
さまざまな風合いの木を組み合わせて、精緻で幾何学的な模様を創りだす美しい木工芸品は、旅人の土産物としても人気を呼びました。
その発祥の地、箱根町畑宿にある金指さんのお店には、歴代トロフィーのレプリカがずらりと並んでいます。
2017年は今年も活躍した藤井聡太4段が題材に
「トロフィーはその年の明るいニュースをテーマに創作します。
できるだけタイムリーなものにしたいので、ギリギリまで製作をしないんです」
例えば前回大会では、2017年に大活躍をみせた藤井聡太4段のニュースから、将棋のモチーフを取り入れたトロフィーが完成しました。
毎年趣向を凝らしたデザインは、実は設計図が一切ありません。
テーマが決まったら実際に手を動かしてみて、イメージを形にしていくのだそう。
このレプリカは実は、その試行錯誤の過程で生まれた試作品。なので本物とはちょっとずつ色かたちが違います。
印象に残っているものを聞いてみると、ひときわ背の高いトロフィーを示してくれました。
「富士山が世界遺産に登録された時のものです。下の部分は湖に映る逆さ富士を表しています」
では最新の2019年大会のモチーフだったのは‥‥?
幻の二刀流トロフィー
「実は直前まで、大谷翔平投手の『二刀流』にしようかと思って少しずつ作り始めていました。ただ故障のニュースもあって、どうするか迷っていたんですね。
そこへ、地元の箱根八里が日本遺産に選ばれたというニュースが飛び込んできたので、今回はこれで行こう、と即断しました」
「日本遺産」とは、地域活性化を目的に2015年から文化庁が定めた制度。
これまで四国のお遍路文化や「さんち」でも取り上げた新潟の火焔型土器、出雲のたたら製鉄など、地域の有形無形の文化が認定されています。
選ばれた「箱根八里」は、駅伝でも毎年多くのドラマをうむ「山登り5区」の舞台、箱根山の険しい山道を整備して築かれた、江戸時代の大幹線。
まさに「天下の険」を制して勝ち取る往路優勝のモチーフにふさわしい、嬉しいニュースでした。
使うパーツは2000越え。箱根寄木細工への思いが生んだトロフィー誕生秘話
12月の箱根町への引き渡しまで門外不出という新作トロフィー。2019年大会前に、特別に見せていただいたトロフィーの製作途中の姿がこちらです。
険しい山並みが鋭くカットされた寄木で表現されています。
使うパーツは例年2000〜3000パーツに及ぶといいます。
金指さんが毎年こうして趣向を凝らしたトロフィーを作るのは、地元・箱根の寄木細工に対する強い思いがあってのことでした。
「私はもともと別の木工の仕事をしていましたが、その頃は寄木細工をやる人もかなり減っていました。
私が寄木細工の道に入ることも、当時は周りにはずいぶん反対されたものです。『衰退する産業で今更何をやるの』って」
しかし、金指さんはこの寄木細工に一筋の光明を見出していました。
地元工芸の衰退が気にかかり、作り方を習ううちに、これまでになかった「新しい寄木細工」の作り方がひらめき、商品化。少しずつ評判を呼んで、寄木細工を生業にしていく道が拓けていったのです。
それは箱根寄木細工トロフィーの原点とも言える斬新なアイディアでした。
ピンチが生んだ、新しい寄木細工
「従来の寄木細工は木を寄せ合わせて模様にした木のブロックを、薄くスライスして製品に貼り付けていました」
「でも同じような模様をこまごま貼り付けていくのは性に合わなくて。スライスせずに、ブロックそのものから作品を削り出す、立体の寄木細工を考えついたんです。
こうすると大量には作れないけれど、削り方によって様々な模様が生まれて、従来にない寄木細工を作ることができました」
この手法を金指さんは積極的に地域で共有。
箱根寄木細工の復興を牽引する金指さんに箱根町がラブコールを送り、1997年から寄木細工の箱根駅伝トロフィーが誕生しました。
「箱根寄木細工は、関東では知っている方も多いですが、全国的な知名度はまだまだです。
箱根駅伝の放映でトロフィーが全国の方の目に止まれば、箱根寄木細工の大きなPRになる。そう思って、毎年新しいデザインで作らせてもらっています。大変?いえいえ、面白いですよ」
箱根寄木細工の職人と、2代目・山の神との出会い
20年作り続ける中で、嬉しい出来事もありました。東洋大学時代、4年間「山登り5区」を任され、その全てで往路優勝を果たした「2代目・山の神」こと柏原竜二さんのエピソードです。
「大学卒業時のインタビュー記事で、100本以上はあるトロフィーの中から『印象深いものを2本選んでください』と言われたときに、彼が選んでくれたのが2本とも私の作った寄木細工のトロフィーだったんです。あれは、嬉しかったですね」
現在、工房には若い職人さんが2人働いています。2人とも「寄木細工をやりたい」と県外から弟子入りにきたそう。
地元工芸の復興を志してきた金指さんの願いは、着実に実を結んでいるようです。
「100回大会までは頑張ろうって決めているんです。誰もやっていないもの、新しいことを生み出したいですね」
さて、次に寄木細工のトロフィーを手に金指さんのカメラに収まるのは、一体どの大学の選手でしょうか。
金指さんは来春も、その瞬間を箱根山のゴールで待っています。
<取材協力>
金指ウッドクラフト
神奈川県足柄下郡箱根町畑宿180-1
0460-85-8477
http://www.kanazashi-woodcraft.com/index.html
文・写真:尾島可奈子
*こちらは、2018年12月21日の記事を再編集して公開しました。