毎月7日間だけ開くリップル洋品店に、 世界中から人が服を買いに来る理由
群馬県桐生市。織物で有名なこの町を訪れるなら、ぜひ月初の「7日間」をお勧めしたい。
なぜなら「RIPPLE YōHINTEN (リップル洋品店) 」が開いている、貴重な1週間だから。
緑が生い茂る山道を登ったところに、お店はある。店内の窓からは、桐生の町が一望でき、空気の澄んだ日には東京スカイツリーまで見えるという。
セーター、ワンピース、ストール、靴下。カラフルな洋服がずらりと並ぶ店内は、お店というよりギャラリー。まるで部屋全体がグラデーションをまとった、ひとつのアート作品のようだ。
ここには、色、素材、形が同じ洋服は、ひとつとして存在しない。一着一着が手作りの洋服たちは、店主夫婦の手で生み出されてすぐに店頭に並ぶ。
そしてお客さんの手に取られ旅立っていくと、その空いた場所にまた別の新しい一着が加わる。そうやって小部屋のなかのアート作品は、常にグラデーションを変えているのだ。
「気持ち、かな」
変化し続ける店内の色は、季節や流行も関係ない。一体、何によって変わるのか。尋ねると、デザインと縫製をする岩野久美子さんはそう答えた。夫で、染色を担当する開人 (はるひと) さんも横で頷く。
カナダやニューヨークでもコレクションを行う彼らの洋服は海外からの人気も高いが、オンラインで買うことはできない。だからこそ、7日間のオープン時には世界中から人々が駆けつける。
グラデーションを生み出す服作り
車庫を改装した白塗りの店内は、カラフルな洋服と相反するように、いたってシンプル。そこにはブランドの説明もなければ、洋服にはブランドネームのタグすらついていない。
「他の洋服と何が違うのかを知ってもらうため、しおりやPOP、ブランドネームなど多くの情報を商品につけることもできると思います。
でも僕たちは、まず『この色、きれいだな』とか『この形が好きだな』とか、そういう直感で服を見てもらえたら嬉しいなと思って」
リップル洋品店の洋服はすべて、久美子さんがデザインし、開人さんが染めたものだ。もともと、暮らしの道具を手作りするのが好きだったふたり。洋服作りもそのひとつだった。
自分たちが着るために作り始めた洋服は、着て外を歩くたびに評判を呼ぶように。知人に誘われて週末のマーケットなどで販売を始めると、瞬く間に人気になった。
*10年前、「趣味を仕事に」したきっかけと、これからの10年のお話はこちら:「自分と家族のための服が、世界に愛されるブランドへ。『リップル洋品店』岩野夫妻が、趣味を仕事にして思うこと」
なぜ一着も同じ服がないのかと言えば、ふたりのそのときの気持ちによって、デザインも素材も色も変わるからだ。
「服の形や染める色、作るものの順番などは、特に計画を立てていないですね」
一般的にアパレルブランドでは、発表したいシーズンやテーマに向けて生産計画を立て、逆算しながら洋服を作っていく。
しかし、リップル洋品店にはシーズンもテーマもない。ふたりが普段の生活や旅先で感じたことや、「こんなものを作ってみたい」という気持ち、すべてがそのときに作られる洋服に表れるのだ。
まず、久美子さんがイメージをデザインし、近所の縫い子さんたちとともに縫い上げる。そうして形になったものを開人さんが染める。あえて素材の違う服どうしを、一緒に染め上げるという。
「同じ染料で染めても、素材が違えば出る色はまったく違うんですよ」
開人さんから生み出される、色名すら付いていないような繊細な色は、久美子さんのデザインした服の印象を大きく左右する。染色に関して、久美子さんから何かを提案したり指示することはないのかと尋ねると、ふたり揃って首を横に振った。
「そこは全然、口出ししないです。それでも、今まで一度も『ええ、それ変だよ』みたいなことにはなってないですね」
ふたりの合作で生み出される洋服。店頭に並べば、それぞれの色や形が目に留まった人たちの元へと買われていく。
「色も形もバラバラだけど、人間と同じです。人それぞれでいいと思っています」
揺れ動く気持ちがそのままお店のグラデーションになって、お店を訪れた人の個性にフィットするのだろう。洋服を選ぶ間が、「自分」という個と向き合う時間になれば、とふたりは語る。
「みんなに会える」7日間
すぐにでも買いに行きたくなるリップル洋品店だが、営業しているのは、毎月1日から7日までの1週間のみ。
