第3回 浅草「助六」江戸趣味小玩具のずぼんぼの寅を訪ねて
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日本全国の郷土玩具のつくり手を、フランス人アーティスト、フィリップ・ワイズベッカーがめぐる連載「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」。
普段から建物やオブジェを題材に、日本にもその作品のファンが多い彼が、描くために選んだ干支にまつわる12の郷土玩具。各地のつくり手を訪ね、制作の様子を見て感じたその魅力を、自身による写真とエッセイで紹介します。
連載3回目は寅年にちなんで「ずぼんぼの寅」を求め、東京都・浅草にある助六を訪ねました。それでは早速、ワイズベッカーさんのエッセイから、どうぞ。
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浅草で地下鉄を降りる。私が選んだ虎に会いに行くのだ。
虎はいったいどこに隠れているのだろう。青い尻尾を持っているのかな?
ひょっとしたら、忍び足で歩くために草履を履くのかも?
意地悪なのかも?寺の番人まで驚かせてしまったのか?
いずれにせよ、ここまで紐をひっぱるとは、なんと強い奴なんだろう!
いや違った!とても可愛い小さな紙の寅は、仲見世にある、商品で満ちあふれた小さなお店、木村さんの経営する助六で見つかった。
紙、のり、そして立つための4つのシジミ貝でできている。なんと素晴らしいシンプリシティ!
パラシュートのようなお腹と足につけた4つのシジミ貝のおかげで、いつも足を下に着陸する。すごい!
店を出たら、あちこちに奴が見えるようになった‥‥。これは地下鉄の通路。
そして路上にも。いつまで追いかけてくるんだろう?!
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文・写真・デッサン:フィリップ・ワイズベッカー
翻訳:貴田奈津子
Philippe WEISBECKER (フィリップ・ワイズベッカー)
1942年生まれ。パリとバルセロナを拠点にするアーティスト。JR東日本、とらやなどの日本の広告や書籍の挿画も数多く手がける。2016年には、中川政七商店の「motta」コラボハンカチで奈良モチーフのデッサンを手がけた。作品集に『HAND TOOLS』ほか多数。
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贅沢禁止令から生まれた、江戸の豆おもちゃ
ワイズベッカーさんのエッセイに続いて、連載後半は、江戸のおもちゃの成り立ちやワイズベッカーさんと共に訪ねた助六のこと、ずぼんぼ製作の裏側などを、解説したいと思います。
こんにちは。中川政七商店の日本市ブランドマネージャー、吉岡聖貴です。
「江戸趣味小玩具」という言葉をご存知でしょうか?
江戸趣味小玩具とは、江戸時代より浅草に伝承されている精巧な細工を施したこぶりなおもちゃ。「豆おもちゃ」と呼ばれます。誕生のきっかけは、八代将軍吉宗が出した「奢侈禁止令」といわれる贅沢禁止令でした。
この法令により、裕福な町人が楽しんでいた大型の玩具や豪華な細工の施されたおもちゃはご法度に。
その代わり、江戸時代の人はできるだけ小さなサイズの玩具に精巧な細工を施したり、言葉遊びを取り込んだ江戸趣味の小玩具を作り、こっそり楽しむようになったそうです。
貧しくとも心豊かに暮らそうという江戸っ子らしさだったのかもしれませんね。
そんな江戸趣味小玩具を現在でも扱う店は、全国で浅草に1軒のみ。仲見世宝蔵門前の「助六」が今回の目的地です。
浅草寺の境内には、昔から数々の郷土玩具があったようですが、震災や戦争による焼土、戦後のめまぐるしい変化を経て廃絶した品も多くある中で、助六では今もなお力強く残っているものや、復活したものなどを見ることができます。
日本で唯一の江戸趣味小玩具の店
