海と桜と温泉と。港町に伝わるご当地ひな祭りを訪ねて
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日本三大つるし
ニコニコ会さんではお家でのつるし雛飾りを拝見しましたが、次はつるし雛専門の展示施設に向かいます。生まれも育ちも伊豆稲取という、温泉旅館協同組合の村木さんにご案内いただきました。
海岸にも近い「雛の館」は、この時期に飾られる2階建ほどの高さのひな壇と、その周りを囲む特大のつるし飾りが見所です。
入ってすぐ飛び込んでくるスケールの大きな飾りに、しばらく黙って見入ってしまいます。周りのお客さんも、わぁ、と歓声を上げた後は、引き込まれるように熱心に飾りを見上げています。
「左右のつるし雛合わせて6409個の人形が吊るされています。作るのに3年はかかったでしょうか。奥につるし雛のルーツを紐解く展示もありますので、ご案内しますね」
奥の展示室に入ると、形の似た3つの飾りが並んでいます。けれど、どれもよく見ると少し様子が違う。
「ここには山形坂田の『傘福』、福岡柳川(やながわ)の『さげもん』、そして伊豆稲取のつるし雛が展示されています。この3つ、どれも似ているでしょう。発祥は同じ頃だろうと言われているんです。どこも港町なので、交流があったのでしょうね。北前船で伝わったのではないかとも、稲取の娘さんが奉公先で技術を習ってきたのが発祥ではないか、とも言われます」
現在全国から伊豆稲取に「うちにも飾りたい」とつるし飾りの注文が入っていることを思うと、交流のあった町同士でこうした文化が伝わるのも自然なことに思えます。どこが1番先に、というのも、聞くだけ野暮なのかもしれません。
「伊豆稲取でいつ頃つるし飾りが生まれたかは、文献が災害などで失われてしまって、正確なところははっきりとわからないんです。稲取に現存するもので最古は江戸末期の飾りです。『むかい庵』という展示施設にも古い時代の飾りがありますから、今度はそこに行ってみましょう」
母から娘へ受け継がれるもの
到着した「むかい庵」は、晴れた日には伊豆七島まで見渡せる、絶景スポットに建っています。
「この館で最も古い飾りがこちら。大正時代のものです」
「つるし雛は女の子が大きくなるとどんど焼きに出してしまっていたので、ほとんど残されていなかったんです。1度終戦前後で途絶えてしまいました。それがたまたま大正時代のものが見つかって、地域の婦人会の方が『せっかくの稲取の文化だから』と25年ほど前に復活させたんです」
20年ほど前から、製作したつるし雛の一般公開を民家の空き家で始めたところ、思った以上の反響で、年々見に来るお客さんが増えていくため、こうした展示用の施設ができたそうです。ここには海の生き物だけで作ったつるし雛や、端午の節句に飾るつるし雛など、ちょっと変わったタイプも新たに創作されて展示されていました。
「貧しい地域だったので、豪華なひな飾りを買ってあげられる余裕がない、そんな切ない親心からつるし飾りが生まれた、と言われているのですが、私はこうして昔のものを見ていると、そんな印象を受けないんですよね。稲取の女性は、おおらかで明るい。きっと『せっかくの娘のお祝いなんだから』と、自分たちで工夫しながら楽しんで作っていたんじゃないかと思うんです」
確かに体験教室の女性たちも、今まで見てきた古い時代の飾りもここ数年の新しい飾りも、つるし飾りを囲む人や空間はとても明るい。その一つひとつの人形も、柔らかな表情でところどころに遊び心があって、見ていると自然と楽しくなります。
誰かに贈ってあげたくなって、この間赤ちゃんの生まれたあの子に贈ろう、とお土産コーナーにしばらく入り浸り、そういえばあのおうちに生まれたのは男の子だったと気づいた頃には、雨はすっかり上がっていました。
「そろそろお昼時ですね、近くに美味しい定食屋さんがあるので、金目鯛の煮付けでも食べに行きましょう。今が脂が乗って旬ですよ」
早咲きの桜に、旬の地魚、そして、港町のお母さんたちの明るさがにじみ出る雛のつるし飾り。ひと足早い春を感じるには、充分すぎるショートトリップとなりました。これに温泉がつけば言うことなし。おまつりは3月末までやっているので、ちょっと足を伸ばしてみては。
伊豆稲取温泉 雛のつるし飾りまつり
http://www.inatorionsen.or.jp/hina_sp/
開催期間:2017年1月20日〜3月31日
お問合せ:稲取温泉旅館協同組合 TEL:0557-95-2901
文・写真:尾島可奈子