「狂言とは人間賛歌」人間国宝、山本東次郎さんに聞く楽しみ方入門

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みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として「古典芸能入門」を企画しました。

独特の世界観、美しい装束、和楽器の音色など、そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

第1回目は「狂言」。

神奈川県横浜市にある横浜能楽堂へ鑑賞に行ってきました。

そして演目終了後には、なんとその日ご出演された狂言師にして人間国宝の、山本東次郎さんにお話を伺えることに。

山本さんが語られる狂言の魅力、楽しみ方とは。ぜひご注目ください!

狂言入門に、横浜能楽堂へ

横浜能楽堂では、毎月第2日曜日に「横浜狂言堂」という普及公演が開催されています。初心者も足を運びやすいようにとチケットは2,000円、解説付きで狂言2曲が楽しめます。

来場者は、若者から年配の方まで(そして小学生くらいのお子さん達も!)幅広い層の方々で賑わっていました。毎月のように通われている方もいらっしゃるのだそうです。

服装も、カジュアルな方からお着物姿などおしゃれしていらしている方まで様々。堅苦しいものではなく、自由に楽しめる空気が広がっていました。

横浜能楽堂の能舞台は、関東に現存する最古の能舞台。横浜市の文化財にも指定されている貴重なものです。
写真:横浜能楽堂提供 横浜能楽堂の能舞台は、関東に現存する最古の能舞台。横浜市の文化財にも指定されています。

「狂言」とは?

狂言には、「大蔵流」と「和泉流」の2つの流派があります。

さらにそれぞれに家があり、同じ流派でも家によって芸風が異なります。「横浜狂言堂」では、月替わりで異なる家々の方が出演されるので、様々な芸風を楽しめることも魅力です。

横浜能楽堂の公式サイトでは、狂言についてこのように解説しています。

狂言は、能と同じく能舞台で演じられる喜劇性の強い芸能です。喜劇的な部分だけが強調されがちですが、 笑いの中に人間の喜怒哀楽すべてを包み込んでいます。セリフ劇でありながら、能と同じように歌舞の要素も散りばめられています。 幅も奥行きもある、芸術性の高い芸能です。
能と狂言は、古くは一つの芸能でしたが、室町時代<1336-1573>に歌舞を中心とした能とセリフ劇である狂言に分かれました。 狂言が今のような姿になったのは江戸時代中期。能とともに、大名を中心とした武家の好みに合わせ、芸術性の高い芸能として完成しました。
狂言は能に比べると初心者にもわかりやすい。能の上演時間が1曲1時間以上なのに対して、狂言は20~30分のものが多く、気軽に楽しめます。 そのため、最近では狂言だけの公演も多い。
能・狂言は「能楽」として、2001年にユネスコによる第1回の「人類の口承及び無形遺産の傑作(世界無形遺産)」に、日本の芸能で最初に宣言されました。 そして2008年には「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に、人形浄瑠璃文楽、歌舞伎とともに登録されました。(「横浜能楽堂」公式サイトより一文引用)

狂言は、短いセリフ劇です。お腹から響く独特の発声で歌っているようにも聞こえて何とも心地よく聞き入ってしまうのですが、当時の軽快な日常会話がベースとなった言葉のやり取りにはリズムがあり、聴きやすく、内容が頭に入ってくるので、観ていて不思議とすぐに物語の世界へ入り込むことができます。(そして観客は大人から子供まで声をあげてたくさん笑います。)

特徴として興味深いのは、登場人物に固有の名前がないこと。

「男」「女」「主(=主人)」「太郎冠者(=召使いA)」といったように、性別や役割で呼ばれるにとどまっています。

固有の物語として楽しむのではなく、人間の誰しも身に覚えのあるような普遍的な話が描かれます。

時に身につまされたり、自分ごととして共感したり、イマジネーションを膨らませながら楽しめるのが狂言だと、解説でもお話がありました。

撮影 (有)凛風 尾形美砂子
「因幡堂」のワンシーン / 撮影 尾形美砂子

「因幡堂」に見る、狂言のおかしみ

例として、この日の1曲目の演目「因幡堂」のあらすじを見てみましょう。

大酒飲みの家事をしない妻に愛想がつきた夫が、妻の里帰り中に勝手に、離縁状を届け出てしまいます。

そして新しい妻をもらおうと因幡堂へお祈りに行ったことを知った妻は、怒り狂いながら夫の後を追って因幡堂へ行き、通夜(お寺で眠らずに夜を過ごすこと)をする夫を見つけます。