助六は江戸末期創業。今から約150年前の1860年代、初代木村八十八氏が浅草寺宝蔵門前の現在の地に玩具店を出したのが始まりだそうです。現在は5代目の木村吉隆さんと6代目の息子さんを中心に、家族5人でお店を経営されています。
まず圧倒されるのは、9平米しかないという店内にびっしりと並んだ豆玩具の数。伺うと、現在約3500種類が揃っていて、戦前は加えて全国の玩具も扱っていたそうです。
これらは全て助六のオリジナルで、それぞれ担当の職人がつくっています。40年前に5代目が店を継いだ時、玩具をつくる職人は約50名いたそうですが、高齢化や後継者不足で減り、現在は23名の手で作られています。
シジミの蹄をおもりにゆらり、ゆらり
今回のお目当てであるずぼんぼは、紙製の江戸玩具の一つ。江戸時代から浅草寺門前で売られていたことが、江戸・明治期の書物に記録されています。
明治に入って以降、何度か廃絶と復活が繰り返されたようですが、昭和期に再度復活してからは東京の郷土玩具として残り続けています。現在、助六では「獅子舞」と「虎」の2種類が並びます。
全国に紙製の郷土玩具は数多くありますが、それらは前回紹介した赤べこと同じ張子製がほとんどであり、ずぼんぼのように紙を折って作る玩具は、珍しいものです。
今回は特別に、ずぼんぼを作られている職人の森川さんに、製作工程を見せていただきました。
まずは黒い模様を印刷した黄色の色紙を切り取り、長方形の箱型に組み立てて糊付けし、「胴体」をつくります。
次に、「足」を取りつけるため、蹄に見立てたシジミ付きの赤い色紙を、胴体の四隅に糊付けします。
そして、模様が描かれた黄色い色紙で頭部と尾をつくり、胴体に糊付けして完成です。
シジミ貝を蹄に見立てた足がなんとも特徴的です。「以前は、隅田川沿いにある浅草でもシジミが捕れたため材料に使用したのではないか」と森川さん。
遊び方は、ずぼんぼを屏風や部屋の角など衝立となるものの前に置き、団扇であおぐことで、胴体の箱に風が入ってふわりと宙に浮きます。4本の足につけられたシジミ貝が錘の役割を果たし、飛び上がってしまうことなく空中で微妙に揺れ動くのです。
また、ずぼんぼとは、獅子舞の囃子言葉からきたもので、明治期の書物によると、これを見ている周囲の人たちは「ずぼんぼ ずぼんぼ」と手拍子を打って囃したそうです。
飾り気はなく、風の流れを目に見える形で楽しませる。この単純ながら優れた玩具は、宴席の余興として、粋な江戸っ子に愛されたことでしょう。
勇敢な動物だけがずぼんぼになれる?
「ずぼんぼ」の由来は、獅子舞のときの囃子詞だと言われています。今回取り上げたのは虎ですが、江戸時代の文献には虎の存在は確認できないため、当初のずぼんぼは獅子の形をしたものの一種ではなかったかと考えられます。
このことからも、獅子舞の際の囃子詞を玩具の名前に用いたといってよさそうです。
「ずぼんぼ」の言葉の意味は、木村さんの推測では「すっぽんのことだったのではないか」とのことですが、残念ながら判然とした答えがありません。(ご存じの方がいらしたら、ぜひ教えてください!)。
いずれにせよ、獅子や虎などの勇敢で強い動物をモチーフにしたずぼんぼは、「江戸のおもちゃは子どもの健康を願ってつくられた」という木村さんの言うとおり、どんな苦難にも負けずたくましく成長してほしいという子どもへの願いが込められたものだったのかもしれません。
次回はどんないわれのある玩具に会えるでしょうか。
「フィリップ・ワイズベッカーの郷土玩具十二支めぐり」第3回は東京・ずぼんぼの虎の作り手を訪ねました。それではまた来月。
第4回「石川・金沢のもちつき兎」に続く。
<取材協力>
助六
東京都台東区浅草2-3-1
営業時間 10:00~18:00 (定休日なし)
電話 03-3844-0577
罫線以下、文・写真:吉岡聖貴
「芸術新潮」12月号にも、本取材時のワイズベッカーさんのエッセイと郷土玩具のデッサンが掲載されています。ぜひ、併せてご覧ください。