地酒を地元作家の酒器で飲むと、なぜ美味しいのか。その理由、加賀・山中温泉の『和酒BAR 縁がわ』で分かります

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加賀・山中温泉『和酒BAR 縁がわ』

「この店のために山中温泉を選ぶ」というファンがいるほど、引きの強いバーが石川県加賀市・山中温泉にあります。

それが、『和酒BAR 縁がわ』。和酒=つまり日本のお酒の中でも「日本酒」に特化したバーで、昼から営業しているため観光客も訪れやすく、もちろん地元客にも愛されているお店です。

マスターの下木雄介さんは利酒師の上級資格である「酒匠」の資格保持者で、お店のこだわりは「地元のお酒を地元の作家や職人が作った酒器で提供する」こと。なぜ和酒バーはこれほどに人々を魅了するのでしょうか。

さまざまな職を経て、日本酒の道へ。

下木さんは1984年、地元の山代温泉生まれ。日本酒バーを営むぐらいですから、さぞお酒が好きだったのかと思いきや、もともとお酒は嫌いだったとか。

地元の高校卒業後は工場や清掃業など、お酒とは関係のない仕事を転々としたそう。21歳で金沢に出て酒屋でアルバイトするうちに、日本酒の奥深さに魅了されました。

以降、「地元でバーを開きたい」という夢を持つようになり、小売酒屋、酒問屋を経て、東京・品川のオーセンティックバーで1年半修業。

2013年に石川県で初めて、日本酒と焼酎唎酒師 の上級資格となる「酒匠」を28歳の若さで取得。そして2014年、『和酒BAR 縁がわ』を開業しました。

建物は築50年ほどの民家を改装
奥には隠れ家的な気持ちになれる個室もある

「つくり手に近いから、日本酒がいいんです」

「なぜ日本酒の道を選んだのですか?」という問いに、下木さんは「日本酒は、つくり手に近いから」と即答しました。

実は下木さん、とにかく探究心が旺盛で、分からないことがあると、すぐに聞きに行かないと気が済まない性格。例えば、お客さんに「どうしてこの銘柄は燗には向かないの?」などと尋ねられたら、その場でつくり手に電話をして聞きます。そうしないと自分も納得して提供できないからです。

でもそれがウイスキーだと、スコットランドまで聞きに行かなければならない。「答えがすぐに返ってくるのが日本酒。また、答えが必ずあるのも日本酒」と下木さん。

日本酒で日本一になったら、世界で一番になれる。

そして、日本酒の道を進んだ理由はもう一つあります。それが「日本酒で一番になれば、世界で一番になれる」こと。

2018年、加賀市より日本初の「sake-ist(日本酒家)」として認定された証書。

ウイスキーやビール、ワインなど他のお酒は世界がフィールドですが、日本酒はすべての学び場が日本にある。なおかつ日本酒は世界でも通用する酒文化です。

「ウイスキーなどは答えに辿り着くまでに膨大な時間がかかり、その時間をかければかけるほど評価される世界。対して日本酒は、興味を持った時にアクションを起こせば、すぐに答えが出る。自分が知識と経験値を積んだことが、すぐに結果に現れます」

酒器は、お酒の“愛のキューピッド”!?

「つくり手に近い方が良い」のは酒器でも一緒。地元のお酒を、地元の九谷焼や山中漆器などの伝統工芸品で提供する理由にも、「つくり手が近いことで、より酒器の想いをききとりやすい」という意図が込められています。

「酒器とは、蔵元の想いをより素敵に伝えるためのもの」と下木さん。どういうことでしょう。

日本酒の味の感じ方は、酒器の形状によって変わると言います。

例えば、天面(飲み口)が外側に開いた盃で飲むと、含み香(口に含んだ時に広がる香り)が強調され、香り高い吟醸酒が一層フルーティーになります。

一方、天面が内側にすぼまった盃は、含み香が柔らかくなります。これで山廃純米のように旨味と酸味が主張するお酒を飲むと、最初のアタックが和らげられ、奥深い余韻となって残るのだそうです。

