一夜のために10年以上の歳月をかけて作る、浜松まつりの御殿屋台
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こんにちは、ライターの小俣荘子です。
毎年5月に開催される浜松の一大イベント「浜松まつり」。今年は取材に訪れ、地域のみなさんの熱い想いに触れることができました。お祭りの夜を彩る「御殿屋台引き回し (ごてんやたいひきまわし) 」。提灯に灯がともり、人々に引かれて各町内の御殿屋台が現れます。名前に「御殿」と付くとおり、5メートルを超える高さのものもあり、豪華絢爛で大変な迫力があります。まるで絵巻物の世界のように幻想的な御殿屋台。各町内の大切な宝物です。この美しさに魅了され、再び浜松へ!御殿屋台について詳しく取材してきました。
◆「浜松まつり」の記事はこちら
御殿屋台の歴史
浜松まつりは、大凧合戦が起源のお祭りです。その昔、凧揚げの道具を乗せた大八車の四隅に柱を立て、凧を屋根代わりにして運んだことが屋台の始まりと言われています。その後、造花や提灯で華やかに飾った屋台が登場し、次第に豪華さを増し、現在のような多重層の屋根で見事な彫り物がたくさん施された豪華絢爛な屋台が作られるようになったそうです。
現在では、町内で積み立てをしたり出資者を募って、1台に1億円以上の制作費をかけて作られることもあるのだとか。みなさんの情熱が伺えます。今年の浜松まつりでは、81もの町内の御殿屋台が街を優美に行き交いました。
御殿屋台ができるまで
この美しい御殿屋台はどのようにして作られているのでしょうか?
御殿屋台づくりの専門家である、早川真匠 (はやかわ・しんしょう) さんにお話を伺うことができました。早川さんは、浜松の重層御殿屋台を生みだした「三嶽 (みたけ) 流」の伝統を継ぐ四代目として、祭り屋台一筋に新造・修復をされています。各町内会で大切に保管されている御殿屋台。本来であれば、お祭りの時期以外に目にすることは出来ないのですが、町内からの信頼も厚い早川さんが相談してくださり、浜松市和田町のみなさんご協力のもと、特別に見せていただけることに。実際の御殿屋台を間近に解説していただきました。
精巧な細工の魅力はもちろんのこと、毎年のお祭りで何人もの人を乗せ、街中を華麗に引き回される屋台は耐久性も重要です。狭い道や急な坂など町内によって通る場所も様々。どんな状況で引き回されても力に耐え、壊れにくくかつ美しい姿を形づくるには、釘を使わずに組み立てる宮大工の技術が用いられます。この技術により、毎年のお祭りを経ても100年もつと言われているのです。制作費1億円、全長5メートル以上、100年の耐久性‥‥キーワードを並べているだけでも圧倒されてしまう御殿屋台。さっそく、早川さんに教えていただいた御殿屋台づくりの道のりをご紹介します。
まず始まる材木探し
美しさと耐久性の備わった屋台をつくるため、素材を厳選することから始まります。御殿屋台はケヤキとヒノキを使った白木づくりが中心です。木肌の美しさをそのまま見せるところに特徴があります。質がよく美しい材木を求めて、愛知県、岐阜県、長野県、滋賀県など各地の森の中を空師 (そらし=高い木の上で伐採などを行う専門家) と一緒に早川さんも探し回ります。すぐに良木に巡り会うのはなかなか難しく、やっと見つけても切り落として中を見ると空洞になっていたり、腐っていたりと使えないこともあり、全体の1/3くらい使えれば良い方なのだそう。何年もかけて探します。
原木を入手したら次は乾燥です。大割り (大木を山から搬出できるようにひき割る) して、毎日水をかけて、雨さらし、陽さらしをし、数年かけて天日乾燥してから、さらに、二度引き、三度引き (使える形に木材を整えていく作業) をして、また乾燥させます。ここまでで、すでに5年以上の年月を費やします。御殿屋台づくりの序盤中の序盤ですが、「早川さん、早くも想像以上です‥‥」と、お話を伺う声も震えました。
木の部位や向きを見極めて使い所を決める
