「大地の芸術祭」を支える仕事人。「アーティストと喧嘩してでもいいものを」
エリア
史上例を見ない逆走台風が日本に上陸した日。嵐の影響をほぼ受けなかった快晴の新潟・十日町市で、ある施設に大勢の人が詰め掛けていました。
広々とした中庭の床には水が張られ、子供から大人まで、足をつけてはしゃいでいます。よく見ると、「何か」模様が描かれています。
その中庭をぐるりと囲むように、またたくさんの「何か」が並び、人が驚いたり喜んだりしています。
ここは越後妻有里山現代美術館[キナーレ]。
3年に一度のアートの祭典「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が開幕初日を迎え、中心拠点であるキナーレの企画展に、大勢のお客さんが詰め掛けていました。
来場者数50万人超えの巨大アートイベント
近年、街なかや自然の中でアート作品に触れるイベントを国内各地でよく耳にしますが、大地の芸術祭は日本におけるその元祖。今回で7回目の開催です。
51日間にわたる期間中、東京23区の1.2倍以上ある広域なエリア(十日町市、津南町)のあちこちに、世界各国の作家が手がけたアート作品が展示されます。その数なんと376点。
前回は来場者が50万人を突破した巨大アートイベント。人気の裏には、普段は決して表に出てこない「影の立役者」がいます。
実行委員会なくして芸術祭なし。
世界各国のアーティストと開催地域の住民・企業・行政の間に立ち、イベント運営の全てを取り仕切る「大地の芸術祭 実行委員会」事務局。
さんちでは開幕の2ヶ月ほど前に、その担当者の一人である浅川さんを訪ねていました。
もともとは芸術祭の目玉である企画展の見どころを教えてもらっていたのですが、浅川さんが語る事務局仕事の話がどれも面白い。「この人たちなくして芸術祭は成立しない!」と確信して帰ってきたのでした。
人々を惹きつけるアート作品は、いかにして設計図から実際の立体に成っていくのか。制作の舞台裏を、当時はまだがらんとしているキナーレで伺いました。
*「さんち」おすすめ4作品の浅川さんによる解説は、こちらの記事をどうぞ:「3年ぶり開催『大地の芸術祭』を先取り取材。『四畳半』アートに世界から27の回答」
ある時は交渉人として
浅川さんは、キナーレで行われる企画展「2018年の<方丈記私記>」を主に担当。
キナーレのように、施設内に作品が集合して展示される場合もあれば、突如田んぼの中に、というものも。時にはその建物自体が作品の一部となることもあります。
作品のコンセプトに基づいて、設置するベストの場所や素材などを地域の中から見つけ出し、持ち主や集落に協力の交渉をするのも、事務局の仕事です。
「作品は1年ほど前から公募して選定します。それとほぼ同時に、展示場所や協力先探しが始まります。
僕らは3年に一度、芸術祭に向けて集中的に地域に通いますが、その度に『ああこんな場所があったんだ』って発見があるんです」
「ここでこんな作品が展示できたら面白いね、この素材はあのアーティストの作品にあいそうってスタッフがそれぞれ脳内にリストアップしておいて、3年後に備えます。
ぴったりの作品があると、そのプランを持って集落に話をしに行くんです」
「例えば小川次郎さんの作品は、全部割り箸でできている蕎麦の屋台です。実際に蕎麦を振舞います」
「鍬柄沢 (くわがらさわ) というそば文化の残る集落は、以前から小川さんの作品展示にも協力してくれた実績があり、今回も蕎麦や道具の提供など、何か一緒にできないかと相談しに行きました」
ところが思いがけない返事が返ってきたそうです。
「説明会を開いたら、知恵は出せるけどパワーは正直出せないよと言われて。これは芸術祭の常なんですが、今年で7回め、つまり第一回目から21年が経っていて、地域全体の高齢化がすごく進んでいるんです。
そこで蕎麦の提供は十日町のお蕎麦やさんに頼むことにしたのですが、鍬柄沢の人たちも蕎麦打ち機なら提供できるよ、付け合わせを作ろうか、とできることを一緒に考えてくれました」
