皆さん、新酒ができましたよー!
エリア
どこからか吹いてくる冷たい風と年末の慌ただしさに、早足で町を行く。そんな日々に「新酒ができあがりました!」と吉報が入りました。
新酒とは、新米でつくった今年の日本酒のこと。日本酒の年度は、米づくりの周期に合わせて7月始まり6月終わりの1年間。新酒がつくられるのは寒い季節で、現代では11から3月が多いようです。
まだ熟成が進んでいない新酒のおいしさは、舌に刺激が残るような荒々しさや、弾けるほどの若々しさ。フレッシュな味わいを堪能するには、やっぱり冷酒で。キリっと冷えた日本酒を片手に、あっつあつの鍋を味わうのは、最高の冬のひとときです。
杉玉は新酒の完成を告げる、冬の風物詩
ところで。酒屋さんで見かけるこの丸いもの。これがなにかご存知ですか?
これは酒屋の軒下へ新酒完成のときに飾られる「杉玉」。青々とした球体が目を惹くため、酒蔵であることを示す看板の役目と、「今年の新酒が完成しました!」を伝える目印の役目を果たしています。
その起源は諸説ありますが、なかでも有力とされているのが、お酒の神様が祀られている大神神社(奈良県桜井市)の習慣が全国に広がったというもの。「今年も良いお酒ができますように」と祈願して杉玉を吊るしていたそうです。この神社のご神体は三輪山の杉。それにあやかって杉が用いられてきたとか。また杉はお酒の酸化を防ぐ効果があるとも言われ、杉とお酒の縁は意外にも深いのかもしれません。
酒屋を通り過ぎたときに、緑の杉玉を見て「お、新酒の時期か」なんて言えたらちょっと素敵です。今回訪れた高山は酒づくりに適した気候と水、お米に恵まれた酒どころ。観光地としても人気の高い「さんまち」でも杉玉をいくつか見かけました。古い町並みと杉玉。なんとも風情があります。
高山を訪れたちょうどその日、200年の歴史をもつ舩坂酒造店の「杉玉奉納会」がちょうど開催されていると聞きつけ急いで向かいました。今年の新酒の完成とともに、去年活躍した杉玉を酒造スタッフで降ろし、新しいものを杜氏と社長も加わって掲げます。
スタッフさんが身を包む真っ赤な法被と杉玉の緑の鮮やさに感じる賑わい。新緑の杉玉が軒下に上がったあとは、鏡割りが行われ、記念用のオリジナル枡で新酒が振る舞われます。
炊き出しも行われ、酒造スタッフ、近所の人、全国から集まった日本酒好きや外国人観光客が集まる様はさながら大宴会のようです。
杉玉を見れば、新酒の時期が分かる!?
新調された杉玉の葉は、水分を多く含んだフレッシュなもので、きれいな緑色をしています。深緑の杉玉を見られるのは、なんとわずか数週間。新酒完成の号外は、静かに告げられているようです。
軒下に吊るして程なくすると、葉っぱが枯れて徐々に茶色へと変化していきます。日本酒がワインなどと比べても短い1年で熟成されていく様は、杉玉の色が短い間に移ろう様を表しているかのよう。花見酒、夏酒、秋のひやおろしといった季節によって違う楽しみ方と、杉玉の色の変遷を重ねてみれば、いつもの一杯にも風情が漂います。
杉玉のまんまるさの秘訣
飛騨高山で杉玉をつくるのは、酪農を営む中谷さん。このお仕事を始めた理由を伺うと、柔らかい口調で答えてくれた姿に、この人柄がまるっこい、きれいな形の杉玉を生むのかもしれないと感じました。
「親父がやってたんだけど、親父が歳とともにつくれなくなったもんで。つくる人がおらんで、周りから頼まれてつくるようになったんよ」
今年で77歳ながら、良質な杉を探しに山奥まで行くこともあるそう。
酒屋にとって神聖な存在の杉玉。京都、大阪、兵庫、静岡、埼玉、福島など、全国の酒造が中谷さんを頼って注文をします。
あの大きな球体はどうやってできてるのだろう。杉玉づくりの工程を少し教えてもらいました。
新酒の完成を告げる、杉玉。この文化が色褪せずずっと残ってくれたらいいなぁ。そんなことを思いながら、さっそく手に入れた新酒を味わうと、年末の焦燥も忘れさせてくれるようなフレッシュさが広がりました。
取材協力
舩坂酒造店
岐阜県高山市上三之町105番地
0577-32-0016
営業時間 8:30〜20:00
杉玉製造・販売
中谷紀久雄さん
岐阜県高山市朝日町
文 : 田中佑実
写真 : 今井駿介