(※日本酒と酒器の合わせ方について、下木さんに教えていただいたポイントは、後日アップする別の記事にまとめました)

「とすると、酒器の形状によってお酒の長所が際立ち、短所が目立たなくなるのですか?」と聞くと、「そうではありません。酒器は、お酒が告白する時に、成功するシチュエーションを作ってあげるためのものです」という面白い答えが返ってきました。

つまり、お酒はそのままではちょっと主張が強かったり、クセがあったりする場合もある。そんなお酒の主張やクセを「欠点」として隠さずに、「こんな捉え方をすれば素敵だよ」と視点を変えて飲み手に伝えてあげるのが酒器の役割。なるほど!

蔵元の想いが込められたお酒を、その想いを素敵に伝えられるよう、下木さんが形状をオーダーして作家や職人に作ってもらう。何度も試作をし、そのやりとりは1年に及ぶこともあるそうです。

酒器のつくり手も「近い」ことが大切なのだと、話を聞いて納得しました。

ちなみに下木さん、酒器の職人にも、分からないことが発生したら夜中の2時でも「分からん、教えて!」とドアを叩くこともあるそうです(笑)。

僕が美味しいと思うお酒ではなく、今日美味しいお酒を。

また「お酒は自然に影響されるものです」と下木さん。お店を開いてから半年経った頃、あるお客さんが熱燗を飲んで「たしかに美味しいんやけど‥‥もっと季節を感じなさい」と言ったそうです。

「その意味がよく分からず、季節を感じようと店のすぐ側にある長谷部神社に毎日お詣りしました。そのうちに『あ、そうか』と思った。今日のこの気温、この湿度で、美味しいお酒って変わるのだと」

「今日お店にいた僕が美味しいと思うお酒と、外で今日という日を生きてきたお客さんが美味しいと思うお酒は違う。つまり、『僕が思う美味しいお酒』じゃなくて、『今日美味しいお酒』を提供するべきなのだと。僕はそこで自己と離脱できたんですよ」

そんな意味もあって、作家に酒器をつくってもらう際にも「自然」をモチーフにしたフォルムでオーダーすることもあるそう。

熱燗用に九谷焼職人にオーダーした、花の蕾をかたどった酒器もその一つです。

九谷焼職人で伝統工芸士の前田昇吾さんにオーダーした酒器

日本酒は、出身地のタイプに近いものから。

下木さんは物腰が柔らかく、決して薀蓄を押し付けたりせず、日本酒の面白さを優しい加賀ことばで話してくれます。日本酒に不案内な方でも心配は無用。

「何を飲んでいいかわからない人は、どうすればいいですか?」との問いに、こう答えてくれました。

「まずは出身地を聞きます。生まれてから3歳頃まで住んだ場所の味覚が体に合うはずです。ワインは単発酵であり自然に造ることも可能ですが、日本酒は並行複発酵であり、自然に造ることはできない。だからこそ造形美であり、人間の意思が入る。土地が人間をつくり、人間にはその土地の個性が出ます。その個性と近しいものを石川県の地酒で合わせてあげるだけです。

例えば、北海道でも北部の出身だったら、柔らかな旨味が主張し、余韻に控えめな苦みがやや長く続くものを軸に考える。南部なら、含み香にフルーディーな香りが広がり、酸味はやや控えめで全体的にシャープな印象のものを軸に考える。それを石川の地酒に当てはめておすすめします。

自分で日本酒を選ぶ際には、実家から一番近い酒蔵の銘柄を知っておけば、好みのタイプを探す指標になると思います」

実はこのお店、山中温泉に詳しい知人に教えてもらったのですが、その後も再訪しました。酒器やお酒の選び方について下木さんの丁寧な説明を聞くと、日本酒への興味がどんどん掻き立てられるのです。もっと日本酒を知るために、山中へ行きたい! そんな旅に誘い出してくれる一軒です。

<取材協力>
和酒BAR 縁がわ
石川県加賀市山中温泉南町ロ82
0761-71-0059
14時~24時
木曜休
https://www.facebook.com/washubarengawa/

文:猫田しげる
写真:長谷川賢人

 

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