素人だったからできた、セーターの素材でつくる靴下
エリア
自転車をこいだら自分だけの靴下が約10分で編み上がるというユニークなワークショップをご存知でしょうか?
その名も「チャリックス」。
靴下の編み機と自転車を合体させたオリジナルの「足こぎ靴下編み機」は、靴下ができ上がる仕組みをたくさんの人に知ってほしいという想いから生まれたもの。
工場を飛び出し、出張型の体験ワークショップとして各地で開催されています。
こんな楽しい「チャリックス」を考えた会社は、そのものづくりもユニーク。
靴下の町、奈良県広陵町(こうりょうちょう)にある工場を訪ねました。
やめていた靴下づくりを復活させたのは、素人だった5代目
奈良県の広陵町は、靴下の国内生産、日本一の「靴下の町」。
「チャリックス」を生み出した株式会社創喜 (そうき) は、1927年に広陵町で創業した歴史ある靴下メーカーですが、実は靴下づくりをやめていた時期がありました。
業界の大量生産化、価格競争の中、発想を転換して靴下と同じ製法で作れるアームカバーを主力商品に。
創喜さんのアームカバーづくりを取材した記事はこちら:「靴下やさんが靴下作りをやめて作った、指が通せるアームカバー」
そんな中、5代目を継いだ出張 (でばり) 耕平さんが靴下づくりを復活させます。
「私は父母の靴下づくりを見て育ちましたが、就職先はまったく別の業界でした。ところが会社を辞めて実家を手伝ってみると、靴下づくりがとてもおもしろく思えて」
ほかの仕事を経験し、靴下づくりを外から見つめてみたことが、出張さんがこの後没頭する「理想の靴下」づくりのエンジンになっていきました。
自分が身につけたい靴下の条件を思い浮かべたら‥‥
創喜さんが立ち上げた自社ブランドでは、カジュアルソックスではなかなか使われることのない糸を使った靴下が人気を呼んでいます。
それはセーターにも使われる、ウールやコットンなどの上質の天然繊維です。
「靴下は、足の肌着です。私なら肌着の素材は天然繊維が一番。肌にしっくりとなじみ、汗を吸い取ってくれて、肌との相性がいいからです。
おいしい食事がいい素材でできているように、靴下も素材が一番大切なんじゃないか、そこから見直してみようと考えました」
靴下をつくるには「靴下用に製造された糸」を仕入れる、靴下業界ではそれが当たり前でした。
そこに捉われずに、もっと天然繊維の肌着と同じような肌なじみを実現できる素材はないだろうか?
そう考えた出張さんは糸の展示会に足を運び、糸のプロフェッショナルである糸商さんに相談するなど、糸の情報を独自に収集していきます。
エジプトコットン、ニュージーランド産ファインウール、光沢のあるリネン、さらには吉野葛の繊維からつくられた和紙の糸、ヴァージンコットンの落ちわたの繊維が長いものだけを紡績した良質なリサイクルコットン‥‥。
贅沢な天然素材をたっぷりと使いながら、デイリーユースが可能な靴下づくりがスタートしました。
天然繊維の色と質感をいかし、糸を独自にブレンド
肌に触れた時の心地よさに加えて、出張さんが大切にしたのが履いた時の見え方。弾力性を保てないため、柄を入れるという方向は考えませんでした。
靴下づくりのお手本にしたのが、出張さんが好きなアメカジのヴィンテージファッションです。
「私自身、ジーンズに合う靴下がほしいと考えながら試作しているうちに、ものづくりのアイデアが生まれていきました」
糸そのものが持つ風合いが活きるように、色や質感の異なる糸を4本バランスよく選んで寄りあわせるという、新しい編み立て方にチャレンジ。
編み機で仕上げてみると、色の出方によって一点一点に少しずつ異なるニュアンスが。
完成したのはセーターを思わせる、落ち着きのある地模様の靴下でした。
「ゆっくり」のスピードが自慢の、希少なヴィンテージマシンを活かして
創喜さんの靴下を見ると、ふっくらと空気を含んでいるのがわかります。
ふかふかで、思わず頬ずりしたくなるくらいです。
この風合いを実現しているのが、創喜さん自慢のヴィンテージマシン。
コトン、コトン、カタン、カタン、小さな工場に入ったとたん、あちこちから、規則正しい音が響いてきます。
コンピュータ搭載のマシンは一台もなく、すでに製造されていない貴重な機種ばかり。修理をしながら大切に使い続けています。
機械編みでは高速で編めますが、代々受け継いできたヴィンテージマシンのスピードはゆっくり。
実はこれが、はき心地のよさにつながっています。
高速では編み目が詰まってしまうところを、ゆっくりスピードのヴィンテージマシンは、空気をふくみながら編み上げることができるからです。
出張さんが靴下づくりを再開させたのも、この旧式マシンによるものづくりに魅了されたからだそう。
ルーツは、機織り。「靴下の町」を広めたい
上質の糸を惜しみなくたっぷりと使い、あえて時間のかかるマシンで編む。
そんな靴下づくりは、大量生産とコストダウンの時代にあって、大きな挑戦でした。
それでもヴィンテージマシンで編む靴下は評判が良く、「もっとこういう素材感や肌触りのいい靴下をつくってほしい」という声を受けて「SOUKI SOCKS」「Re Loop」などのシリーズがデビュー。
今も少しずつリピートの注文を増やし続けています。
「曾祖父の時代には、手回し編み機で1枚ずつ靴下を生産していました。先祖が道を切り拓き、それが大切に受け継がれてきたから、私の発想も実現できる。私もメイドイン広陵町のクオリティを次世代に引き継いでいきたいですね」
かけがえのない技術を、その時代のユーザーに愛される発想と工夫で伝えていこう。
ユニークな「足こぎ靴下編み機」チャリックスも、セーターのような素材感の靴下も、会社名の「創喜」の通り、出張さんたちの創る喜びから生まれていました。
<取材協力>
株式会社創喜
奈良県北葛城郡広陵町大字疋相6-5
0745-55-1501
http://www.souki-socks.jp
<企画展のお知らせ>
創喜さんをはじめ、日本最大の靴下産地、「広陵町の靴下」が展示販売される企画展が開催されます。
企画展「広陵町の靴下」
日時:11月13日(水)〜12月17日(火)
開催場所:「大和路 暮らしの間」 (中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内)
https://www.d-kintetsu.co.jp/store/nara/yamatoji/shop/index02.html
*企画展の開催場所「大和路 暮らしの間」について
中川政七商店 近鉄百貨店奈良店内にある「大和路 暮らしの間」では、奈良らしい商品を取り揃え、月替わりの企画展で注目のアイテムを紹介しています。
伝統を守り伝えながら、作り手が積み重ねる時代時代の「新しい挑戦」。
ものづくりの背景を知ると、作り手の想いや、ハッとする気づきに出会う瞬間があります。
「大和路 暮らしの間」では、長い歴史と豊かな自然が共存する奈良で、そんな伝統と挑戦の間に生まれた暮らしに寄り添う品々を、作り手の想いとともにお届けします。
この連載では、企画展に合わせて毎月ひとつ、奈良生まれの暮らしのアイテムをお届け。
次回12月は、「奈良の一刀彫と筆」の記事をお届けします。
文:久保田説子、徳永祐巳子
写真:北尾篤司