世界遺産・高野山から生まれた「最高峰」のパイル織物
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
日本でつくられている、さまざまな布。染めや織りなどの手法で歴史を刻んできた布にはそれぞれ、その産地の風土や文化からうまれた物語があります。
「日本の布ぬの」をコンセプトとするテキスタイルブランド「遊 中川」が日本の産地と一緒につくった布ぬのを紹介する連載「産地のテキスタイル」。今回はどんな布でしょうか。
高野山参道の美しい木々をイメージした布「杉木立」
和歌山が誇る世界遺産、高野山。その開祖、弘法大師の御廟がある奥之院への参道は、樹齢数百年を超える木々に囲まれています。
そんな美しい杉木立をイメージして生まれたのが、別名「杉綾 (すぎあや) 織り」と呼ばれるヘリンボーン柄のテキスタイル「杉木立 (すぎこだち) 」。
実は高野山のふもとは、このモコモコとした「パイル織り」という織物の世界的な産地。この地で60年以上パイル織りを続け、今回の「杉木立」生地を織り上げた株式会社中矢パイルさんを訪ねました。
秋冬ファッションから電車のシートまで。意外と身近なパイル織物
中矢パイルさんの所在地である和歌山県高野口町は、奈良県から和歌山県へと注ぐ水量豊かな紀の川沿いにあり、周辺は「富有 (ふゆう) 柿」の産地としても有名です。
水の豊かさは織物づくりにとっても大きな恵み。一帯では古くから木綿栽培や織物産業が広まり、江戸時代には綿織物産地としてその名を知られるようになります。
その後も新たな素材や技術を取り入れながら、高野口一帯は織物産地として発展。昭和のはじめ頃に「W織り機」というパイル織り専用の機械がドイツから持ち込まれたことで、パイル織りが広まったそうです。
そもそもパイルとは「毛」のこと。その名の通り、パイル織物にはたてよこに織り込んだ生地に毛が織り込まれています。ビロードやコーデュロイ、別珍などもパイル織物の仲間です。この起毛部分が生地に独特の光沢とボリュームを生みます。
保温性にも優れるため秋冬のファッションでも人気の素材ですが、実はバスや電車の椅子、家のソファやカーテン、カーペットなどにもパイル織物が使われていること、お気づきでしょうか?
「戦後、三世代で暮らす洋風の家が増えたんですね。応接間にカーペットが敷いてあって、ソファにスリッパでお客さんをもてなす。そんな『応接セット』のソファの布地に、パイル織物がこぞって使われたんです」
最寄り駅まで迎えに来てくださった中矢パイル代表の中矢祥久 (なかや・よしひさ) さんが、工場へ向かう道中に教えてくれました。
そういえば、と我が家にも昔、ふくふくとしたパイル地のソファが置いてあったのを思い出しました。その手触りが心地よくて触ってばかりいたので、肘掛の部分だけずいぶん擦り切れて親にとがめられたような。
そんな時代の流れも受けて、パイル織物はあっという間に町の主要産業となっていきました。中矢さんが家業を継ぎに戻ってこられた昭和50年代の終わり頃も、北は北海道から南は九州まで、そうしたソファ用の生地を家具屋さんに直に納めていたそうです。
「パイル織物の最高峰」パイルジャカード
ところで、今回紹介する「杉木立」は英語で「ニシンの骨」を意味するヘリンボーン柄(たしかに魚の骨のようですよね)ですが、通常は山並が均一に並んでいます。それに対して「杉木立」の柄は、山並に大小があったり、間隔がまちまちだったりしています。
こうした立体的で複雑なデザインは、パイル織物の中でも「パイルジャカード」と呼ばれる生地の特徴です。その製造に高い技術を要することと織り上がる生地の美しさから、「パイル織りの最高峰」と呼ばれています。
ちなみに、和名は「地柄金華山」。なんだか字面にも迫力がありますね。
