桐生「ひもかわうどん」はなぜ平たい?老舗「藤屋本店」で知るご当地うどんの楽しみ方
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群馬県桐生市。桐生川を中心に、機織りや縫製などの繊維産業が栄えた「織物の町」だ。
和装の帯も多く作ってきたこの町に、まるで帯のように平たいうどんがある。
「ひもかわうどん」と呼ばれるその名称は「帯が川で洗われる様子から」という説もあれば、愛知県刈谷市の名物だった平うどん「芋川うどん」から伝わったとの話もある。
真相は未だにわからないが、ここ数年で県外にも知られるようになり、人気店には平日でも行列ができる。
そんな桐生市の郷土料理、ひもかわうどんを食べるならと地元の人に教えてもらったのが明治20年 (1887年) から6代続く老舗「藤屋本店」だ。
6代目店主の藤掛 将之さんに、織物産地らしい誕生の由来や、おすすめの楽しみ方を聞いた。
地元の人々で賑わう老舗「藤屋本店」で食べる、ひもかわうどん
桐生川にもほど近い、町の中心に藤屋本店はある。お昼時に到着すると、店舗の横にある駐車場はすでにいっぱい。趣のある大きな建物の入り口にかかる暖簾は、老舗の雰囲気はありながらも気軽に入りやすい。
店内に入ると、地元の人たちで賑わっていた。同じくご当地メニューとして人気のソースカツ丼とのセットを黙々と食べるサラリーマンや、仲間内でおしゃべりしながらうどんをすする女性客など、客層はさまざまだ。
先代が好きで集めたというお酒がずらりと並ぶ光景は、うどん屋としてイメージしていたものと少し違った。カウンターには早くも天ぷらで日本酒を楽しむご婦人も。
人々が集まってうどんを楽しむ中で自分も注文するのは、なんだか地元の一員になったようで嬉しくなる。
メニューには、かけうどん、鶏せいろつけめんなど、20種類近くが載っていた。季節のうどんや丼とのセットメニューなどのボリュームのあるものも人気なようだ。どれも麺を、蕎麦、うどん、ひもかわうどんの中から選ぶことができる。
なるべく地元のものを使いたいという将之さんの意向で、うどんの粉は地元のものをブレンド。県内を流れるきれいな水を使って作られた麺は、つるっとなめらかで、もちっと噛みごたえがあった。うどんを「すする」というより、「噛む」という感覚は、不思議なものだった。
中でも人気なのは「カレーせいろひもかわ」。つるっとすすれる一般的なカレーうどんと一味違う、ひもかわうどんのカレーつけめんだ。
「ひもかわうどんって表面がなめらかなので、カレーのようにとろみがあるつけ汁が麺に絡んで相性がいいのでは、と10年ほど前から提供し始めました」
将之さんが言うとおり、つるつるの麺にとろりとカレーが絡む。口に入れると出汁がしっかりと利いていた。
人気になったのは、忙しい女性の味方だったから
群馬県では昔から小麦粉が多く栽培されてきた。うどんに限らず、お好み焼き、焼きそばなどの粉物文化が根付いているという。群馬県高崎市は「パスタの街」と呼ばれることでも有名だ。
「自宅に麺棒がある人が多い」という将之さんの話からは、桐生の人たちにとってうどんが身近な食事であることが伺える。普段から家族で食べるのはもちろん、冠婚葬祭などのハレの日にも振る舞われてきた。
「4代目も、結婚式などの場には出前に行っていたと聞いています」
ひもかわうどんの始まりは明治からと言われているが、実は正確なことはわからないのだという。自治体の調べでも発祥は明らかにならず、明治初期から代々続く藤屋本店でも、はっきりとした起源は伝わっていない。
発祥はわからないが、この平たい麺が桐生で広まった背景には、織物産地ならではの台所事情があるらしい。
「機屋さんで働いている女性たちの間で人気になったと聞いています。
薄く伸ばして幅が広く切ってあるひもかわうどんは、通常のうどんに比べて茹で時間が短いんです。働く忙しい女性たちに、すぐに提供できるものとして好まれていたようです」
その頃は、うどん屋で食べるよりも、「一玉」単位で茹でたものを買って帰るお客さんが多かったそうだ。忙しい時間の合間を縫ってうどんを取りに来るお客様を、少しでも待たせないために広まったのが、ひもかわうどんだったのだ。
また「おきりこみ (おっきりこみ) 」という郷土料理が、同じく群馬にある。平たいうどんのような形状は似ているものの、小麦粉と水を練ったすいとんのようなおきりこみは、鍋に入れて煮込んで食べるものだ。
「ひもかわうどんは先に茹でてあるので、あとから鍋に入れてもいいし、味噌汁に入れてもいい。そういう手間が省ける部分も含めて、たくさんの人に親しまれてきた料理ですね」
自由に楽しむ、ひもかわうどん
もともとの食べ方は、煮込んだり汁物に入れたりするのが主流。本来は、冬の食べ物だった。
それを藤屋本店では、将之さんのお父さんで、5代目の勇さんが通年メニューとして出すように。ちょうど10年前の2009年、カレーひもかわうどんや、つけめんスタイルなどが新メニューに登場する。
実は現在の店舗も、そのときに勇さんが新しくオープンさせたもの。昭和初期に建てられた旧店舗は、お店のすぐ近くでギャラリーとして保存されている。
「もともと桐生市のうどん屋のスタイルは『お店に行って食べよう』ではなく、『出前を取って食べよう』というもの。それを先代が『たくさんの人に来てもらえるお店を』と一念発起して、旧店よりゆったり広い、この店を作りました」
今でも出前がメインのうどん屋もあるが、リニューアルを機に藤屋本店では出前はできなくなってしまった。その代わり、お店には地元の人々や、ひもかわうどんに興味を持って訪れた人が、県内外から多く集まる。
昼過ぎには、店の外まで行列ができる一方、最近では「地元の料理を食べてほしい」と、夜に接待で利用する地元のお客さんも増えてきたそうだ。
「家族で食べに来たり、知り合いと飲みに来たり、おもてなしにご利用いただいたり。いろいろなお客様が足を運んでくれて嬉しいです」
家でうどんを楽しんできた桐生の人たちが、今ではそれぞれの目的で、打ち立てのうどんを食べにお店に足を運ぶ。
お酒と天ぷらをつつきながらお店の雰囲気を楽しみ、シメにひもかわうどん。そんなうどん屋の楽しみ方があってもいい、と将之さんは言う。
「今日は、ひもかわにしようか」と地元の人たちが訪れるように、桐生に来たらお店の暖簾をくぐってみてはどうだろう。
<取材協力>
「藤屋本店」
群馬県桐生市本町1丁目6-35
0277-44-3791
https://fujiya-honten.net/index.html
文:ウィルソン麻菜
写真:田村靜絵