そして夫の枕元に立ち、いかにも夢のお告げのように「西門の一の階に立ったものを妻にせよ」と告げます。

翌朝、西門にお告げの女になりすまし立っていた妻を、そうとは気付かずに喜んで連れて帰る夫は…、というお話です。

元の妻と気づいた夫は真っ青になり、怒り狂う妻に追い立てられていくところで舞台は終わります。

「鬼嫁こわい…(できればもっと素敵な女性と人生やり直したい…)」そんな男性の心の叫びと、一瞬の夢時間。しかしズルは出来ないもので、現実に引き戻されて行く。

そんなお話には、きっと身に覚えのある方や、似たエピソードを聞いたことが誰しもあるのではないでしょうか。

極限まで削ぎ落とした演出で無限大の世界を作り出す

また、多くの舞台劇と比べて舞台セットや小道具などが少なく最低限のもののみ使われている点も特徴的です。

シンプルな舞台では、セリフや表情から鮮やかな背景を想像することができます。

「木六駄」のワンシーン。撮影 (有)凛風 尾形美砂子
「木六駄」のワンシーン / 撮影 尾形美砂子

こちらの写真は、雪道で牛を引いているシーン。笠をかぶり、綱を引いているだけで、雪景色も牛の姿もどこにもありません。

しかし、凍えそうな表情とセリフとともに見つめる先には降りしきる雪の様子が見えて、こちらまで寒くなってきます。

牛に掛け声をかけながら綱を引く姿からは、何頭もの牛の生き生きとした動きや表情までも想像できるから不思議です。

見たそのままを受け取るのではなく、目で見て、音で聞いて感じて、その様子から想像を膨らませて味わう。自分の感性とイマジネーションを使って面白がれることが狂言の醍醐味かもしれません。

人間国宝、山本東次郎さんに聞く、狂言の魅力

この日ご出演された、 大蔵流 山本東次郎家当主 山本東次郎さん(重要無形文化財各個指定《人間国宝》)にお話を伺うことができました。

重要無形文化財各個指定(人間国宝)の狂言方 山本東次郎さん
大蔵流 山本東次郎家当主 山本東次郎さん

——— 見て感じたものを一度自分の中に取り入れて、イマジネーションを膨らませることにすごく面白みを感じました。

「そうですね。狂言は喜劇だと言われますが、お客様を笑わせてやるぞと思って私たちは演じていません。

その場の面白さで笑わせるのではなく、無理に面白がらせるのではなく、淡々ときちんと型通りに行うことで、普遍性を持たせる。見た方が自分の中でのおかしみに変えて笑ってくださるのです。

今も昔も変わらない人間の姿がそこに見つけられて笑いが生まれるのだと思います。

狂言では、必ずどなたの中にもある弱さや愚かしい一面を描いています。

しかし、それを糾弾したり責任をとらせたり、非難したりせず、『それでもいいんだ、それが人間なんだ』と笑う。

最後は、後味が決して悪く無いものにしてある、そういう人間賛歌の芸能なんです。

(因幡堂の)夫婦のあの喧嘩だって、あの後きっとどうにかなるだろうという気持ちでいられるからお客様も笑っていられるのです。

必ず普遍の人間の心がちゃんとあるのですね」

——— セリフは昔の言葉なのに、不思議と意味が理解できて物語の中に入り込めました。

「以前もお客様から「現代語に直して話していらっしゃいますか?」と質問を頂いたことがありました。

昔通りの言葉で、まったく変えていません。子供の頃から父の稽古で叩き込まれたことの一つが『生きた言葉を話せ』。習った通りきちんと“生きた言葉”を話そうとしていると、自ずと伝わっていくのだと思います。

それから、発声ですが、持って生まれた声のままで話すと人によっては耳障りに感じたりするでしょう?

舞台の上で酔っ払っていたり、楽に話しているように見えるところでも、私たちは腹式呼吸をしっかりやっていて、近くのお客様には騒がしくなく、遠くのお客様にもよく聞こえる声を出すように心がけています」

——— 確かにセリフを聞いているだけで、すごく気持ちが良かったです。

「そうですか、ありがとうございます(笑)」

——— これから初めて狂言を鑑賞するという方に、一言いただけますか?

「現代の演劇では、こと細かに説明してくださるでしょう?これでもか、これでもか、というくらい与えてくださる。

狂言では、そういうことをしません。ご覧になる方が、ご自分の感性を信じて、こちらへ取りに来て欲しいのです。

以前あるお客様が『拍子や杖の音なんかがすごく効果的に使われていて面白い』とおっしゃってくださった。

実際には、効果音も音楽もありません。何もないことで観客が豊かに想像できる余白がたくさんある。

ご自分の感性や想像力次第で無限大に楽しめること、それはただ与えられたものよりはるかに面白いものだと思いますよ」

傘寿を迎えてなお気迫のこもった舞台を演じられる山本東次郎さん。狂言の持つ人間への愛情を体現されているような、優しい言葉で語ってくださいました。

鑑賞する人次第で、無限大に面白さの膨らむ狂言。みなさんもぜひご覧になってみてください。

<取材協力>

横浜能楽堂

神奈川県横浜市西区紅葉ヶ丘27-2

045-263-3055


文・写真:小俣荘子

*こちらは、2017年4月7日の記事を再編集して公開しました。

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