東京駅には「試作品」があった。専門家と歩く東京の「壁」
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東京駅の「試作品」があったのをご存知ですか?
なんでも東京駅の「習作」、つまり練習として造られた建築が今も残っているというので出かけてきました。
やってきたのは、神田川にかかる万世橋。
「向こうに見えるのが1912年(明治45年)にできた、万世橋高架橋です。実は昔、あの高架橋の上に駅があったんですよ」
そう話すのは、本日ご案内いただく小野田滋さん。駅、橋梁、トンネル、そして今見えているような高架橋などを専門とする、鉄道技術史研究の第一人者です。
ということは、ここが東京駅の「試作品」だった駅ですか!?
「それは後ほどご説明しますが、高架橋の上にプラットホームがありました。万世橋駅です。
1889年(明治22年)に開業した甲武鉄道 (私鉄) の終着駅でした。最初は飯田橋が終点でしたが、鉄道国有化によって国鉄の中央線になり、明治45年にここまで線を伸ばしたんです。
当時はあらゆる路線が、東京を目指していました」
万世橋の辺りは、路面電車が集まるターミナルになっていたとのこと。
「今の大手町駅のように、いろいろな路線の市電が万世橋に集中して、かなり賑わっていたようです。
中央線も飯田橋からまっすぐ東京駅に行けば楽なのに、遠回りをしたのは、ターミナル駅である万世橋を通りたかったんでしょう」
その後、東京駅、神田駅、秋葉原駅ができ、地下には銀座線が開通。乗り換え客が減少したことから、昭和18年に万世橋駅は廃止になりました。
「高架橋は今も使われていて、中央線が走っています。数年前に高架下が再開発され、かつての駅の面影をたどれるようになりました。行ってみましょう」
電車好きにはたまらないスポット発見
万世橋を渡って、高架橋の裏側に回ると、何やらガラス扉の向こうに階段があります。
「1935年に造られた階段です」
階段や空間そのものが展示品のようになっています。
階段を上って行くと‥‥
ガラス張りの、見晴らしのいいところに出ました。
「ここは駅が開業した当時のプラットホームで、今は展望デッキになっています」
え!?ここが!
すごい!デッキの両側を電車が通過していきます。
「駅が廃止される頃は草ぼうぼうだったのを、きれいに整備しました。昔は、反対側にもう一つプラットホームがあったんですよ」
これはもう、電車好きにはたまらないスポットです。
懐かしくて新しい空間
さらに、高架下のスペースには、こんな空間が広がっていました。
「壁にコンクリートを巻いて補強していますが、そのほかは昔の高架橋の姿のままです」
小野田さんは専門家としてレンガの補強方法などをアドバイスしていたそうです。
通路の天井部分が三角形でかわいらしいですね。
「これも最初からこの形で、連絡通路として使われていました」
幻の駅のレンガに触れる
どこか懐かしくて新しい、おしゃれな空間に生まれ変わった万世橋高架橋を堪能し、再び外へ。
高架橋の前に広場があります。
「ここに万世橋駅の駅舎がありました」
写真パネルで当時の駅舎を見ることができます。
2階建ての駅舎は、当時としては大きな建物だったそうです。
現在はビルが建っていますが、周辺に駅の面影を見ることができます。
ひとつはこちら。地面にあるガラス板を覗いてみると…
「新しくビルを建てる時に、駅の基礎部分が出てきたので、そのまま残しています」
こちらの壁には、駅に使われていたレンガの破片が埋め込まれています。
万世橋駅は東京駅の「試作品」だった
それではいよいよ核心へ。なぜここが東京駅の「試作品」なのでしょうか?
「実は万世橋駅を設計したのは、東京駅を設計した辰野金吾さんなんです」
え、そうなんですか!
「万世橋駅は1912年(明治45年)、東京駅は1914(大正3年)に開業したので、両方掛け持ちでやっていたようです。
万世橋駅は、駅としては初めて鉄骨とレンガを組み合わせた構造が使われていますが、“これでできる”と確信して東京駅も同じ構造で造ったようです」
なんと、万世橋駅は東京駅の練習もかねて造られていた。
歴史的にも貴重な建物と言えますが、残念ながら関東大震災で焼失。幻の駅となりました。
水辺の景観を考えた高架橋
駅舎が再建された後、昭和11年には交通博物館が併設され、再び観光客の訪れる人気スポットに。
高架下は博物館の展示スペースとバックヤードとして利用されていました。
2006年に博物館閉館(大宮の鉄道博物館が後継施設)された後、高架橋は先ほど探索したマーチエキュート神田万世橋に生まれ変わりました。
最後に万世橋の西側にある昌平橋から、万世橋高架橋の全景を見てみることに。
「ドイツのベルリンにある高架橋がモデルになっています」
赤レンガがきれいですね。
「神田川の水に映るのがポイントです」
ポイントとは?
「例えば、レンガの橋脚の隅にある白い石。レンガは強度が弱く角が欠けやすいので、隅に石を入れて強くしているのですが、高架橋の反対側には入っていないんです」
水辺の景観を考えたということですか?
「おそらくそうではないかと」
確かに、石の入れ方もデザインされています。
「ところどころに装飾があるのも、ただの壁では寂しいから。ヨーロッパの古典建築から引用していると思います」
装飾を施すことで華やかになる。高架橋を見ることで、かつて万世橋駅がターミナル駅として栄えていたことがよくわかりました。
「この辺り、実は高架橋の宝庫なんですよ。他にも特徴的な橋がいくつもあります」
高架橋の宝庫!?
いったいどんな高架橋があるのでしょうか。次回へ続きます!
<取材協力>
小野田茂さん
マーチエキュート神田万世橋
文 : 坂田未希子
写真 : 尾島可奈子
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