“織る”から“植える”へ。藺草の可能性をひらく新発想のラグ「izaiza」【地産地匠アワード】
土地の風土や素材、産地や業界の課題に、真摯に向き合って生まれたプロダクト。
そこには、日本のものづくりの歴史を未来につなぐそれぞれの物語がつまっています。
「地産地匠アワード」は、地域に根ざすメーカーとデザイナーとともに、新たな「暮らしの道具」の可能性を考える試みです。
2026年の受賞プロダクトの中から、藺草の産地・熊本でうまれた「izaiza」をご紹介します。それぞれの背景にある物語をぜひお楽しみください。
畳文化を支えた藺草(いぐさ)の魅力を、もう一度暮らしの中へ
「これ、本当に藺草(いぐさ)なんですか?」
思わずそう尋ねたくなる、一枚のラグ。熊本県八代市で育てられた藺草を使いながら、「畳」とはまったく異なる表情を見せる新発想のラグ「izaiza(イザイザ)」です。名前の由来は「『藺』草に『座』る」を意味する「藺座(いざ)」という造語から。
立体的に植え込まれた藺草が、毛足のあるラグのような柔らかさと、ほどよい張りを併せ持つ新感覚の質感を生み出しています。古くから畳やゴザに使われてきた素材とは思えないほど新鮮な佇まいですが、近づくと、どこか懐かしい畳の香りがふわり。

このラグを手がけたのは、プロダクトユニット「itiiti(イチイチ)」の田中典子さん、村上貴美さんと、クリエイティブディレクターの佐藤かつあきさん。国内有数の藺草の産地・熊本県を拠点に、地域の素材と向き合いながら、新たな可能性を探っています。



藺草は稲のようにすっと伸びる多年草。優れた調湿性や心地よい肌触り、心をほっとさせる特有の香りなど、天然素材ならではの魅力を持ち、日本の畳文化を支えてきました。なかでも八代市は「藺草のまち」として知られ、国内トップクラスの生産量を誇ります。
「でも近ごろはそれが教科書にも載っていないし、畳が藺草から作られていることも認識してもらえなくなってきていますね」と、田中さん。
住宅事情やライフスタイルの変化による畳需要の減少に加え、安価な輸入品の増加、市場価格の低下、藺草専用の機械メーカーの撤退などが重なり、藺草農家は年々減少しているのだそうです。


「まずは藺草を知ってもらうことが大事なんです」
田中さんの言葉には、産地の現状をそばで見てきたからこその、強い思いが込められていました。
藺草に親しむ入り口を作る、これまでにない提案
「畳に座るんじゃなくて、藺草に座りたかったんです」
田中さんのその一言に、このプロダクトの原点がありました。一般的に藺草は、ゴザや畳表として織り上げられたのち、さまざまな製品へ加工されていきます。しかし田中さんが見つめていたのは、その手前にある、一本一本の藺草という素材そのもの。
「藺草を知ってもらう入り口として、これまで藺草のアクセサリーなどを作ってきましたが、それだと女性がメインになるんですよね。もっと広く知ってもらうために、インテリアや暮らしの中で使えるものができたらいいなと思って」(田中さん)

伯父が元々藺草農家だという田中さんにとって、藺草は子どものころから身近な存在でした。その可能性を広げようと、藺草のアクセサリーや、短くカットした藺草の断面を見せる椅子など、畳やゴザとは異なる表現にも挑戦してきました。

「伯父が藺草農家をやめることになった時に、自分がこの立場にいたのに、やめさせてしまったような悔しさがあって。だから、藺草をつないでいかなければいけないと思いました」(田中さん)
もっと多くの人に届けられる形を考えるなかで浮かんだのが、素材を一本ずつ打ち込む「タフティング」という技法。
「これでラグを作ったら、藺草の世界が変わるんじゃないかと思いました」(田中さん)
「タフティング」は専用の器具で布に毛糸を打ち込み、ラグやカーペットが手軽に作れるというもの。体験やワークショップでも人気を集めています。高密度でしなやかな繊維を持つ、藺草の特性を活かしやすい技法でもありました。

とはいえ、そのアイデアがすぐに形になったわけではありません。
「本当にできたら面白いと思っていたけれど、漠然としていて、構想のまま長く止まっていました」(村上さん)
そんな時、SNSで「藺草でつくられたラグかも!という写真を目にした」という田中さん。「先にやられたと思って、本当に悔しくて泣いてしまった」と振り返ります。
よくよく確認すると、それは藺草ではなく毛糸のラグでしたが、その時の悔しさが「早く進めなければ」という強い原動力になりました。


藺草を布へ打ち込む様子を「田植えみたい」という田中さん。
「藺草を土に植える『イ植え』の風景と、タフティングで藺草を打ち込む構造が重なるんです。藺草農家の原風景が、そのまま映し出されているようで」
制作を重ねるなかで、「農業」と「ものづくり」は別々のものではないと感じるようになりました。
構想が大きく動き出したのは、2026年に佐藤さんとコラボレーションを始めてからでした。度重なる災害を受ける熊本の支援活動を続けてきた佐藤さんは、八代市での活動をきっかけにitiitiの2人に声をかけ、行動をともにするようになります。そのなかで試作のラグを目にし、「これは新しい。広がりがある」と直感したといいます。
「藺草農家さんにとっては、藺草はゴザや畳表になるのが当たり前。“織る素材”から、一本一本を主役にして“藺草そのものを活かす”という使い方は、身近で藺草を見てきた田中さんだからこそ生まれたもの。タフティングでラグにする発想は、畳から脱却して量産もできるかもしれない、とても新しいアイデアでした」(佐藤さん)
以前から気になっていた「地産地匠アワード」への応募を視野に入れ、プロダクトを洗練させる試行錯誤が始まりました。色や柄、コンセプトだけでなく、藺草の歴史や文化まで掘り下げながら、「何を伝えるべきか」を3人で整理する日々。

