箱根寄木細工の職人が手がける、世界にひとつの箱根駅伝トロフィー。唯一の作り手、金指さんが描く夢

エリア
タグ
箱根寄木細工で作った、箱根駅伝トロフィー

箱根寄木細工・金指ウッドクラフトさんを訪ねて

新年から手に汗握る箱根駅伝。

往路のゴール近くで、選手がテープを切る瞬間を毎年、特別な思いで待っている人がいます。

金指勝悦 (かなざし・かつひろ) さん。

金指ウッドクラフトの金指勝悦さん

箱根生まれ箱根育ち、箱根駅伝に欠かせない「あるもの」の作り手です。

それは往路優勝校にだけ贈られる、箱根寄木細工のトロフィー。

毎年9、10月ごろから製作をスタートし、12月に箱根町に引き渡します。

1月2日はゴール地点で往路優勝の瞬間を見届け、トロフィーを手にした選手を写真に収めるのが、金指さんの20年続く「お正月」です。

箱根寄木細工とは?

箱根寄木細工とは江戸時代末期、箱根町畑宿の地に興った独特の工芸。

さまざまな風合いの木を組み合わせて、精緻で幾何学的な模様を創りだす美しい木工芸品は、旅人の土産物としても人気を呼びました。

昭和59年には国の伝統的工芸品に指定されました
昭和59年には国の伝統的工芸品に指定されました

その発祥の地、箱根町畑宿にある金指さんのお店には、歴代トロフィーのレプリカがずらりと並んでいます。

箱根湯本の駅からバスで20分ほど、寄木細工発祥の地・畑宿に金指さんの工房とお店があります
箱根湯本の駅からバスで20分ほど、寄木細工発祥の地・畑宿に金指さんの工房とお店があります
寄木細工づくりの体験もできる金指さんの直売店
寄木細工づくりの体験もできる金指さんの直売店
店先の窓いっぱいに並ぶのは‥‥
店先の窓いっぱいに並ぶのは‥‥
歴代のトロフィーらしきものが!
歴代のトロフィーらしきものが!
さらにお店の奥には、ここ数年のトロフィーを飾った棚があります
さらにお店の奥には、ここ数年のトロフィーを飾った棚があります
トロフィーのそばには金指さんがカメラに収めた選手の写真も
トロフィーのそばには金指さんがカメラに収めた選手の写真も

2017年は今年も活躍した藤井聡太4段が題材に

「トロフィーはその年の明るいニュースをテーマに創作します。

できるだけタイムリーなものにしたいので、ギリギリまで製作をしないんです」

例えば前回大会では、2017年に大活躍をみせた藤井聡太4段のニュースから、将棋のモチーフを取り入れたトロフィーが完成しました。

金指ウッドクラフトの箱根寄木細工トロフィー
側面に将棋の駒と盤面が表現されています
第94回大会の往路優勝校、東洋大学の田中龍誠選手が手にする将棋型トロフィー。レプリカとは逆さになっています。その理由はのちほど‥‥
前回大会の往路優勝校、東洋大学の田中龍誠選手が手にする将棋型トロフィー。レプリカとは逆向きになっています。その理由はのちほど‥‥

毎年趣向を凝らしたデザインは、実は設計図が一切ありません。

箱根駅伝のトロフィー
本体と土台もわざわざ違うデザインにしています
本体と土台もわざわざ違うデザインにしています

テーマが決まったら実際に手を動かしてみて、イメージを形にしていくのだそう。

このレプリカは実は、その試行錯誤の過程で生まれた試作品。なので本物とはちょっとずつ色かたちが違います。

金指さんが手に持つのは、右手前のトロフィーの試作品。こうした試作の繰り返しでトロフィーが生まれます
金指さんが手に持つのは、右手前のトロフィーの試作品。こうした試作の繰り返しでトロフィーが生まれます

印象に残っているものを聞いてみると、ひときわ背の高いトロフィーを示してくれました。

これはいつの年のトロフィーか、わかりますか?
これはいつの年のトロフィーか、わかりますか?

「富士山が世界遺産に登録された時のものです。下の部分は湖に映る逆さ富士を表しています」

富士山と箱根・芦ノ湖の湖面に映る逆さ富士を表したトロフィー。第90回大会にちなんで、逆さ富士は90層で表現されています
富士山と箱根・芦ノ湖の湖面に映る逆さ富士を表したトロフィー。第90回大会にちなんで、逆さ富士は90層で表現されているのだとか

では最新の2019年大会のモチーフだったのは‥‥?

幻の二刀流トロフィー

「実は直前まで、大谷翔平投手の『二刀流』にしようかと思って少しずつ作り始めていました。ただ故障のニュースもあって、どうするか迷っていたんですね。

そこへ、地元の箱根八里が日本遺産に選ばれたというニュースが飛び込んできたので、今回はこれで行こう、と即断しました」

「日本遺産」とは、地域活性化を目的に2015年から文化庁が定めた制度。

これまで四国のお遍路文化や「さんち」でも取り上げた新潟の火焔型土器出雲のたたら製鉄など、地域の有形無形の文化が認定されています。

選ばれた「箱根八里」は、駅伝でも毎年多くのドラマをうむ「山登り5区」の舞台、箱根山の険しい山道を整備して築かれた、江戸時代の大幹線。

箱根山は東西の往来の要所。お店の近くにも旧街道の史跡がありました
箱根山は東西の往来の要所。お店の近くにも旧街道の史跡がありました
お店の前に金指さんが作った箱根八里のパネル。寄木細工の里・畑宿はその道中にあります
お店の前に金指さんが作った箱根八里のパネル。寄木細工の里・畑宿はその道中にあります