こうして場所や協力体制が整い、ようやく作品作りが動き出します。
しかし、まだまだ解決すべきことは山ほどあるようです。
時には現地ディレクターとして
「アート作品を訪ねながら、越後妻有の自然や文化と出会えるのが大地の芸術祭の一番の醍醐味です。
それはアーティストが作る過程も同じなんですね。地域に長期滞在して、自分の肌で感じたものを大事にしながら制作を進める作家が多いです。
例えば、地元・十日町の土で作った『家』の中に農耕具の鍬を飾った『つくも神の家』の作家、菊地悠子さん。彼女はまさに滞在型の作家さんです」
「他方、十日町の織物メーカーと協業しての作品づくりが決まった建築家のドミニク・ペローは、海外に仕事の拠点があります」
「こちらに長く滞在するのは難しいので、図面をもらったらあとの制作は事務局で手配していきます」
なんと、制作まで事務局でやるんですね!しかもその仕事内容がとても細かい。
「最初に送られてくるのはこの提案書だけです」
「例えばドミニク・ペローは金属メッシュを使った作品を多く手がけています。今回も、メッシュの網目の大きさから色合いまで、メールでやり取りしながら詰めていくんです」
「他にも、展示の外枠は四角いパイプと指示があるけれど、角は直角がいいのか、多少丸みを帯びていてもいいのか、とか」
ドミニクの場合は、建築家なので本人が図面を起こしてもらえる分、まだやりやすいそう。
「図面がない、なおかつ対面で話せない海外作家の場合は、もうどうしようってなりますね (笑) まめに連絡して、1/10の模型を作ってもらって写真や動画を送ってもらったり」
それを376点、同時進行で作っているのですね‥‥!
「だから僕らも、担当した作家のことはむちゃくちゃ勉強します。と言ってももちろん本人にはなりきれないので、僕の場合はよく喧嘩します」
なんと、ちょっと物騒な話です。
時には喧嘩してでも、いいものを
「基本的に作家が主体なので、彼らの意見は尊重します。その上で、地域のこと、芸術祭のことはこっちの方がよくわかっているので、お客さん目線だとこうだよ、こっちの方が絶対仕上がりがきれいでしょ、とか押し問答をしたりします」
「中途半端なものを作っても誰もいい思いをしないですからね。だったら喧嘩してでもいいものを作りましょうっていう気持ちです」
作るからには作家の本気を出してもらう。
喧嘩も辞さない真剣な姿勢には、浅川さんが過去の芸術祭で受けた、ある原体験が関係していました。
芸術祭実行委員会の野望
「以前の芸術祭で、人気作品を置いていた地域のおじちゃんが『もうすごい人で、大変だったよ』ってわざわざ言いに来たんです。とても嬉しそうな顔で。
そんな風に、協力してくれた地域の方にささやかでも何かを『還元』できる芸術祭を目指したい。僕個人としては、それがないと作品の意味がないと思っています」
実は今回の企画展には、とても大きな「還元」の野望があります。それは評判を得た「方丈」作品を、実際に十日町の商店街にオープンさせるということ。
「2018年内に1店舗くらいはって思っています。取り組みは、イベント期間中だけで完結しないんです」
取材当日、浅川さんが野望を語ったキナーレの回廊で、静かに制作が始まっている作品がありました。
井上唯さんによる作品「asobiba / mimamoriba」。完成すると編み物でできた子どもの「遊び場」になるそうです。
「この作品、作っているとご近所の方やいろんな人が手伝いに来てくれるんですよ」
そう話している間に、井上さんの元にさっと顔見知りらしい方がやってきて、1枚のチラシを手渡しました。
「美味しいお店があるから行ってみて」
載っていたのは先日さんちで紹介した「Abuzaka」。
その様子を後ろからにこにこと、とても嬉しそうに浅川さんが眺めていました。
<取材協力>
大地の芸術祭実行委員会
http://www.echigo-tsumari.jp/
文:尾島可奈子
写真:尾島可奈子、廣田達也
作品画像・資料提供:大地の芸術祭実行委員会