田中さん曰く、「悩んでいるところの一歩先のヒントをくださる存在」だったという佐藤さん。担ったのは、プロダクトそのものをデザインするのではなく「その価値をどう伝えるか」を考えるディレクションの役割でした。
新しい形を生み出すitiitiの2人と、その価値を見つめ、伝え方を編み直す佐藤さん。それぞれの視点が重なることで「izaiza」は、畳だけではない藺草の可能性を暮らしにひらく、新しい提案へと育っていきました。

新しい挑戦を後押しした、八代への想い
一方、佐藤さんは、本業であるデザインを通して、さまざまな社会活動に取り組んできました。
「東京や福岡など拠点を変えながら、妻の実家がある熊本に引っ越してきたんです。そして2016年4月に熊本で大きな地震が起きた。この大変な状況で、お世話になっている熊本に何かできないか、しなきゃと思うようになって。
復興には息の長い支援活動と、多くの人の関心が必要です。クリエイティブの力が少しでも役に立てばと、地元のクリエイターと一緒に一般社団法人『BRIDGE KUMAMOTO』を立ち上げました」

熊本では地震だけでなく豪雨もたびたび発生し、2025年にも深刻な被害に見舞われました。そのたびに佐藤さんたちは、被災地で使われたブルーシートをアップサイクルしたプロダクトの制作や、支援金・助成金を集める活動などを通して地域を支えてきました。

2025年の九州豪雨災害では八代市の藺草農家も大きな被害を受け、itiitiの2人も車が水没するなど、被災を経験しています。
豪雨で地域全体が大きな傷を負うなか、企業から託された寄付金をどう活用するか考えていた佐藤さん。頭に浮かんだのが、八代市の藺草を使って活動をしていたitiitiと、新しいプロダクトを生み出すことでした。
「農家さんにトラクターを一台買ってあげられるほどの予算ではない。でも、新しいプロダクトを生み出して、産地全体を盛り上げることはできるかもしれないと考えました」(佐藤さん)
藺草農家を支えたいitiitiの2人と、佐藤さんの思いが重なり、3人の挑戦が動き出しました。試作していたラグを「izaiza」へと昇華させ、「地産地匠アワード」へ応募。見事グランプリに輝き、藺草の新しい可能性を広く発信するきっかけとなりました。

さらに今回の取材後、2026年7月に再び熊本を襲った大地震により、現地はいまも厳しい状況にあります。今回も佐藤さんはいち早く新たな支援プロジェクトを立ち上げ、itiitiの2人も八代へ駆けつけ、藺草農家を支えています。
藺草の未来を考えることは、その土地の文化や人の営みを支え、次の世代へつないでいくことでもあるようです。
藺草の可能性を、未来へつなぐために
「izaiza」に使われているのは、畳には使われない、最も短い等級の藺草です。
「藺草は成長すると160cmを超えることもあります。長さによって8段階に選別されますが、短いものは畳表には使えず、廃棄されたり、燃やされたりしているのが現状です。『izaiza』やアクセサリーでは、そんな藺草を活用しています」(田中さん)

畳になれなかった藺草が、誰かの暮らしを彩るラグになる。それは廃材活用というだけでなく、素材の可能性を最後まで信じる挑戦でもあります。農家からも「捨てるはずだったものが、誰かに喜ばれるものになるのがうれしい」という声が届いているそうです。

さまざまな熱い思いを抱く3人に、これからの展望を尋ねました。
「毛糸だけでなく、藺草でタフティングの体験をしてもらえたら面白いですよね。藺草を『畳の材料』ではなく、自分の手で形にできる素材として親しんでもらう。ものづくりの楽しさを入り口に、地域の素材や文化に興味を持つ子どもたちが増えてくれたらうれしいです」(村上さん)
「八代に藺草の資料館や博物館、ショップなど、もっと見て触れてもらえる場ができるといいですね。農家さんの現場を見てもらえるツアーなどもできたら。田んぼを見たり、香りを感じたり。私たちがハブ役になって、藺草の背景まで含めた体験を届けたいです」(田中さん)
「まだまだ魅力に変えられるものはたくさんあると思うので、それをどう形にしていくのか考えていきたいですね。オープンな施設で触れてもらい、いろんな人がラグなどを作れるようにしたり、プロダクトを販売したり。ホテルや国際会議場、駅などでもitiitiさんの作品が採用されて、多くの方に触れてもらいたい。工芸は、最初から伝統工芸だったわけではないんですよね」(佐藤さん)
3人の思いの先にあるのは、藺草の魅力を次の世代へつなぐこと。「izaiza」は、今はまだ小さな挑戦かもしれません。けれど、一本の藺草から、新しい物語はもう始まっています。
100年後、このラグが当たり前のように暮らしの中にあり、「藺草にはこんな使い方もある」と語られていたなら。それは、新しい工芸の始まりと言えるのかもしれません。

文:安倍真弓
写真:黒田タカシ