麦わら帽子の小麦色
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
きっぱりとした晒の白や漆塗りの深い赤のように、日用の道具の中には、その素材、製法だからこそ表せる美しい色があります。その色はどうやって生み出されるのか?なぜその色なのか?色から見えてくる物語を読み解きます。
麦わら帽子の小麦色
人はものの色を純粋な色味だけで見ているのではないように思います。素材や目にした時の季節ですら、見え方は変わる気がします。
麦わらの 今日の日のいろ 日の匂ひ
広島出身の詩人・俳人、木下夕爾(きのした・ゆうじ)が詠んだ句だそうです。麦わらは夏の季語。梅雨時期に収穫を迎える麦の、穂を取り除いた後の管「麦わら」を、人は無駄にせず家屋や日用品の材料に活かしてきました。この句は材料そのものの「麦わら」を詠んだものかと思いますが、私にはたっぷりと日を浴びた麦わら帽子のツヤツヤとした小麦色や、そのかぶった時の香ばしい匂いが、立ち上ってくるようにも思えます。
麦わら帽子は、麦わらを編んで作る夏の代表的な日よけの帽子。なんとギリシア時代にもその存在が認められているそうです。中世までは主に農作業用など実用向きだったものが、18世紀後半に入って女性向けの華やかなものが流行り、1870年ごろには機械製造がスタート。日本では明治に入ってから、本格的な製造が始まったそうです。
もしお手元にあったら一度手にとって見ていただきたいのですが、現代の麦わら帽子は麦わらをそのまま編んでいるのではなく、一度平たいひも状に編んだもの(真田紐のように編むので真田と呼ぶそうです)をてっぺんからぐるぐると一筆書き状に隙間なく縫い合わせて出来ています。
岡山県笠岡市に工房を構える石田製帽は、日本で麦わら帽子製造が始まってほどない1897年(明治30年)創業の麦わら帽子の老舗。瀬戸内海に面し温暖な気候に恵まれ、古くからのい草・麦の産地だったこの地で、長らく農作業用の麦わら帽子を作り続けてきました。今では4兄弟がその技術を受け継ぎ、今の暮らしにあった色かたちの帽子を発信しています。
石田さんによると、麦わらは「管」という性質上割れやすく、縫う前のひも状にする工程は今も全て人の手で編んでいるそうです。その編んだ幅が太い麦わらの方が、ミシンで縫うときにも割れにくく扱いやすいそうですが、石田さんが使うのは幅の細い麦わら。扱いには技術が求められますが、「細幅の方が軽量でかぶり心地のいい帽子になる」のだそうです。
実用の日よけには、太幅でも充分。ですが細幅ステッチの麦わら帽子は、確かにその分肌あたりもシルエットもやわらかになり、より大人らしい、上品な印象です。
農作業用に始まり、今では夏に欠かせないファッションアイテムのひとつになっている麦わら帽子。あの一目で麦わら帽子と分かる小麦色は、麦そのものの天然の色と、精緻な人の手わざとが交わって生まれていました。形、手ざわり、匂いとともに、これだけ夏を思わせる色合いも、ないように思います。
<取材協力>
株式会社石田製帽
http://www.ishidaseibou.com/
<掲載商品>
リネンリボンの麦藁帽子(中川政七商店)
文:尾島可奈子