「最初は週に1日だったのですが、人によっては仕事を休めない曜日もある。月初めの1週間ずっと開いていれば、どの曜日が休みの人でも1日くらいは来られるかな、と」
毎月の月初7日間が、1ヶ月かけて作り溜めた洋服のお披露目の場となる。それらを求めて、日本中、世界中から人々が桐生の山の上にやってくるのだ。
お正月休みや連休ともなれば1000人にも上る来客を相手にしながら、そのあいだもふたりは洋服を作り続け、売れていく側から追加していくという。
「7日に来てくださった人にも楽しんでいただきたいので。最終日に新作を出したりもするんです」
7日間のうちにも入り続ける新商品を見るために、複数回に渡って訪れる人も。「お客さんに『こういう色ない?』って言われて『そういえば、昨日染めたかも!』って持ってくることもありますね」
時には染めたばかりの、まだ乾ききっていないものまで「その服が欲しい」と買われていったこともあったそうだ。
そう言って笑うふたりからは、お客さんとの距離の近さが伺える。洋服作りと店頭で、目が回るくらい忙しいはずの7日間のことを、ふたりは本当に楽しそうに話す。
あまりの忙しさを見かねて、お客さんだった人が手伝ってくれるようになったこと。
飲食店が閉まるお正月には知り合いのお弁当屋さんを呼んで、お客さんが桐生らしい食事ができるようにしたこと。
「おやつ係と称して、いつもお菓子を持ってきてくれるお客さんまでいるんですよ」
久美子さんの言葉に、開人さんも思い出したように笑った。この7日間は、ふたりにとって作品の発表の場であるのと同時に、洋服を通じてつながった多くの人たちと出会い、再会できる時間なのだ。
顔が浮かぶほど、心に留めて
リップル洋品店のグラデーションが変わっていくのには、もうひとつ要因がある。それは前の月の7日間に出会った人やお客さんからの言葉だ。
「『こんな色がほしい』とか『こういうものはないの?』とお客さんに言われたことを、翌月のオープンまでに取り入れることも多いですね。言われたものを作ろうとしているというよりは、そこから受け取ったイメージが、意識に残るんだと思います」
デザイナーや作り手に「もっとこうしてほしい」という要望を使い手から伝えるのは、少し勇気がいる気がする。しかしリップル洋品店では、岩野夫妻のオープンな姿勢がそれを可能にしている。
「僕自身はグレーや茶色の渋い色が好きなのですが、やっぱり女性のお客様だと顔周りが明るく見える色も欲しいって言われたりして、それはお客様と話さなければわからなかったですね。
ものづくりをしていると『自分がいいと思うもの』を突き詰めたくなるんだけど、それが『ほかの人にとってもいいもの』なのかはわからない、と常に思っています」
お客さんとコミュニケーションが取れる7日間、ふたりは洋服を作り続けながらも交代で店頭に立つ。そして見聞きしたお客さんの反応を「あの色、素敵だって言われた」「もっとこんな形があればいいのにって言ってたよ」などとお互いに伝え合うという。
「不思議なもので、7日間のうちに黄色を探している人が何人も続けて現れたりするんです。そうすると『あ、次は黄色なのかな』って、翌月に反映したり」
お客さんの声を聞いて、少しずつ新しい形や色の服ができていく。それはきっと、お客さんの声が、ふたりの心にしっかりと届いている証拠なのだろう。
「服ができあがると、着るお客さんの顔が浮かぶんですよね、『あ、あの人に似合いそうだな』って」
久美子さんが不思議そうに、でもしっかりと言う。
「それは、その人に買ってほしいというわけじゃなくて。一人ひとりの声を聞いて、服に反映する。そういう関係の中で服を作りたいなと思っています」
月始めの7日間、桐生の山の上に並ぶグラデーションは、その日、そのときだけのものだ。
明日はどんな服があるだろう、来月の小部屋の色合いはどうなっているだろう。それが楽しみで、新しい自分だけの一着に会いたくて、人々はまたこのリップル洋品店に舞い戻ってくる。
<取材協力>
「RIPPLE YōHINTEN (リップル洋品店) 」
群馬県桐生市小曾根町4-45
https://www.ripple-garden.com/
リップル洋品店初の単行本
『ひとつずつの色 ひとつずつの形 ひとつずつの生き方 リップル洋品店の仕事と暮らし』
http://www.seiryupub.co.jp/books/2021/10/post-182.html
文:ウィルソン麻菜
写真:田村靜絵