まさに「天下の険」を制して勝ち取る往路優勝のモチーフにふさわしい、嬉しいニュースでした。

使うパーツは2000越え。箱根寄木細工への思いが生んだトロフィー誕生秘話

12月の箱根町への引き渡しまで門外不出という新作トロフィー。2019年大会前に、特別に見せていただいたトロフィーの製作途中の姿がこちらです。

完成度はこの時点で7割。これから更に手直しをするそう
完成度はこの時点で7割。これから更に手直しをするそう

険しい山並みが鋭くカットされた寄木で表現されています。

鋭く尖った「天下の険」
鋭く尖った「天下の険」

使うパーツは例年2000〜3000パーツに及ぶといいます。

金指さんが毎年こうして趣向を凝らしたトロフィーを作るのは、地元・箱根の寄木細工に対する強い思いがあってのことでした。

「私はもともと別の木工の仕事をしていましたが、その頃は寄木細工をやる人もかなり減っていました。

私が寄木細工の道に入ることも、当時は周りにはずいぶん反対されたものです。『衰退する産業で今更何をやるの』って」

金指さん

しかし、金指さんはこの寄木細工に一筋の光明を見出していました。

地元工芸の衰退が気にかかり、作り方を習ううちに、これまでになかった「新しい寄木細工」の作り方がひらめき、商品化。少しずつ評判を呼んで、寄木細工を生業にしていく道が拓けていったのです。

それは箱根寄木細工トロフィーの原点とも言える斬新なアイディアでした。

ピンチが生んだ、新しい寄木細工

「従来の寄木細工は木を寄せ合わせて模様にした木のブロックを、薄くスライスして製品に貼り付けていました」

従来型の寄木細工の作品
従来型の寄木細工の作品
元は、こうした様々な模様の寄木ブロックを金太郎飴のように薄くスライスして装飾していました
元は、こうした様々な模様の寄木ブロックを金太郎飴のように薄くスライスして装飾していました

「でも同じような模様をこまごま貼り付けていくのは性に合わなくて。スライスせずに、ブロックそのものから作品を削り出す、立体の寄木細工を考えついたんです。

こうすると大量には作れないけれど、削り方によって様々な模様が生まれて、従来にない寄木細工を作ることができました」

組み合わせ方や切り出し方で、これだけ模様のバリエーションがあります
組み合わせ方や切り出し方で、これだけ模様のバリエーションがあります
それを削ることで、さらに表情に変化が生み出せます
それを削ることで、さらに表情に変化が生み出せます
ブロックから削り出して作る立体の寄木細工。今までのイメージを刷新する作品は、評判を呼ぶように
ブロックから削り出して作る立体の寄木細工。今までのイメージを刷新する作品は、評判を呼ぶように
こんな可愛らしい小物入れも。それぞれに模様の出方が異なります
こんな可愛らしい小物入れも。それぞれに模様の出方が異なります

この手法を金指さんは積極的に地域で共有。

箱根寄木細工の復興を牽引する金指さんに箱根町がラブコールを送り、1997年から寄木細工の箱根駅伝トロフィーが誕生しました。

箱の寄木細工のトロフィー

「箱根寄木細工は、関東では知っている方も多いですが、全国的な知名度はまだまだです。

箱根駅伝の放映でトロフィーが全国の方の目に止まれば、箱根寄木細工の大きなPRになる。そう思って、毎年新しいデザインで作らせてもらっています。大変?いえいえ、面白いですよ」

箱根寄木細工のトロフィー

箱根寄木細工の職人と、2代目・山の神との出会い

20年作り続ける中で、嬉しい出来事もありました。東洋大学時代、4年間「山登り5区」を任され、その全てで往路優勝を果たした「2代目・山の神」こと柏原竜二さんのエピソードです。

「大学卒業時のインタビュー記事で、100本以上はあるトロフィーの中から『印象深いものを2本選んでください』と言われたときに、彼が選んでくれたのが2本とも私の作った寄木細工のトロフィーだったんです。あれは、嬉しかったですね」

箱根寄木細工の金指さん
直売店の一番目立つところに、優勝当時の柏原選手の写真が飾られていました
直売店の一番目立つところに、優勝当時の柏原選手の写真が飾られていました

現在、工房には若い職人さんが2人働いています。2人とも「寄木細工をやりたい」と県外から弟子入りにきたそう。

取材中も黙々と作業に集中するお弟子さん
取材中も黙々と作業に集中するお弟子さん

地元工芸の復興を志してきた金指さんの願いは、着実に実を結んでいるようです。

「100回大会までは頑張ろうって決めているんです。誰もやっていないもの、新しいことを生み出したいですね」

さて、次に寄木細工のトロフィーを手に金指さんのカメラに収まるのは、一体どの大学の選手でしょうか。

金指さんは来春も、その瞬間を箱根山のゴールで待っています。

<取材協力>
金指ウッドクラフト
神奈川県足柄下郡箱根町畑宿180-1
0460-85-8477
http://www.kanazashi-woodcraft.com/index.html

文・写真:尾島可奈子

*こちらは、2018年12月21日の記事を再編集して公開しました。

関連の特集

あなたにおすすめの商品

あなたにおすすめの読みもの