材料のとなる木材がやっと揃ったところで、「型板おこし」が始まります。屋台の大きさ、高さ、軒の出をどれくらいにするか、屋根はどうするか?など検討します。図面を引きつつも、ご自身の脳内にある3Dの完成イメージが正確なので、それを照らし合わせながら寸法を出し、各パーツを作っていきます。
興味深かったのが、丸太のどの位置から切り出した木材なのかが、使う位置に大きく影響するということ。木目など柄としての影響だけでなく、反りが強度にも影響するのだとか。永きに渡り壊れず美しい屋台の形を保つには、内側に反りが向いていて均一に圧力がかかっている状態がベスト。「内に締まるように、木を見てカンナを使う」とおっしゃっていました。
装飾の彫刻のサイズも決まってくるので、木を切り出し、彫り師へ依頼します。イメージを共有して最後に合わせた時に美しくピタリとしたサイズ、デザインで出来上がる。信頼関係を築き上げたチームワークの成せる技ですね。
超難関パズル「組子 (くみこ) 」づくり
同じ硬さのもの同士で圧力を加え合った方がものは壊れにくい。釘を使わず、木を組み合わせることで強度と美しさを生む宮大工の技術。組み合わせると一言にいっても、それは単純に2つのパーツを合わせるだけではありません。土台、柱などの大きなものから、細かなものまで様々なパーツを材木から切り出し、組んでいきます。
特に、屋根を支える「組子」と呼ばれる部分は異なる形状のバーツをパズルのように組み合わせていくことで、強度を高めていきます。木を細かく組むことで、屋根の重さや揺れた時の衝撃の力をを分散させる役割を担っているのです。 (ただの飾りではないのです!)
とても複雑なので「図面を見てやろうとすると間違う。頭に入っている3Dのイメージを元に組んでいきます。毎晩夜中まで、休むことなく作り続けます」と早川さん。組子のパーツは、1200〜1300個ほどにも及び、もちろんすべて早川さんが切り出して組んでいます。
垂木 (たるき) の幅が全体の寸法を決める
ある程度、組子が仕上がってくると屋台を組む作業へと進みます。整然と組まれる組子をはじめとした各パーツ。全体の大きさが相似となっているようにも感じられます。何か基準があるのでしょうか?伺うと、「垂木を基準として寸法を決めます (「支割り」と呼びます) 。これによって、縦軸、横軸を全てピシッと合わせます」と、教えてくださいました。垂木は、屋根の下の部分に整然と並んでいる棒状の木材のことです。1支2支とカウントします。
早川さんの脳内に入っている3D完成図のイメージも、この垂木の単位で数字を全て整理しているそうです。垂木による支割りは長い年月をかけて体で覚え込んでいきます。「常に親方について行って修行することで身につけていく技術です」と早川さん。大工さんは、支割りの正確性を見て仕事ぶりを評価するのだとか。
最後に全てのパーツを組み合わせて完成
材木を探し、小さな組子を1つ1つ組み合わせることから始まった屋台づくり。少しずつパーツを組み合わせて段々と形が出来上がっていきます。最後は屋根に銅板を貼り、車をはめ、飾りの金具をつけ、彫刻を取り付け、提灯をつけてやっと完成です。
今回拝見した和田町の御殿屋台は10年の月日を費やして作り上げられました。製作中は、屋台が気になって夜中に目が覚めてしまったり、眠れない日があったり痩せてしまったりもするという早川さん。しかし出来上がると、えも言われぬ喜びがあり、よかったなぁと思うと笑顔で語ってくださいました。
御殿屋台づくり、想像をはるかに超える世界でした。こんなにも時間と手間がかかっていたなんて。装飾の豪華絢爛さばかりに注目が集まるところもありますが、その美しさを引き立たせ、長い年月に渡ってその姿を保ち、町内の財産として残していくためにはたくさんの苦労と技術、素材にこだわり抜く目がありました。
御殿屋台製作のために、積み立てや出資者を募り、出来上がった屋台を各町内の誇りとして大切にするみなさん。その思いを一身に背負って製作する作り手の方々。たくさんの思いが詰まった御殿屋台。ここでもまた、浜松まつりへの人々の情熱を感じました。
<取材協力>
早川真匠
浜松市東区和田町のみなさん
文・写真:小俣荘子