このパイルジャカードを得意としてきたのが、今回訪ねる中矢パイルさん。その複雑な柄が生まれる瞬間を見せていただきました。
工程を簡単にまとめると、機械にセットした縦糸に、横糸を通したシャトルと呼ばれる道具を走らせて生地を織っていくところまでは他の織物でも見られる工程です。
パイル織物はこの地組織にさらに毛を織り込むわけですが、この織りこみ方が非常にダイナミックかつ効率的なのです。
上下に生地2枚分を同時に織りあげ、その間にパイル糸を通しておいて、生地を織りながら真ん中でカットしていく。すると2枚に分かれた生地の片面 (内側) は、カットされた毛が起毛した状態になります。
それにしても、機械は一定に動いているように見えるのに、どうしてこれだけランダムな凹凸のある柄が現れてくるのでしょう。中矢さんが上を指差しました。
上の階に登らせてもらうと、先ほど間近で見ていた機械と連動して動く紙のロールがありました。
「これは紋紙 (もんがみ) 。柄の出方を、点の位置で指示しているんです。いわば柄の設計図みたいなもんです」
この紋紙が、複雑な「杉木立」の模様を生み出している影の立役者。こうして織られた生地がカットされると、見事なパイルの模様が表面に現れてきます。
奥行きのある杉木立のテキスタイルは、複数の工程が同時進行してはじめて生まれる、まさに「パイル織物の最高峰」。産地の技術の賜物です。
山の伏流水が育む織物
「でも、これで終わりやないんです。この後に生地を染める工程や毛並みを整える仕上げが待っています。それぞれ近くの専門メーカーが担うんです」
高野口一帯は小さなメーカーが集まって、分業でパイル織物をつくっています。中矢さんはパイル生地を織る工程。ご近所にはその前後の工程を支えるメーカーさんが工場を構えています。
中矢さんに案内いただいたメーカーさん同士は、それぞれ車で5分とかからない距離にありました。これだけ近い距離で分業できる理由の一つは、どうやら「水」にあるようです。
「例えば染工所さんなんかは水をたくさん使いますが、この辺りはたとえ川が枯れても、地面を掘ればたっぷりと水が湧いてくると言われます。それくらい地下を流れる伏流水が豊かなんですね。
メーカーも紀の川沿いに自然と集まっています。水は当たり前に流れていますけど、知らず知らずに恩恵に預かっているように思います」
通常、生地の産地では問屋さんや商社さんが起点となって生地作りを進めますが、高野口一帯では中矢さんのような機屋 (はたや) さん (生地を織るメーカーのこと) が起点となり、他の工程を分業して仕上げまでを管理するのが主流だそうです。
中矢さんご本人も直接アパレルブランドなどとやり取りをして、デザイナーさんの作りたい生地をどうやったら表現できるか、一緒に考えていくのだとか。
「生地を頼みにきたデザイナーさんの服が見覚えあるなと思ったら、うちで織った生地でね。『うちの生地着とるやん』って。盛り上がりました」
霊山・高野山。しゃんと背筋の伸びるような木々の足元で数百年と脈打つ豊かな水は、ふもとに人を集め、パイル織物の一大産地を形成しました。
その世界に誇る技術で織り上げられた「杉木立」のテキスタイルは、バッグやコートになってもやはり、その生みの親である高野山の木々の柔らかさや清々しさをたたえているようです。
「杉木立」のテキスタイルシリーズ
中矢パイルさんとつくった「杉木立」のテキスタイルから、「遊 中川」オリジナルのバッグやスカート、ワンピースが生まれました。高野山の参道を囲む木々やものづくりの背景を思い浮かべて、手にとってみてください。
<掲載商品>
「杉木立」シリーズ(遊 中川)
遊 中川の各店舗でもご購入いただけます
(在庫状況はお問い合わせください)
<取材協力>
株式会社中矢パイル
和歌山県橋本市高野口町名古曽58
0736-42-2048
http://kinkazan.jp/index.html
文・写真:尾島可奈子